第18話 源の間

 源の間はドワーフの町の真ん中にありました。

 巨大な岩の柱が大空洞の天井を支えるように伸びていて、柱の根元が源の間と呼ばれる部屋になっているのです。


 源の間では六人のドワーフが頭を寄せ合って相談をしていました。灰色の髪やひげの老人たちです。

 部屋の中心には真っ白い石の柱があって、大空洞を支える柱と同じように、源の間の天井を支えていました。

 柱から天井へ細かい細工を施した金属の棒が何本も渡されていて、棒の根元の柱には、直径五十センチほどの穴がぽっかり空いています。

 いかにも、あるべき何かがなくなってしまっているような空洞です。


 ゼンの父親がフルートとゼンをつれて入っていくと、ドワーフの老人たちはいっせいに振り返って眉をひそめました。

「源の間に人間が入り込むなど、前代未聞だ。何を考えている、ビョール?」

 と厳しい声で言います。

「一大事だ」

 とゼンの父親は答えました。

「北の山脈に黒い雪が降った。秋の終わりに冬眠したはずの毒虫たちが、雪を蹴散らして飛び出してきて、見境なしに襲いかかってくる。ロムドの国では、謎の黒い霧が湧き起こって国全体をおおっているらしい。ここにいるフルートは、黒い霧を払えとロムド国王から命令されてきている」


「じゃが、そいつはまだ子どもじゃろうて」

 と一番年とったドワーフが、手にした杖でフルートの鎧の胸をドンとこづきました。

 老人は小柄でしわくちゃなのに力はとても強くて、フルートは思わず後ろによろめいてしまいました。


「こいつは金の石の勇者だそうだ。それに、伝説の炎の剣を持っている」

 とゼンの父親が言うと、源の間の老人たちだけでなく、後ろからついてきていたドワーフたちまでがざわめきました。

 全員が、まさか、という表情をしています。

「フルート、炎の弾を見せてやれ」

 とゼンの父親が言われて、フルートはためらいました。

 こんなところでやって大丈夫だろうか、と考えたのですが、全員から注目されて、しかたなく剣を抜きました。

 危険がなさそうな岩壁を見定めて剣を振ります。


 ドワッ!


 剣から炎が飛び出して岩壁で炸裂したので、ドワーフたちは飛び上がりました。

「お、追い出せ!!」

「こんな危険な武器を人間に持たせてはならん! 剣を取り上げて、外に放り出すのだ!!」

 と長老たちがどなり出しました。

 後からついてきたドワーフが、剣や棒を構えてフルートを取り囲みます。

 彼らが隙を見て飛びかかろうとするので、フルートは困ってしまいました。

 仲間を捜しにここまで来たのですから、ドワーフたちと戦うわけにはいきません──。

 

 すると、ゼンの父親が、フルートを守るように前に立ちました。

「あわてるな。こいつはドワーフに悪さをする気持ちはないんだ。それに、こいつの話によると、ロムドの国に発生しているのは獣を狂わせる毒の霧らしい。それが雪になって降ってきたので、毒虫たちも狂い出したようだ。外の世界で何かが起こっている。それは俺たちドワーフにも無関係ではない気がするんだ」


 それを聞いて、長老の中で一番若く見える人物が進み出てきました。

 この長老は他のドワーフたちより頭ひとつ分背が高くて、ゼンの父親とほとんど同じくらいの身長でした。

「じいちゃん!」

 とゼンが言ったので、フルートは驚きました。

「ゼンのおじいちゃん?」

「ああ。親父の親父さ。じいちゃん、このフルートは仲間を捜しにこのドワーフの町に来たんだ! 力を貸してやってくれよ!」


 そう言われて、ゼンの祖父は考えるような目を孫に向けました。ゼンによく似た茶色の瞳をしています。

「それはわしの一存では決められないことだな。全員で協議しなくてはならん。力のルビーを奪い去ったグラージゾのこともある。あいつは、ここにいた守衛を三人も食い殺していったんだ。ビョール、おまえが会議に加われ。ゼンはその人間の子どもと外で待っていなさい」

 ゼンの父親はうなずき、ゼンとフルートに、外に出ているように言いました。

 ゼンは口をとがらせましたが、しかたなく、フルートと一緒に源の間を出て行きました。

 

「子どもって、損だよなぁ」

 とゼンがぷりぷりしながら言いました。

「大人たちは俺たちの言うことなんて全然聞こうとしないんだからな。ちぇっ、霧のことを知ってるのはフルートなんだぞ。フルートが子どもだからって馬鹿にしやがって」

「しょうがないよね。だって、ぼくは本当にまだ子どもなんだもの。おまけに人間だし」

 とフルートは苦笑いしました。


 すると、ゼンは急に少し黙ってから、こんなことを言い出しました。

「なぁ、おまえ、さっき『ドワーフとも友だちになれる人間がいる』って言ったよな。あれ、自分のことを言っていたんだろう?」

 フルートはすぐにうなずきました。

「うん、ぼくはそう思っているけど。ことばが通じてこうして話せるんだから、友だちにだってなれるはずさ」


 すると、ゼンは、ふぅんとつぶやき、おもむろにかたわらの岩によじ上ると、膝を抱えて座りました。

「昔、やっぱりそんなふうに言って、ドワーフと結婚した人間がいたんだぜ。俺が生まれる前のことだけどな。その人は『ドワーフと人間は友だちになれる。結婚だってできる』とか言っていたらしい」

「女の人?」

「ああ。山の中でドワーフの男に熊から助けられて、一目惚れしたって話さ。自分からドワーフの洞窟に押しかけて、結婚したいって言ってきたんだそうだ。そんなのは前代未聞だったから、ドワーフの町の長老や族長たちが全員集まって、毎日毎日会議を開いて話し合って、半年後にようやく二人の結婚が認められたんだ。で、二人はドワーフの町に住むようになって、そのうちに子どもも生まれた。男の子さ……」


 話を聞くうちに、フルートにはその子どもが誰なのかわかってきました。

 なんだかんだ言いながらもフルートの力になってくれて、人間びいきと他のドワーフからそしられるゼンとその父親。

 それに、他のドワーフを見ているうちに気がついたのですが、ゼンはドワーフの子どもにしてはかなり背が高いほうなのです。フルートと同い年なのに、大人と同じくらいの背丈があります。

 髪の色も、他のドワーフたちは赤毛なのに、ゼンだけはかなり黒っぽい茶色をしています。


 すると、ゼンがフルートの表情に気がついて、にやりと笑いました。

「そう、俺のことさ。俺はドワーフの親父と人間のおふくろの間に生まれているんだ。おふくろは俺が生まれてまもなく病気で死んじまったから、俺は顔も知らないんだけどな。それに、それ以前にも、俺のご先祖にやっぱり人間と結婚したやつがいたらしい。だから、俺たちの一族はもともと背が高いし、髪の色も目の色もちょっと黒い……。タージってのは、人間との間に生まれたドワーフを馬鹿にすることばなんだ」


 そう言ってから、ゼンは悔しそうに舌打ちしました。

「まったく、いい加減にしてほしいよな。こっちは、人間の血が混じっていたって、れっきとしたドワーフのつもりでいるのに。猟の腕前だって、他のドワーフの猟師たちと同じくらいうまくなっているんだぜ」


 フルートはちょっと首をかしげました。

「ぼくには、君も君のお父さんやおじいさんも、他のドワーフたちも、みんな同じドワーフに見えるけどね。同じ町で暮らしているんだし、違っているところをけなし合うより、みんなで仲良く一緒に暮らせばいいのに」


 それを聞いてゼンは笑い出しました。

「ま、それができりゃ最高だけどな。親父がよく言うぜ。洞窟のドワーフは外の世界を知らないから、身内の細かいことにこだわるんだって。そうだろうな、と俺も思うぜ。もっとも、俺は北の山脈以外の世界は知らないけどな」


「ぼくが住んでいる町には街道があるから、いろんな人が通っていくよ。人間が大部分だけど、たまにエルフや珍しい格好をした人たちが通っていくこともある。小さい人たちが通っていくこともあるよ」

「ドワーフか?」

「ううん。ノームって呼ばれる種族の人たちさ。東の国のエスタにノームの里があるんだって。人間と一緒に暮らしているノームもいるらしいよ」

「へぇ」


 ゼンは目を輝かせると、岩の上の自分の隣の場所をたたきました。

「ここに上がって来いよ。おまえたちの世界の話をもっと聞かせてくれ。だいたい、黒い霧ってのはなんなんだ? おまえは子どもなのに、どうして金の石の勇者なんてのになることになったんだよ?」

 

 そこで、フルートは岩の上に登ってゼンの隣に座ると、これまでのことを全部話して聞かせました。

 お父さんの命を救いたくて、魔の森の奥まで金の石を取りにいったこと。

 そこで泉の長老と出会って、金の石の勇者になる役目を知らされたこと。

 突然ロムドの国をおおってしまった謎の黒い霧のこと。

 国王に呼ばれて、霧を払うよう頼まれたこと。

 そのためには北の峰まで行って仲間を捜さなくてはならない、と城の占い師に言われたこと。


 宿にあった水盤に黒い霧と影が映り、とてつもなく邪悪な気配が伝わってきたこと。

 盗賊に襲われて、自分ひとりではとても敵に立ち向かえないと痛感したこと。

 黒森の獣たちが凶暴になっていたこと。

 怪物のスライムに手も足も出なくなったこと。

 そんな敵とも戦えるように、炎の馬と一緒に火の山まで炎の剣を取りに行ったこと……。


 一部始終を話すのには長い時間がかかりましたが、ゼンはたまに質問をするくらいで、ずっと黙って聞いていました。

 フルートが話し終えて口を閉じると、感嘆の声を上げます。

「おまえってホントに大したヤツだな! 金の石の勇者になるだけのことはあるぞ!」

 とフルートの鎧の背中をばんばんたたきます。


「いや、ぼくはただ……」

 フルートは顔を赤くしました。

 自分ではただ、するべきことをしているだけのつもりなので、そんなふうに誉めちぎられるのは照れくさかったのです。


「なあ、その黒い霧の中の敵ってのはなんだろうな?」

 とゼンが興味津々で言いました。

「わからない。本当にわからないんだ。ただ、とても危険だってことと、放っておいたらどんどん危険になるから、一刻も早く何とかしなくちゃいけないってことは感じるんだよ」

 そう言って、フルートは唇をかみました。


 本当に、一刻も早く仲間を見つけて、霧の源に行かなくてはならないというのに、仲間が見つかるかどうかさえ怪しい状況なのです。

 どうやったらドワーフたちに信用してもらえるんだろう、とフルートは考えて、思わずため息をつきました。

 

 すると、突然ゼンが岩の上に立ち上がりました。

「おい! あれは何だ!?」

 ドワーフの男がひとり、よろめきながら源の間の入り口をくぐろうとしているところでした。

 その人は、がっしりした体に分厚いマントを巻き付けていましたが、マントが血で真っ赤に染まっていたのです。

 ドワーフが歩いてきた跡には、血が点々としたたっています。


「青の家のドルーンだ! なんだ、あの怪我は!?」

 とゼンが驚いて岩から飛び降りました。

 フルートもあわてて後を追います。

 血まみれのドワーフは、二人の目の前で源の間に転がり込んでいきました――。


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