第214話 魔闘会でショータイム!③
——グレイフナー王国領地数2位、サウザンド家邸宅
「おおおおおっ! エリィ! よく来てくれた! さぁ、そこのソファに掛けなさい」
グレンフィディックのじいさんはシャープな顔立ちに笑顔を浮かべ、灰色の瞳で俺とソファを見た。
久々にエリィと会えて相当嬉しそうだな、じいさん。
魔闘会の『倍返し・10個賭け作戦』がなかったら、母アメリアは永遠にじいさんとエリィを会わせなかったかもしれない。
「失礼いたします」
サウザンド邸宅の談話室に設えてある最高級品らしきソファに足を揃えて座った。付き人として付いてきたクラリスが静かに後ろに控える。
おお、ソファめっちゃふかふか。
前を見ると、複雑な魔法陣が刻まれたテーブルを挟んで、グレンフィディック・サウザンドが一人がけのソファに座っていた。
しばらくすると、じいさんの息子であり家督を譲ったグレイハウンド・サウザンドが談話室に入ってきた。
じいさんの息子、グレイハウンド・サウザンドは灰色の瞳と、灰色の髪をしている。その灰色の髪は短く刈られ、じいさんが細面なのに対してグレイハウンド・サウザンドはがっしりした骨格をしており、貴族の当主というよりは軍人に近い雰囲気を発していた。歳は四十前後だろうか。
「はじめまして、エリィ嬢。噂は聞いているよ。私が父グレンフィディックから家督を譲られたグレイハウンドだ」
こちらに笑いかけてくる現当主はなかなかに人当たりがいい。
しかし、内包する魔力量はかなり多そうだ。
物腰にも隙がない。
「ごきげんよう、グレイハウンド様。ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンでございます」
立ち上がってレディの礼を取った。
グレイハウンドがソファに座るのを見届け、こちらも腰を下ろす。
「おお、ジジイから嫌ってほど聞かされていたが噂に違わぬ美しいレディだ。所作も優雅で可憐だ」
「お、おい」
息子の言葉にグレンフィディックのじいさんが若干うろたえた。
どうやら先の一件でじいさんの信用は地に落ちたらしいな。自業自得だ。
そんなじいさんの反応など気にせず、グレイハウンドががっしりした肩をすくめた。
「俺が二十歳若ければ求婚していただろうな」
「まあ……」
「どうだ、エリィ嬢。うちの長男エリクスと一度会ってくれないか? 俺と違って美形だ。魔法も上手い。器量もいいぞ。いとこではあるがそれぐらい問題でもあるまい」
「か、考えておきます……」
あーあー、またエリィが顔を赤くしてるわ。
図々しいのはじいさん譲りって感じだな。
後ろでクラリスが「うおーっほん。うおーっほん」とわざとらしく咳払いをしているのがちょいとうるさい。
「ああ、今日はそんな話ではなかったな」
「そうですわ」
お互いに気を取り直した。
クラリスも咳払いをやめる。
今日の訪問は『倍返し・10個賭け作戦』に参加するか否かの最終確認だ。
あの作戦を実行すると決めてからの父ハワードは素早かった。
すぐに自らが夜陰に紛れて五家へ赴き、口頭で概要を伝えている。時間がないため、次の日の今日が回答の期限だ。
サウザンド家のメイドが紅茶を持ってきてテーブルに置き、何やら杖を取り出して呪文を唱えた。
テーブルに刻まれた魔法陣がぼんやりと輝く。
気になって手を当ててみると、ほんのりと温かった。
なるほど、紅茶を冷やさないための装置らしい。
「結論から言おう。サウザンド家はゴールデン家が提案した『倍返し・10個賭け作戦』に参加を表明する」
グレイハウンド・サウザンドは灰色の目を細くしてうなずいた。
「リッキー家、ガブル家は何かを隠している。また、ここ数週間バルドバット家とガブル家、そして別勢力が頻繁にやり取りをしている情報を得ている。国王の許可が下りているのであれば、断る理由はどこにもあるまい」
「ありがとうございます」
「話を聞いたときは興奮で全身が震えた。これで燃えないのはグレイフナー王国民ではない」
グレイハウンドが大きな口を開けて笑った。
その後、リッキー家、ガブル家、俺が一度も接触したことのない領地数1位のバルドバット家に関する情報を共有した。
あまり時間がないため、ざっくりとした内容だ。
二十分ほど話し合い、会話が途切れたところで黙っていたグレンフィディックがこちらを見た。
「エリィが魔闘会に出場するのは本当か?」
「ええ、私がゴールデン家の代表よ」
「そうか……。血縁者が一名出場するルールではあるが、なにもエリィが出場する必要はないのではないか?」
グレンフィディックは心配した様子でこちらを見てくる。
久々にエリィを見て庇護欲を大きくしたらしい。
「大丈夫。こう見えて強いのよ」
エリィみたいに可愛い子が言うと冗談にしか聞こえないな。
「父上、他家の出場者にどうこう首を突っ込むのはよくない。それが目に入れても痛くない可愛い孫であってもな」
グレイハウンドが冗談めかした口調で笑いつつ、「可愛い孫」というフレーズでグレンフィディックの痛いところをちくりと刺した。
「む……そうであるな」
厳しい顔をしても、じいさんには威厳の欠片もない。
グレンフィディックはこうやってチクチクと息子から攻撃されているそうだ。
パンジーから聞いた話によると、グレイハウンドは当分家督を譲り受けるつもりはなかったらしく、最低でも三年は領地開発をする予定だった。それを急に首都へ呼びつけられ、じいさんが隠居するから家督を継げと命令されたため、かなり立腹しているらしい。一ヶ月経った今でも怒りは収まらず、こうしてじいさんを苛めて憂さ晴らしをしているとか。
「エリィ嬢、リッキー家への宣戦布告はどのようにするつもりだ?」
グレイハウンドが話を切り替えた。
「矢文がいいかと」
「おお、それはいいな! 戦いの神パリオポテスと契りの神ディアゴイスの決闘のようではないか!」
「そうですわ。玄関前に全家で文を打ち込みましょう」
ちらりとクラリスを見ると、満足げに首肯している。
クラリスが「絶対に矢文がいいのです!」と主張したのはこれが理由か。オバハンメイドの神話好き、魔法好きには毎度ため息が出る。ま、彼女のいいところでもあるが。
「では、本日の夜八時きっかりに」
「ですわね」
エリィスマイルで優雅にうなずいた。
◯
——グレイフナー王国領地数第4位、ヤナギハラ家邸宅
サウザンド家邸宅から十分の場所にあるヤナギハラ家邸宅に到着した。
玄関で靴を脱ぎ、四十畳ほどの部屋に通される。
床はすべて畳。
土足厳禁がヤナギハラ家のルールみたいだ。
最初は日本家屋みたいだなと感じ、次に壁や扉が普通の洋風なので違和感を感じた。和洋折衷と言っていいのか分からない造りになっている。
「エリィ嬢は正座がお上手ですね」
座布団の上に正座していると、ヤナギハラ家当主、ジュウゴロウ・ヤナギハラが現れた。
「ごきげんよう、ジュウゴロウ様。わたくしゴールデン家四女、雑誌Eimy総編集長、ミラーズ総合デザイナー、コバシガワ商会会長、エリィ・ゴールデンと申します」
立ち上がってレディの礼を取る。
どうせならと思って、隠し立てはせずに肩書をすべて名乗った。
「……サツキが言ったとおりのお嬢さんのようだ」
ヤナギハラ家当主、ジュウゴロウ・ヤナギハラは袴に似た黒の上下を合わせている。
丸眼鏡をかけ、色が白く、当主というよりは本が好きな青年に見えた。
この服は、隣国である水の国メソッドの服装と似ている。
着物っぽい服装ではあるが裾や襟の形が微妙に違うため、ここが異世界なんだと思わせた。
「だから言ったでしょう?」
俺の正面に座るサツキが勝ち気に首を上げた。
彼女の美しい黒髪は腰まで伸びており、畳につくすれすれで揺れている。
「分かったよ、サツキ」
嬉しそうな娘の顔を見て苦笑し、ジュウゴロウがこちらを見た。
「ご挨拶が遅れました。わたくしがヤナギハラ家当主、ジュウゴロウ・ヤナギハラです。あなたと、あなたのお姉様のことはサツキから聞いております。いつも娘がお世話になっております」
「こちらこそ、いつも姉がお世話になっております」
ジュウゴロウが丁寧に礼をするのでこちらもあわてて腰を折った。
なんだか三者面談のような空気で調子が狂うな。この当主、ひ弱そうに見えて営業力が高いような気がする。魔力はあまり感じない。
「お父様は堅いのよ。早く座って」
「こら、客人の前だぞ」
「エリィちゃんはそんなこと気にしないわよ」
サツキが父親に早く座るよう言葉を投げる。
ジュウゴロウは微笑しながら「すまないね」と言って上座に座った。
「あ、エリィちゃん。私も魔闘会に出るからね」
「あら、そうなの?」
「ええ。くじ引きで当たったら精一杯戦いましょう」
「そうね」
サツキが爽やかな笑顔で言ってくる。
優等生でありながら親しみやすい気軽な雰囲気が彼女にはあった。
「こらこらサツキ。選手登録はすると言ったが出場させるとは一言も言ってないぞ」
「いいじゃないお父様。お母様だって、そろそろサツキには魔闘会を経験させたほうがいいって仰っていたわよ」
「……それは断れないね」
「でしょう」
どうやらサツキの母親は強烈らしい。
それからリッキー家、ガブル家の情報共有を行い、『倍返し・10個賭け作戦』についての質疑応答があり、当主ジュウゴロウが作戦参加を了承した。
それが終わると自然な流れで、お互いのビジネスについて説明が始まった。
ヤナギハラ家は隣国メソッドとの交易を主に、刀、杖、飾り紐、陶器、酒などを自領で作って販売しているそうだ。
ここまで話すのにおよそ三十分ぐらいだろうか。
この当主、話が上手い。
的確にこちらの意図する内容を話すので、ある程度相手が考えていることを推察してボールを投げてやれば、話がトントン拍子に進む。グレイフナーで会話が気持ちいい相手と出逢ったのは初めてかもしれない。
「倍返し、燃えるわね!」
サツキはビジネス話もそこそこに魔闘会へのやる気をみなぎらせた。
活発な美人が元気なのは見ていて気持ちがいいもんだ。
「……エリィ嬢。一つよろしいですか」
「はい、なんでしょうか?」
「その会話術はどこでおぼえたのですか?」
「まあ、会話に術などございませんわ」
「いえいえ、会話には術もあれば花もある。酸いも甘いも人間同士の付き合いは会話から。あなたはそれをよく分かっているのでしょう。はじめ、ゴールデン家当主の代理人としてなぜ四女のあなたが来るのか困惑致しましたが、話した瞬間に疑問は氷解しました」
「まあ、お上手なのですね」
やべえ、思い切り営業トークかましちまったよ。エリィの存在に違和感を覚えられても困るな。どうする?
「それに、あなたは美しい。あなたの瞳は神話の宝石のように輝いております」
「も、もう……おやめください……」
照れるな照れるな。
両手を顔に当ててイヤンイヤンと首を振るな。
「あなたが先程話していた服飾の事業、是非とも我がヤナギハラ家も一枚噛ませてもらえませんか? 先日サツキがメソッドからの輸入品をエリィ嬢の服屋に卸したことは聞いております。メソッドの染め物は上質で上品ですよ」
「そうですわね……それについては魔闘会が終わってから相談いたしましょう」
「必ずですよ。魔闘会が終わった翌日に使者をお送り致します」
「ま、まあ。かしこまりましたわ」
ミラーズと雑誌を隣国メソッドへの流通することも視野に入れれば、ヤナギハラ家を抱き込むことにデメリットは一つもない。ただ、この当主の才覚には注意が必要だ。油断すれば利権を奪われる可能性も考えられる。このままエリィの正体を謎のヴェールで包んでおくのは悪くないな。
「そんなに警戒せずともいいのですよ。エリィさんに何かしたらサツキに怒られてしまいます」
「そうよ、エリィちゃん。うちのお父様はちょっと目を放すと金儲けのことばかりなんだから」
「それが仕事だからね」
「ほどほどがいいのよ、お父様。やりすぎは禍根を残します」
「分かっているよ」
当主がまた苦笑した。
ヤナギハラ家は女が強いみたいだな。ゴールデン家と一緒だ。
「それではお話のとおり、本日の夜八時きっかりにリッキー家へ矢文を打ち込んでくださいませ」
当主とサツキに一礼し、正座を崩して立ち上がった。
二人も立ち上がって見送りをしてくれる。
部屋から出ようとしたところ、ずっと後ろに控えていたクラリスが立ち上がろうとしなかった。正座の状態で固まっている。
「クラリス、どうしたの?」
「お、お嬢様……足がしびれて動きません……」
正座がつらかったらしい。
クラリスに“
☆
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