第32話 イケメンエリート、王様に呼ばれる③


 王宮へと呼ばれた俺たちは、とある男と対峙していた。


「私はグレイフナー王国筆頭魔法使いリンゴ・ジャララバードだ」


 数あるファンタジー映画の常識を覆す魔法使いの姿がそこにはあった。


 通っていたジムのボディビルダーを彷彿とさせる筋骨隆々な体躯。胸板はその辺に生えている木よりも厚く、予想するにベンチプレス250キロぐらいは上げれるんじゃないかと思われる。


 切りっぱなしの半袖シャツから出ている腕は、丸太に血管が浮かんでいるようで、おデブの俺の腕が細いと思ってしまうほどに太い。


 下半身も太い。

 ゆったりめのズボンがはち切れんばかりの筋肉の主張で限界まで張り詰めている。本気でスクワットしたら400キロぐらいは上げれそうだ。ここが地球であるならば是非とも一緒にジムにいって記録に挑戦してほしいところだな。


「わたくしはゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンですわ」


 レディらしく制服の裾をつまんで頭を下げた。


「ほほう、お前がエリィ・ゴールデンか」


 しげしげと俺を見つめる眼光は、値踏みする、というよりも魔力と強さだけを計っているように見えた。強さこそすべて。筋肉至上主義。全体的に無骨な顔と、冗談が効きそうもない灰色の瞳が、冷徹な印象を与える。

 筆頭魔法使いというより職業軍人という表現がしっくりくる。そして名前はリンゴじゃなくてプロテインのほうが合っている。


「アリアナ・グランティーノ…」

「ワイルド家長男、ワンズ・ワイルドです!」

「鍛冶屋の息子、ガルガイン・ガガ」

「アシル家次男、ドビュッシー・アシルですジャララバード様!」

「サークレット家次女、スカーレット・サークレットでございます」


 合宿メンバーが一人ずつ挨拶をした。

 全員心なしか頬が上気している。スルメの話だと筆頭魔法使いリンゴ・ジャララバードは歴戦の勇者で、『魔物五千匹狩り』の異名を持ち、グレイフナー王国最強魔法騎士団『シールド』の団長だそうだ。王国内のファンは数知れず、こうして会えるだけでもすごいことらしい。俺にはただの筋肉狂の暑苦しいおっさんにしか見えない。


 それよりも隣にいるスカーレットがくせえ。

 未だに発情犬煙玉ラブリードッグの臭いがする。

 臭いが落ちなかったんだろうな……。


「ここからは王の御前だ。粗相のないように」

「みんないいね。くれぐれも失礼なことを言わないように」


 引率者であるハルシューゲ先生が一番緊張しているように見えた。


 荘厳な扉を兵士二人が開けると、赤絨毯が敷き詰められた床の奥に王座があり、柔和な笑みを浮かべた中年の男が座っていた。茶髪をオールバックにし、赤いマントにブルーに輝く胸当て、やたらと分厚い紫色の膝当てを装備している。


 デザインより防御力を重視しているのは色合いのちぐはぐな組み合わせからすぐにわかった。玉座の横では、高さ五メートル、先っぽに緑の宝玉がついた杖を侍女が二人がかりで持っていた。あんなでかい杖で魔法唱えられるのか?


「朕が第五十二代グレイフナー王国国王バジル・グレイフナーだ!」


 一人称が朕!!

 ちん、キターー!


 映画の和訳でも滅多にない呼び方。

 実際に聞くとうけるーっ。

 王様が二人集まったらやべえな。朕と朕……。


 いや、やめよう。俺は素敵なお洒落おデブだ。こんなアホこと考えていたらエリィに申し訳が立たない。


「この者達が封印されしボーンリザードを倒した学生です」


 リンゴ・ジャララバードが膝をついた。

 俺たちもそれに倣う。


「大儀ッ!」


 国王はバッっと立ち上がると、ババッと近衛兵が持ってきたお盆から小さなメダルのついた勲章を掴み、ササッと玉座から降りてこちらに来ると、俺たちの首に勲章をかけて手を握る。


 サッ、ガシ、うむ! サッ、ガシ、うむ! サッ、ガシ、うむ! サッ、ガシ、うむ! サッ、ガシ、うむ! サッ、ガシ、うむ! サッ、ガシ、うむ!


 なんか素早い。

 この国王すげえ素早い。つーかめんどくさがり?

 俺の知ってる国王のイメージと違えぇ。


 首をひねっていると、他のメンバーは喜びで声も出ないほど感動し、口々に感謝の意を伝えていた。てかさ、亜麻クソとスカーレットなんもしてねえよな。


 おっかしいなー納得いかねえー。


 国王はササッと音もなく玉座に戻ると口を開いた。


「それで、誰が倒したんだ?」


 勲章を見て顔を赤くしていた面々が固まる。

 すぐさまハルシューゲ先生が、恐れながら、と膝をついた体勢で一歩進んだ。


「封印を解かれたボーンリザードはリトルリザードの群れを呼び、我々は防戦一方でした。ここにいる優秀な生徒と力を合わせ、ボーンリザードの強烈な攻撃をしのぎつつ、リトルリザードをすべて倒したところで――」

「長い! 結論を申せ!」


 国王は耐えきれなくなったのか苛立ちを隠そうともせず先生の話を遮った。ハルシューゲ先生は国王に咎められ、慌てに慌てて何度も額に落ちる冷や汗をハンカチで拭き、なんとか言葉をひねり出す。


「運良く落雷がありました」

「落雷?」

「はい。それが偶然にもボーンリザードに当たり、跡形もなく消し飛ばしました」

「リンゴ、それは本当なのか?」

「はい。報告の通りでございます。現場には爆発系の魔法でない痕跡が残っておりますので間違いないでしょう」

「そうか……」



 さすがは国王、何かに気づいたようだ。



「ふむ……」



 落雷魔法がバレないことを祈った。

 ここでバレたら絶対に面倒なことになる。


 まず伝説の魔法と言われている落雷魔法をどうやって習得したのかを根掘り葉掘り聞かれ、王国のためと言って軍事利用される可能性が高い。戦力として王国に組み込まれ、特殊訓練を施される可能性だってある。


 海外ドラマとかエスパー系映画定番の話だ。ストーリーとして見ている分には面白いけど自分がいざ渦中の中心になり、自由がなくなって行動に制限をかけられたらたまらない。俺はエリィとしてまだやることがたくさんあるのだ。


 国王は渋い顔で腕を組み、俺たちを見下ろしている。


 ごくりとツバを飲み込んだ。



 ――くわっ!!!



 すべてを理解した、といった感じで国王は目ん玉をかっ広げた。


「おぬしらラッキーだったなぁ!」


 前言撤回。国王アホだ。

 威厳もクソもねえよ!


「してエリィ・ゴールデンは?」

「この女子学生でございます」


 すぐさまリンゴ・ジャララバードが俺を立たせた。


「おぬしがそうか! 最後まで全員を守ったそうだな! 大儀ッ!」

「ありがたきお言葉」


 裾をつまんでお辞儀をする。


「特別に何か褒美を与えよう!」

「エリィ・ゴールデン、欲しい物を言え」


 リンゴ・ジャララバードがいかつい顔をこちらに向けた。


「金か領地か?」

「早く言え」


 せっかちな国王を待たせるな、ということらしい。


 どうせなら、と頭に描いていた計画で、もっとも厄介そうな問題をここで解決しようと思った。それはボブに復讐することでもスカーレットをけちょんけちょんにすることでもない。そのふたつは自力でやらないと意味がないからな。


「では恐れながら申し上げます。グレイフナー大通りのメインストリート一番街の建物の壁面をお借りしとうございます」

「ん?」

「……どういうことだ」


 リンゴ・ジャララバードが冗談ならタダで済まさないと言った目で睨んでくる。そして筋肉が凝縮した胸板を、ぴくぴくっと動かした。


「広告に使うのでございます」

「広告?」


 国王は興味が湧いてきたのか身を乗り出した。


「特大の布に書いた洋服の広告を飾るのです」

「ほほう……」

「なんと面妖な……」

「エ、エリィくん……!!」


 国王が頬をさすり、リンゴは理解できないと上腕二頭筋に力を込め、ハルシューゲ先生が大量にかいた汗を拭きながら小声で諫めようとする。


「おもしろい! 許可する!!」

「ありがとうございます!」


 前言撤回。国王最高ッ!

 勲章よりこっちのほうが嬉しい。イエス!


 今のミラーズに圧倒的に足りない物、それは宣伝力だ。

 この世界には、テレビもねえ、ラジオもねえ、車もぜんぜん走ってねえ。口コミで宣伝するぐらいしか方法がねえ。


 そこでだ。エイミーをモデルにしたどでかいポスターを大通りに飾って、ブランド力アップと市場拡大を狙う。それこそ渋谷のビルみたいに空いているスペースを広告に使うのだ。これでグレイフナーの国民は度肝を抜かれるだろうよ。


 ササッと国王が素早く右手を挙げると、ローブに身をつつんだ神経質そうな犬耳の男がらしくない前転で御前に登場し、「書類を!」と一言だけ言われ、残像を残すほど素早い後転で消えた。


 全員、国王のせっかちに合わせてるんだろうなぁ……。

 上司が特殊だと大変だ。


「それから縦巻きロールの女子生徒!」


 国王の声を聞いてリンゴ・ジャララバードが素早くスカーレットを立たせた。


「は、はいっ!!」


 唐突に指名され、かちこちに緊張した面持ちで直立不動になるスカーレット。その顔には国王に呼ばれた優越感がにじみ出ている。


 なんだと、この足手まといにも褒美か?

 それはおかしいんじゃねえか国王。

 あげるならアリアナだろ。


「おぬし、レディとは思えぬ臭いだ! くさいぞ! 特別に宮殿の風呂の仕様を許可する!」

「え……?」


 に、におい注意されとるーッッ!!!


「ぷぷっ」

「ぷ…」

「ぶー」

「ひぃっ」


 俺、アリアナ、ガルガイン、スルメは吹き出しそうになるのを寸でのところで堪えた。スルメの奴が小声で「犬合体…」と呟くもんだから、昨日の犬合体スカーレットが脳裏に浮かぶ。


 ここは耐えろ! 耐えるんだ俺! これより辛かったこと、何度もあったよな! ここで吹いたら負けだ!


 褒められると思っていたスカーレットは完全に涙目だ。

 膝をついた状態で下を向き、歯を食いしばって笑いをこらえた。


「どうした。国王様に礼を」

「あ、あ、ありがたき……幸せでございます」

「よい! 気にするな!」


 なんて素敵な国王なんでしょ!

 スカーレットは屈辱で顔を上げられないみたいだ。

 ぷぷーっ、ざまあねえぜ。


 心の中でぐっと親指を立てて笑った。


 国王はバッと立ち上がると、大きな声で「大儀ッ!!!」と叫んで、俺たちに向かってババッと右手を水平に上げた。これにて謁見終了、ということだろう。

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