第四章 逃がすつもりはないと言った。たとえ君を閉じ込めることになったとしても離すつもりは毛頭ない 4

「そうですね。確かに、母様並みの魔力となるとそうはいないかも……。よし、覚悟は決めたよ。私、これから術式を起動することに決めたよ」


 そう言って、覚悟を決めたレインは善は急げとばかりに、リビングの横にある扉に消えていった。

 

 リビングに残された二人は顔を見合わせた。先に口を開いたのはイクストバルだった。

 

「いいのか?お嬢さんを止めなくて?大丈夫だとは思うけど術が失敗した場合はどうするんだ?」


「レンのあの感じは、言っても聞かないよ。もし失敗するようなことがあったら、俺もその失敗を受け持つ。二人だったら、死なない程度に緩和されるだろう?」


「おまっ!!そんな事陛下達は許さないぞ」


「俺は、自分の運命の人ともう離れないと誓ったんだ。お前には悪いと思うが、万が一の場合は頼んだぞ」


 真剣な親友のその表情に、「こいつも言ったら聞かないやつだった」と言って、苦笑いを浮かべてからその頼みを受け入れる覚悟を決めた。

 

 二人の覚悟が決まった頃に、レインは隣の部屋から出てきた。

 その姿を見たスイーティオは、目の前に座る親友に高速で目潰しをした。

 イクストバルは「目がーー!!」と言って、ソファーから転げ落ちて床を転げ回った。

 それを気にもとめずに、薄情な親友は愛するレインに一瞬で距離を詰めて自分の羽織っていたマントを羽織らせた。

 動揺しながらも初めて見る、レインの生足にゴクリと唾を飲んだ。今まで幾人もの女性の裸も見てきているスイーティオだったが、大好きで仕方ない、愛するレインの肌は別だった。

 

 レインは、シーツを体に巻き付けただけの無防備な姿だった。

 シーツの下には下着も着けていないのではないかと考えたスイーティオは、自然と薄いシーツの下の裸体を想像して危うく鼻血を吹くところだったが、レインの恐恐とした声音にそれをぐっと堪えることに成功した。

 

「殿下……。その、術は禊をした上で、一糸まとわぬ生まれたままの姿で行う必要があって……。なので、術式を発動している間は、絶対に私を見ないでください!!絶対ですよ!!本当は、一人になってからのほうがいいとは思ったんですが、殿下が近くにいてくれると思うと勇気が湧いてくるんです……。だから、私の近くにいてほしいんです!でも、こっちは絶対に見ないでくださいね!!」


 初めて、愛しいレインから側にいてほしいと言われてスイーティオは舞い上がった。目潰しをした親友のことも忘れて、天にも昇る気持ちになった。

 そして、本心もポロっと出た。

 

「無理だ!!直ぐ側で、可愛いレンが生まれたままの姿でいるというのに、見ないでいられるものか!!」


 その発言を聞いたイクストバルは、床に突っ伏しながら弱々しい声で言った。

 

「おっ、お前のその清々しいまでの欲望に溢れた言葉……、男として尊敬する……」


 そう言ってから、自分のマントに包まって扉の方に体を向いて、回復した目をまた潰されないようにと、目を硬く瞑った。

 

 スイーティオは、親友の心遣いに感謝をしながらレインに向き直り真剣な表情で言った。

 

「俺は見届ける。もし、術が失敗するようなことがあれば、俺も術の失敗を一緒に被るだから、側でお前の全てを見届けさせてくれ」


 そう言って、レインとしっかりと視線を合わせた。

 レインは、「仕方ない人。私も殿下には甘々なのも悪いのかな……」と小声で呟いた後に、スイーティオの胸を押して距離をとった後に、仮面を外して8年前に一度きり見せた素顔を晒した。

 周囲の者はその時、オークのようだと騒いでいたがスイーティオには、レインの神秘的な紫色の瞳に心を奪われていたのだ。

 今も、不安そうなその瞳に浮かぶ涙を吸い取り口づけをしたいと考えていた。

 しかし、それを実行することは出来なかった。

 仮面を外したレインは、纏っていたシーツも取り去り生まれたままの姿になった。その瞬間、部屋全体が強い光に包まれたのだ。

 強すぎる光に目を開けていられずに、キツく瞼を閉じた。

 瞼越しでも感じる光の洪水に、レインのことが心配になり必死に手を伸ばした。

 伸ばした手は空を切り、何も掴むことは出来なかった。

 

 どのくらいの時間が経ったのだろうか。次第に、光は薄まりスイーティオは瞼を震わせながら瞳を開いた。

 

 そこには、燐光をまとう美しい少女が涙に濡れた瞳でスイーティオを見つめている姿があった。

 

 涙に濡れた美しい紫色の瞳に吸い寄せられるようにスイーティオは美しい少女に近づいた。

 小さな、珊瑚のような色の可愛らしい唇は笑みをたたえていた。

 先程は空を切ったその両手は、今度こそ愛しい人を抱きしめることが出来たのだ。

 腕の中で、微笑むレインの額に自分の額をくっつけてスイーティオは極上の蕩けるような微笑みを浮かべていた。

 

「ティオ様……。呪い返しは成功しました。これで、この世界に撒かれた、魔女の嫉妬は完全になくなりました……。なんだか、術が成功してホッとしたのか、一気に疲れました……、少し眠っても……、いいですか?」


 そう言って、愛しい少女はスイーティオの腕の中で静かに眠りについた。

 安らかな寝息を立てる、レインに堪らず口づける。

 頬に、額に、鼻先にと、丁寧にガラス細工にでも触れるかのような繊細さで、次に唇にと思ったところで、後ろからチョップが飛んできた。

 

「痴漢め、お嬢さんが寝ていることをいいことに好き放題して……。疲れているようだし、ベッドで寝かせてやれ」


 顔を背けたままのイクストバルはそう言って、寝室と思われる部屋の扉を指さした。

 それを見たスイーティオは、苦笑いを浮かべてから素直に従った。

 

 次にレインが目を覚ましたときには一緒に、国に帰り自分の嫁だと国中の者に自慢ができると、可愛い寝顔を見ながらニヤつくスイーティオだった。

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