忘れ去られた男

 それからなんやかんやあった。


 それはもうなんやかんやあった。


 なんやかんやあって…………気づけば半年が経過していた。


 いやー、人ってなかなか殺せないもんだね。


 ピッキングで夜部屋に忍び込んではみたものの、あまりにも気持ちよさそうに寝てるもんだから一緒に寝ちゃったし。


 人体の急所を指でぎゅ~っと押して見ても効いた気配がないし。

 むしろ血行が良くなったとか言ってたし。

 

 皮下脂肪厚すぎるんだよな~、ブルちゃん。


 あっ、そうそう、何度も何度も間違ってブルちゃんって読んでたら、もうブルちゃんでいいって言われた。


 なかなか心の広いところがあるよね、ブルちゃん。


 っていうかそもそも、私が観察する限り、ブルちゃんはそれほど悪いことしてないように思えるんだよね。


 もしかして、ア……アラゴルン? 様の勘違いなんじゃないかと思う今日この頃。


 だから、暗殺とかももういいんじゃないかと思う今日この頃。


 だって、しばらく一緒にいる間になんだか情が移っちゃったし。


 このままのらりくらりとブルちゃんのところで暮らすのもいいかもしんない。


 なんて思ってた私ですが…………



 今、とてもピンチです。


 

 ◇



 マルウオの買い出しに行った帰り道、急に手を引かれて脇道に連れ込まれたかと思うと、ナイフを突きつけられた。


「おい、宰相の暗殺はどうなってる」


 …………! なぜそれを知っている! 黒コート! きさま誰だ!(怖くて言えないので心の声)


 なんだかどこかで見たことがあるような気がするんだけど、よく思い出せない。


 けど、思い出せないとか今はどうでもいい。

 

 ピンチなのだ。


 ピンチなのだが…………


 舐めるなよ、黒コート!


 私は頭を下げながら踏み込んでナイフを躱し、素早く黒コートの後ろに回り込んだ。


「なにっ!」


 そして、中腰のまま黒コートの胴体にしがみつく!


「はっ?」


 そのまま引っこ抜くように、後ろに叩きつける!


「おおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 ドコォ! という低い音が響き、黒コートの頭が地面に叩きつけられた。

 

 ふふん。

 

 立ち上がった私は得意げに笑う。 


 孤児院育ちをなめちゃいけない。

 おもちゃも何もない孤児は、体一つで遊ぶしかないのだ。

 私も男どもに混じって、ひたすら格闘に勤しんだ時期がある。


 これはその時に身につけた、四十八の殺人技の一つ。


 モニカ・スープレックスだ!


 ドヤァ!


「…………舐めた真似をしてくれる。貴様……裏切ったな?」


 オヤァ?



 ◇



 私、再びピンチ!


 私のモニカ・スープレックスを喰らいながらもすぐに起き上がった黒コートは、その目に怒りを宿して私にナイフを向けてきた。


 やばいなぁ。


 もともと身体能力の低い私は、最初の奇襲を凌がれたらなす術がないのだ。


「裏切りの代償は…………死だ!」


 殺意に満ちた黒コートが、ナイフを向けたまま私に駆け寄ってくる。


 もうだめだっ!

 

 と思ったその時。


「うぉおおおおおおおっ!」


 ズバン!


 どさり



 …………



 どこからともなく急に現れたブルちゃんが、黒コートを真っ二つにした。













 ……………………












 

 つ…………













 辻斬りだーーーー!


 とうとう本性を現したかブルちゃん!

 

 現れるなり見ず知らずの黒コートをバッサリ切り捨てるなんて、り慣れてなければ出来るわけない。


 黒コートを辻斬つじぎったブルちゃんは、血のついた剣を投げ捨てると、私を抱きしめてとぶるぶる震えだした。



 こいつ…………



 さては、血に酔って女を抱きたくなったな?

 

 ヤバイ、犯られる。


 ブルちゃんの凶行のおかげで命は助かったけど、今度は貞操の危機だ。 

 

 凶行の現場も確認できたし、ブルちゃんは欲望丸出しで隙だらけ。


 私の懐にはナイフがある。


 今なら、今ならあっさりブルちゃんを暗殺することができるだろう。


 でも…………




 もう、情が移っちゃったしなぁ…………






 …………




 


 …………ええい!


 こうなったら、最終手段に出るしかない!


 私は覚悟を決め、ブルちゃんの柔らかい体を抱きしめ返した。


 

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