第170話 オシャレ戦争・その4



 クラリスは恭しくサウザンド家のメイドに一礼し、邸宅から出て馬車に乗り込むなり、顔面のパーツ全部を般若みたいに釣り上げて絶叫した。


「あのクソジジイィィィぃぃぃッッ!!!!」


 家に帰るまで堪え切れなかったらしい。


「エリィおじょうすぁむぁを! 養子にぃぃ?! 愛するエリィおじょうすぁわまをおおおおおおっ、養子にするですってえええ!!? 偽りの神ワシャシールに舌ぁ引っこ抜かれて死んでおしまいッッ!!!」

「クラリース。どうどう、どうどう」

「お嬢様! なぜそんな冷静でいられるのです?!」

「なんだ?! どうしたっ!」


 バリーがたまらず御者席から馬車内へ首を突っ込んでくる。


「サウザンド家のじいさんがミラーズの援助をする条件として、エリィお嬢様を養子にしたいと言っているのよ」

「よう……し?」


 バリーは単語の意味が分からなかったのか強面の眉間にしわを寄せ、三秒後に“ようし”が“養子”だと理解したらしく、大きく息を飲んだかと思うと顔中を赤くし、怒りで奥歯を噛み締めた。


「養子だとおぉぉぉっ!? 舐めとんかサウザンドォッ!!」



———パァン!!!



 あまりの怒りにバリーは握っていた手綱を振り下ろした。

 急に鞭打たれた馬が驚いていななき、馬車が急発進する。俺とアリアナは、座席から落ちそうになってお互いを支えあった。クラリスは低い天井の馬車内で仁王立ちをし、どういう原理なのか微動だにしない。


「おい。サウザンドは本気なのか? なぜ養子などという戯れ言を?」


 馬車を御すため、いくぶん冷静になったバリーがクラリスにぶっきらぼうな言葉を投げる。まずは怒りより事情の把握だ、と自分に言い聞かせているらしい。


 今にも殴りこみに行きそうな顔をしているバリーに、クラリスはサウザンド邸宅で起きた一連の流れを簡単に説明し、俺達が置かれている状況と背景を話した。


「あの男の言い方、脅しよ。エリィお嬢様の美しさに抗えなかったのでしょうよ。ふんっ」

「お嬢様を脅すなど不届き千万。打ち首にしてくれるッ!」

「賛成っ!」


 ゴールデン家のメイドとコックの夫婦が即座に出した結論はこれだった。


「どうやってヤる?」

「相手は天下の六大貴族サウザンド家当主。私達のような木っ端な使用人が束になっても敵わないわ。ここは奥様にご相談するのが吉でしょう」

「おお、そうだな!」

「領地から腕に覚えのある若者を呼びましょう。……ふふふっ、メイドが本気出したらどうなるか見せてやろうじゃあないの。覚悟しなさいサウザンドォ!」

「討ち入りだ! 不肖バリー、お嬢様のために身命を賭す!」


 なぜ討ち入りする方向で話がまとまってるんだよ。

 それ一番やっちゃいかんことだからな。


「おだまりっ!」


 俺が一喝すると、エリィの可愛らしい声がビリビリと馬車の窓を揺らした。

 軽く黙ってもらうつもりが、自分でも思ったより声が出てびっくりしたわ。エリィは怒ると声色と言い方がエリィマザーに似るな。結構な迫力だ。


「イエスマム!」

「イエスマム!」


 クラリス、バリーはすぐに真顔で敬礼した。

 息ぴったりすぎだろ。

 あとバリーは前を見なさい。


 場の空気を戻すために一つ咳払いをして、話を進める。


「討ち入りはダメ。一騎打ちもダメ。とにかく冷静に対策を考えましょう。どんな事柄にも突破口は存在するわ。ひとまず、お母様とお父様に相談は必要ね。というより、ゴールデン家、ミラーズ、コバシガワ商会、全員に事の経緯を話す必要がありそうだわ」

「……お嬢様はどこまでも前向きでございますねぇ」

「私は起こったことをどうこう言うより、これからどうするかを考えるほうが得意なのよ。まあ、あのじいさんに怒りを感じないか、と質問されたら、もちろん答えはノーだけどね」

「じいさん嫌い…。パンジー可愛い…」


 アリアナが長い睫毛をぱちぱちと瞬かせる。


「出会って二日目の私を養子にしようとする理由が知りたいのよね。私は怒るよりも不可解でもやもやした気分になったわ。ちょっと変だと思わない?」

「そうだね…」

「その辺の調査をしながら、サウザンド家の後方支援がないやり方で『Eimy』の創刊を目指しましょう。まだ負けが決まったわけじゃないわよ」

「かしこまりました。サウザンドのクソジジイに新しい雑誌を見せつけて洋服の在庫をたんまり用意し、ぎゃふんと言わせたあとに打ち首でございますね!」


 クラリスが晴々しい笑顔で言う。


「さっきから何度も怖いこと言わないでちょうだい! ここは江戸?! 江戸なの?!」


 思わず叫んだ。

 クラリスが赤い旗を振られた猛牛のごとく急接近してくる。


「お嬢様、えど、とは?!」

「こっちの話よ! あと顔が近いわ! それより打ち首なんて二度と提案しないでちょうだい!」

「ええ〜っ?! 打ち首はなしでございますか?!」

「なんでさも私が了承したかのごとく打ち首で話が進んでるのよ」

「そのような不貞な輩は打ち首か爆死、もしくは“ウインドソード”で細切れがスジかと……」


 バリーが御者席から車内に首を突っ込んで神妙な面持ちで言う。

 いやいや、あんたらいつも物騒だからほんと。どんなスジだよ。そんなスジやだよ。


「とにかく! 筋肉と魔法でどうこうする話はナシ! いいわね?!」

「そんなぁ……」


 バリーが力なく手綱を引っ張る。


「ぶーぶー、でございます」


 俺がこっそりエイミーに教えていたブーイングのやり方を真似るクラリス。いつの間に習得したんだよ。


「ダメよ。とにかくダメ。サウザンド家って強いんでしょう? 討ち入りしたら返り討ちに合うだけよ」

「言われてみれば……グレンフィディック・サウザンドは定期試験922点のツワモノでございます。次期当主のグレイハウンド・サウザンドが893点。その長男のエリクス・サウザンドが876点。サウザンド家の血縁者ほとんどが光魔法適性を持ちますので、手傷を負わせても回復されてしまいます。かなり厄介と見て間違いございません」

「でしょう? 討ち入りは現実的じゃないわ」

「戦力の拡充を図れば無理ではございませんが――」

「図らないでちょうだい」


 たしなめるように睨みを入れ、ついでに人差し指に“電打エレキトリック”をまとわせる。電流の鳴る音が響くと、クラリスは背筋を伸ばした。


「かしこまりましてございます!」

「よろしい。クラリスはコバシガワ商会のメンバーとミラーズの従業員をゴールデン家に招集してちょうだい。営業終了後に集合する形でいいわね」

「承知いたしました」

「その間に、私はアリアナとミラーズに行って各店舗用のプレゼン資料を作るわ」

「プレゼン、でございますね」


 プレゼンの意味はクラリスに伝えてある。ピンときたようだ。


「どのみち有力な店の離反を防ぐためにプレゼンはするつもりだったからね。準備は早いほうがいいわ」

「さすがお嬢様」

「バリー、先にミラーズに行ってちょうだい。本店のほうよ」

「かしこまりました。オラァ、もっと脇ぃ寄せろやボケェ!」


 会話に加わりたくてうずうずしていたバリーは急に話を振られて嬉しかったらしく、やけに張り切って返事をした。うん。バリーはもっと対向車に優しくなろうね。


「アリアナ、時間は大丈夫?」

「大丈夫。途中でアルバイトがあるから抜けるけど…」

「たしか『狐嬉亭』っていう酒場よね?」

「ん…」

「ごめんなさいね。モデルの仕事が始まったらしっかりお給金を出すわ」

「気にしないで。弟妹を見てもらっていた恩があるから…」

「ありがとう。落ち着いたらアリアナがバイトしてる姿を見に行きましょうかね」

「それはダメ」

「あら、なんでかしら?」

「恥ずかしい…」


 アリアナは窓の外へとそっぽを向いた。狐耳がぺたりと下がっている。きゃわいい。

 狐耳を両手でつまんで立ち上がらせ、優しくもふもふしておく。


「コバシガワ商会、ミラーズ、ゴールデン家、すべての今後の進退に関わってくるわ。間違いなく全従業員を呼んでちょうだい、いいわねクラリス」

「おまかせください」

「まずは対策。それからグレンフィディックがなぜそんな行動に出たのかを調査ね」

「徹底的にやりましょう。格下貴族だと思ってやがるあのジジイにメイドの鉄槌を」

「クラリス、言葉が少々キツくなっているわよ。ゴールデン家のメイドとしての優雅さも忘れないようにね」

「これは大変失礼いたしました。お嬢様のこととなると、つい」

「クラリスとバリーの気持ちは嬉しいけどね」


 エリィはみんなに愛されてるからなぁ。


 てかちょっと待てよ……。

 この話、家族に話したら怒り狂うかもしれん。というより絶対に激昂するだろ。前に俺がスカーレットに襲われたときだって、父母、使用人達が完全武装したからな。今回の話はアレよりレベルが断然上だ。


 ふっ。このポジ男の俺ですら、ちょっとばかし不安になってきたぜ……。特にエリィマザー。あの人が本気で怒ったらまじでやばい。上位上級の爆裂魔法をサウザンド家にぶちこむ可能性がある。


 もうこればっかりは、家族と使用人達が怒らずに話を聞いてくれることを祈るしかないな。

 眠れる獅子よ、起きるなかれ。



    ◯



 ミラーズへ着いた俺とアリアナは、クラリス、バリーと別れ、店内へと入った。


 俺を見つけた店員が黄色い声を上げ、客がその様子を見て色めき立った。前回の騒ぎで人気者になっちまったぜ。まあ、エリィと俺のカリスマ性を考えたら当然のことだ。

 適度に愛想を振りまきつつ、工房へ入り仕事をしていたジョーに事情を説明して、遅れてやってきたミサにも状況を説明する。


 二人はサウザンドの婉曲的な脅しに憤慨し、打倒バイマル商会の闘志を胸に燃え上がらせた。


「で、どうするつもりなんだ?」


 ジョーがハンチングをかぶり直し、天然パーマで丸まっている前髪を無造作に帽子の中へしまい込んだ。

 彼は実際的な精神の持ち主だ。自分の能力が営業や経営に向いていないと分かっているため、変にそっちの話に首を突っ込まず、素直に今後の流れを確認してくる。


「お父様とお母様に事情を説明するわ。貴族の情報は二人のほうが持っているでしょう」

「サウザンド家の意図を探るってことだな」

「ええ。私だけで済む話ではないからね」


 一人でどうこうできるとは、さすがの俺も思わない。むしろここは王国の貴族事情に詳しいであろう父と母に助言を求めるべき場面だ。


「一先ず、計画通りに動きましょう」

「取引先の店舗に営業をかけるんだっけ?」

「そうよ。私達にできることをやりましょう」

「そうですね。離反を引き止めるのが命題です。縫製技師、布屋、卸問屋が向こうになびかずミラーズ側につけば我々の勝ち。離反すれば負けです」


 ミサがキリッとした表情でうなずく。

 俺が砂漠に行っているうちに、彼女は四店舗の店を持つ経営者だ。随分と頼もしくなったな。


「分かりやすくていいわ。ということで、プレゼンの準備をこれからしましょう」



    ◯



 その後、四時間をかけてプレゼンの準備を行い、途中でアリアナがバイトで抜け、入れ替わりでクラリスがやってきた。彼女はサウザンド家が取引している店の一覧を調べてきており、資料を見せてくる。プレゼン準備は止め、サウザンドの動き予想と対策案を考え相関図にしてまとめると、あっという間に一時間が経過した。


 時計を見ると午後七時になっている。

 閉店する呼び声と準備の音が店から聞こえてきて、しばらくすると風魔法“計数カウント”が付与されたレジスターを、店員の二人が工房へ運んできた。


 へえ、わざわざレジごと裏に運んで保管するんだな。

 レジの形が地球と同じ形状で笑える。やっぱ便利を追求すると同じような形になるらしい。


 先日、俺が来店した時に叫んでいたポピーとマグリットが手早く売上げの計算を終わらせる。手際の良さに感心していると、ミラーズ各店舗の店員が売上げを次々に持ってきて、それをミサが確認していった。


 気付けば部屋には十数人が集まっていた。

 話し声が別の場所から聞こえるので、どうやら部屋の外にも人が集まっているようだ。ゴールデン家に招集されたため、まずは店に集まってきたのだろう。


「お嬢様、お待たせ致しました」


 作業を終わらせたミサが、申し訳無さそうな顔で一礼した。


「もう大丈夫なの?」

「はい、本日の業務は終了です。あなた達、こっちにいらっしゃい!」


 工房のドアを開けて、店内にいる従業員をミサが招き入れた。

 ぞろぞろと入ってきた従業員達は全員若々しい女性で、精一杯のオシャレをしている。ざっと獣人が三割、人族が七割といった割合だ。皆、恐縮しているのか壁際に並び、好奇心の強い視線を室内へ滑らせている。これで工房内は三十人ほどの人で埋まった。


「みんないいかしら! こちらのお嬢様が、ミラーズ総合デザイナーのエリィお嬢様よ! 粗相のないようにね!」


 ミサが誇らしげに胸を張って宣言する。

 いやまあ、さっきから椅子に座ってる俺をみんなチラチラと見てたんだけどな。


 周囲から「まあ!」とか「お美しい!」とか「先日、賊を退治したのよ」など、女子特有の黄色い声が上がる。女が部屋に集まると、甘い匂いと、明るくてちょっと騒がしい独特の空気になるよな。もう慣れちまったよ。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、とりあえず男だったらウハウハの状況だ。みんな見た目を意識しているから可愛いしな。


 神にチェンジを要請する!

 女から男へのチェンジィッ!

 神様信じてねえけどっ!



 うん……知ってる。心でどれだけ叫ぼうが現実は変わらないってことぐらいな。このやり場のない気持ち。せめて叫ばせてくれ。



「お嬢様、両手を広げてどうされました?」

「いえ、なんでもないわ」


 ミサが不思議そうな顔でこちらを見てきたので、華麗なる一回転で神への懇願ポーズを解いた。


「皆さんごきげんよう。私がゴールデン家四女、ミラーズ総合デザイナー、コバシガワ商会会長、エリィ・ゴールデンですわ」


 レディの礼を取って簡単に挨拶をすると、なぜか「わっ!」と拍手が巻き起こった。


 ポピーとマグリットが嬉しそうに「ね、ね、だから本当だって言ったでしょう?! 金髪で、垂れ目で、ツインテールで、物凄くスタイルがよくて、足が長くて、顔が小さくて、優雅で可憐でお淑やかなのにどことなく行動力がありそうな、女神みたいな女の子が総合デザイナー様だって!」と早口にまくし立てて自分の手柄のようにはしゃいでいる。


 ミサが二度手を叩くと、従業員はぴたりと静かになった。おっ、教育が行き届いてるね。いいぞ。


「本来ならばエリィお嬢様のお話をたまわるところだけど時間がないわ。これから全員でゴールデン家へ向かいます。話は聞いているわね」


 皆、神妙な面持ちでうなずく。


「貴族様の家におじゃまできるチャンスだからといってはしゃぎすぎないように。いいわね!」


「はいっ!」という景気のいい返事とともに、従業員は一糸乱れぬ一礼をした。両手を腹の上に乗せ、優雅に一礼する三十人はなかなかに爽快な眺めだ。


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