2章 第12話 久瀬玲華

 学校について凛を一目見て、悟ってしまった。

 凛のクラスメート達と話す笑顔が、作り物である事に。

 というか、どこから情報がもれたのかわからないが、もう教室が映画の舞台になる話題に溢れていた。

 彼女から遠ざけるなんて、もはや無理な状況。

 凛に『大丈夫か?』とLIMEアプリでメッセージを送ると、『大丈夫』と一言返ってきた。

 大丈夫じゃないんだろうな、これは。

 何となくそう思ったものの、その後凛と話す時間をなかなか作れなかった。少し前の彼女なら、俺と時間を作るなんてわけない事だったのだが、今の彼女の周りには常に女の子がいた。

 凛がクラスで人気者になっているのは嬉しい事なのだが、女の子のコミュニティは結束が強すぎて、凛が一人になる時が全くない。ここで呼び出して連れ去ろうものなら冷やかされるし、正直今の彼女にはそういった精神的な負担もかけたくなかった。


 どうしたものかと悩んでいると、放課後の文化祭の準備中、俺は材料の買出しを命じられた。面倒だなと思いつつ、これはある意味ラッキーなのか? と踏んだ俺は、凛をとにかく探す。

 廊下を歩いていると、ちょうどトイレから帰ってきたであろう凛とすれ違ったので、問答無用で腕をさっと取って、階段の渡り廊下まで引っ張っていった。彼女は「はいっ!?」と驚いた声を上げているが、気にしている余裕なんてない。


「び、びっくりした⋯⋯なに? いきなりどうしたの?」


 階段の踊り場で、凛は呆れたように笑って、首を傾げた。少しだけ嬉しそうなのは、気付かなかった事にしておいてやる。


「いや、最近二人になれてなかったからさ⋯⋯その、買い出し頼まれたんだけど、一緒に行かない?」


 そう訊いてみると、凛は困ったように笑って首を横に振った。


「行きたいけど⋯⋯ほら、私、衣装作りのデザイン任されてるからさ」


 ごめんね、と付け加えた。


「映画の事、心配してくれてたんだよね? でも、翔くんが思ってるほど、私ダメージ受けてないからさ。どっちかっていうと玲華のCМの方がダメージでかかったんだよね」


 凛はあっけらかんとした様子で答えた。

 多分、強がっている。でも、彼女がこうして言っているのだから、これ以上とやかく言うのも変だろう。

 そこで凛とは別れて、仕方なしに一人でイワンモールに向かった。代わりに純哉を誘ったのだが、彼は彼で別の用事を言い渡されていたので、結局一人だ。

 学校からイワンモールはそんなに遠くは無いが、バスで行かなければならない為、少しめんどくさい。

 あと、買出しの材料リストを見る限り、果たして本当に一人で持ちきれるのかも謎であった。

 俺の手、2本しかないんだけど?


 ◇◇◇


 イワンモールから買出しを終えて両手に大荷物を抱えてヒーヒー言いながら学校に戻るために商店街まで一度バスで戻ったところで、不意に携帯電話が鳴った。


 一旦荷物を置いて、電話を見てみると、知らない電話番号だった。090で始まっているので、どうやら携帯電話からの着信らしい。

 もしかしたらクラスの誰かからかな? と思い、電話に出てみる。


 すると、電話口からすごく明るい声が聞こえてきた。


『ハーイ♪ ショー、元気?』


 聞き覚えのある声。

 忘れるはずもない声。

 俺の電話口から聞こえてくるはずのない声。

 そう⋯⋯久世玲華の声だった。


「れ、玲華!?」


 思わず荷物を落とした。

 なんでこいつが俺の番号を⋯⋯と思ったが、東京の頃から携帯電話の電話番号を変えていなかった。

 もし玲華が電話をかける気になればいつでもかけれたのだ。もっとも、別れてからこの一年と少し、彼女から電話がかかってきたのことなど一度もなかったのだけれど。


『久しぶりだね』

「そ、そうだな⋯⋯」

『って言っても、この前会ったから久々でもないか♪』


 なんだ、なにが目的なんだ。

 どうしてそんなに明るい声を出しているんだ。

 玲華とはあの修学旅行以降なんら関わりがない。それを何故今更、こんな感じで電話をかけてくるのか意味がわからなかった。


『なにしてるの?』

「えっと⋯⋯文化祭の買い出し?」

『へー、そうなんだ? 荷物多くて大変そうだね。手伝ってあげよっか?』 

「え? どういう⋯⋯」


 俺が訊き返そうとすると、さきほど落とした荷物を誰かが拾ってくれた。


「はい、どうぞ。今度は落とさないようにね?」


 声を聞いて、思わずハッと顔を見上げて、それでも俺はその光景が信じられなくて、固まる。

 そこにいた人は、今俺が電話で話しているはずの人だったのだ。


「ハーイ♪ ショー、元気?」


 今度は電話越しでなく、生身の対面で同じセリフを吐いてくる。あの時のままの笑顔で彼女がいて⋯⋯夢か何かかと思ってしまう。白昼夢であれば、どれだけよかったのだろうか。


「れ、玲華!?」


 うそだろ。なんでお前がここにいるんだよ。


「君さあ、電話のときと反応が同じじゃない?」

「う⋯⋯」


 玲華が呆れたように言った。


「ど、どうしてお前が!」

「知りたい?」


 ぬいっと体を乗り出してきて、顔を覗き込んでくる。

 この前会った時とは打って変わって、楽しそうだった。


 ──昔みたいに。


 そう、今の彼女は俺と付き合っていた頃のような表情だった。面白いものにだけしか興味がなくて、小さなことでも面白いものに変えてしまっていた当時の彼女のように。


「べ、べつに」


 顔を逸らして差し出した荷物を取ろうとすると、彼女は俺の落としたビニール袋をひょいと自分のほうに寄せた。


「おい⋯⋯それは俺の荷物じゃなくて」

「⋯⋯知りたい?」


 彼女はもう一度さっきと同じように顔を覗き込んでくる。とっても楽しそうに。


「わかったから、返せ。今から学校に戻るから」

「じゃあ、私とお茶してよ」

「は?」


 こいつは俺の言った話を聞いていないのか?


「いや、だから俺今買い出しの最中で⋯⋯」

「ほら、あと30分しかないの! はやく! はーやーく! はやくしろー!」


 聞く耳を持たずにダダっ子みたいにわめきやがる。

 このまま騒がれても、周囲の目も集まりそうだ。俺は慌てて玲華の手を引いて、とりあえず一番近くにあった喫茶店⋯⋯アイビスに連れ込んだ。

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