第34話 襲撃

 黒い霧におおわれた沼地で、フルートとゼンは立ち往生していました。

 周囲は敵の気配でいっぱいなのに、霧のせいであたりがまるで見えないのです。

 すると、頭上から弱々しい声が聞こました。

「フルート、ゼン……怪物です……逃げて……」

「ポチ!!」

 フルートたちはまた叫びました。

 ポチの声は急速に弱っています。

 助け出したいのに手も足も出ません。

 フルートは唇を血が出るほど強くかみしめました──。


 すると、突然フルートの胸元から光があふれました。

 首から下げていた魔法の金の石が強く輝きだしたのです。

 澄んだ金色の光が暗い霧の中を照らします。

「うわっ!」

「げ、なんだこりゃ!?」

 フルートとゼンは同時に声を上げました。

 彼らは沼の中に伸びる細い道の上に立っていました。

 その両脇には黒い沼の水が広がり、中から何百という長虫が顔を出していたのです。

 ぬらぬらとした長い胴は子どもたちの体より太く、先端に大きな丸い吸盤がついています。

 その中の一匹が吸盤の先にポチをぶら下げて高々と持ち上げていました。


「ヒルだ……!?」

 フルートとゼンは立ちすくみました。

 姿形はヒルにそっくりですが、なんという大きさでしょう。全長3メートル以上ありそうです。

 ヒルに持ち上げられたポチは、空中でびくびくと痙攣けいれんしていました。

 もう声も出せません。

「まずいぞ! 血を吸われてる!」

 ゼンが叫んで切りかかろうとしましたが、沼の中から他のヒルが飛びかかってきたので、あわてて飛び下がりました。

 何十もの吸盤が襲ってきたので、撃退するので手一杯になってしまいます。


 すると、フルートが言いました。

「ゼン、背中を貸して!」

「は、背中だ!?」

 ゼンには意味がわかりませんでしたが、フルートはかまわずゼンの背中に飛び乗ると、踏み台にして思い切り高く飛び上がりました。

 剣を振りかざして、ポチを捕らえているヒルの頭を切り落とします。

 フルートは武器を炎の剣からロングソードに持ち替えていたので、切り落とされた頭は火を噴きませんでした。


 ドサッ。

 重い音を立てて、吸盤のついた頭が落ちてきました。

 切り落とされても、まだポチの体を離しません。フルートは駆け寄ってポチを引きはがしました。

 ポチは、血をあらかたヒルに吸われて、息も絶え絶えになっていました。

 フルートは急いでペンダントを外してポチに押し当てましたが、そこを狙ってヒルが襲いかかってきます。

「させるかよ!」

 ゼンが素早く前に飛び込んでヒルを撃退しました。

 背後から飛びかかってきたヒルは、フルートの鎧にはじかれて、水の中に落ちます。


「キューン……」

 ポチがうめいて目を開けました。金の石の力で命を取りとめたのです。

「良かった、間に合った」

 フルートは、ほっとして泣き笑いしました。

 いくら金の石でも、死んでしまってはもう生き返らせることはできないのです。

「す、すみません」

 しょげるポチを抱き上げて、フルートはゼンに言いました。

「ぼくがやる! ポチを頼む!」

「おう!」

 ゼンはポチを受け取ると、素早くフルートの後ろに下がりました。


 フルートは武器をまた炎の剣に持ち替えると、襲いかかってくるヒルの群れへ思いっきり振りました。

「えええぃっ!!」

 剣の切っ先から炎の弾が飛び出して、水から頭を出したヒルの群れを火で包みました。

 たちまちあたりはヒルがもだえて暴れる水音でいっぱいになります。

「やあっ!」

 フルートは後ろから迫るヒルにも炎の弾をお見舞いしました。

 また何匹も炎に包まれます。


 すると水中にいたヒルが飛び出して襲ってきました。

「おっと」

 ゼンは片腕にポチを抱いたまま、ショートソードで攻撃を防ぎました。

 フルートも炎の剣で次々とヒルを切り捨てていきます。


 やがて、あたりはヒルが燃える火でいっぱいになりました。

 沼地が真昼のように明るくなります。

 ついにヒルたちは獲物をあきらめると、次々に水の中に潜って逃げていきました。

 沼はまた静かになります。

 

「やれやれ、また炎の剣に助けられたな」

 とゼンがほっとして言いました。腕の中にはまだポチを抱きかかえています。

 フルートは剣を収めて駆け寄りました。

「ポチ、大丈夫? もう一度金の石で治療した方がいいかい?」

「ワン、もう大丈夫です……」

 ポチは耳と尻尾をしょんぼりさせて答えました。

「すみません。ぼく、お二人の足手まといにならないって言ったのに、結局お二人に助けてもらってしまって……」

 しょげているポチを、フルートはぎゅうっと抱きしめました。

「気にしなくていいんだよ。助かって本当に良かった」

「まったくだ。道案内がいなくなったら立ち往生するところだったぜ」

 とゼンも言います。


「フルート、ゼン……」

 ポチは感激して二人を見上げました。

 この少年たちは絶対にポチを責めません。犬でも仲間として大切に扱ってくれているのが、はっきり伝わってきます。

 ポチはぴょんと道の上に降り立つと尻尾を振りました。

「行きましょう! 今の騒ぎでメデューサがぼくたちに気がついたかもしれません。先を急ぎましょう!」


 ヒルが燃える火は消えかけ、沼はまた暗闇に包まれようとしていました。

 けれども、フルートの胸の石はまだ金色に輝き続けています。

 フルートとゼンは、光の中に浮かび上がるポチの白い姿を目印に、また霧の中の道をたどり始めました。

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