第12話 2-3.特訓しよう 2

 ジンは中央塔を出て、あてもなく走り出す。

 必要としてくれたのにも関わらず、拒絶しまった後悔と自分の情けなさに押しつぶされながら。


 もう、何も考えたくなかった。


「ジン、待ってよ。待っててば!」

 コハルがジンに追いついて、外套の袖を掴み、足を止めさせる。


「コハル......」

 ジンが振り返りコハルを見つめる。


「ねぇ、ジンどうして......?」

「なあ、コハル。“俺”は......コハルがいて、ユキノがいて、“俺”がいる......そんな普通で少し退屈に感じてしまうような日常が好きだったんだ。“俺”は失うのが......怖いんだ。心の底から。......もう、いやなんだよ」

 ジンの声は震えていた。自分の恐怖を幼馴染に吐露することでさえも怖かった。


 そんなジンをコハルは見たことがなかった。いつも彼は強かった。


 だから、いつも考えていた。

 もしもの時、本当に彼がつらいときは必ず近くにいて、私達がともに背負うと。


 コハルはジンの顔に触れて、幼馴染の恐れに寄り添うべく、

「ジン、あのね、私は―」

 切り出そうした刹那、


「あれっ。ジン?コハルちゃんも。」


 その言葉に被さるように誰かから声をかけられて、ジンは思わず、声のする方を向く。


「父さん......?」

 声の主は昨日ぶりの父の姿だった。



 ◇◇◇



「いやぁ、ジンが無事でよかった。よかった。心配したんだから。いままでどこにいたの?」

「ユウカさん......ほら、白いコートの人と一緒にいたんだ。母さん」


 ユミの質問にジンがカレーをつつきながら答える。


「ああ、その人なら知ってるわよ。挨拶したもの」

 ユミがユウカに関心を示すことなく食事に戻る。ジンもそうしたかったがあまり食欲がなかった。


「まあ、私はジンなら無事だと信じていたがね。」

「僕も。」

「僕も。」

「ユリも。」


 スグルの言葉に乗っかることで会話より食事を優先することに成功した、ショウ、ゴウ、ユリはジンには目もくれずガツガツとカレーを貪る。


 丁度昼時で、テーブルを探しているスグルが偶々ジン達を見つけて今に至る。他の家族や幼馴染が無事だったことに安堵したが、さっきのことがやはり気がかりだった。


「父さん達は何してたの?」

 ジンはスプーンの手を完全に止めて、いままでの家族の状況を尋ねた。


「朝起きて、朝食をとった後、赤いコートを着た男性がこの状況をみんなに説明していたので、それを聞いていたな。まあ、色々酷かったが」

 スグルが愚痴を零す。


「途中から質問タイムになったんだけど...『わかりません』の回答が多くてね。ヒートアップして大変だったのよ」

 ユミのフォローがすかさず入る。まさに阿吽の呼吸。


(混乱を避けるために情報を伏せたのか?)


「ねぇ、赤いコートの男性?その人って...」

「そう、アノンさんよ。」

 ユキノが会話に混ざる。皿に目を向けるとすでに空だった。


(やっぱりか)


「アノンさんはどこまで話したんだ?」


「ざっくりとしたことしか言ってなかったわ。たしか...骸骨という謎の生命体のこと、このコミュニティは安全であること、後は...公共事業のことかしら」

 ユキノが左上に目線を移し、思い出しながら伝える。


「公共事業?何それ」


(この文明がほぼ滅んだ状況でか?)


「何というか、みんなでやることみたいな感じ。キッチンの南のエリアを畑にすること。後は......ここのコミュニティ四方が石垣と門で囲われてるでしょ、でも、北西の駐車場のところにはないの。だから、そこに壁を作るんだって」


「壁?」


「そう、壁。後は―」

「食事の用意とかね。このコミュニティ内のお母さん達が主体となってこれから腕を振るうんだから期待しててね。ジン。」

 ユミが微笑み掛ける。その表情は穏やかだった。

 いつもの陰から応援している時の顔。どれ程この表情に救われただろうか。


「ああ、通りで家カレーの味がすると思ったよ」

 食は進んでないがこのカレーはどことなく安心できる味がした。


「まあ、赤いコートの人々がその人のできることをうまく割り振ってるのよ」

 ユキノがまとめてくれる。


「なるほどなぁ」


(これもユウカさんの指示だろう......。これなら、手持ち無沙汰にはならなそうだし、得意分野なら輝けるか......。じゃあ、“俺”は何をすれば......)


「ごちそうさまでした。コハル......ちょっといい?」

「......誘ってくれると思っていたわ。ユキノ」

 何か言いたげなユキノがコハルをつれてテーブルを後にする。


「じゃあ、私達も」

 スグル以外の剣崎家の人間もテーブルを後にする。


「さて、ジン。少し話そうか」

 ジンとスグルの二人きりになってからスグルが切り出す。ジンには急に周りの話し声が遠くなったような錯覚を覚えた。


「ああ、ずっと話したかったよ。父さん。......父さんは昨日の何を知っていたの?」

 ジンはいきなり確信に迫る。ジンには父は何かを知っているというどこか確証のようなものがあった。


「......夢を見たんだ。そこである人と契約した。そして、能力を得た。突拍子もなくて信じられないかもしれないが本当のことなんだ」


(あの夢に出て来たのはまさか...父さん?)


「......どんな能力なの?わかる範囲で言葉にして」


「ジンは......こんな話を疑わないのか」

 スグルは息子の予想外の適応力に目を丸くして驚いた。

 何か言いたげであった。


「まあ、色々あったから。......で、どんな能力なの?」

 そんなことお構いなしにジンは再び確信に迫ろうとする。


「“言えない”」

 目線を外し、ボソッと口にする。


「えっ、なんて言ったの」

 ジンは思わず、聞き返した。


「“言えない”んだ。この能力や契約については何も」

 少し声量を上げて、すまなそうにスグルが言う。


「そんな......それなら一つだけ聞かせて」


「話せることなら......何だい?」

 困った表情を浮かべながらスグルがジンに尋ねる。


「父さんの能力のおかげで車が動いたんだよね?」

 ジンが最も聞きたかったことを聞いた。


「ああ、そうだ。父さんは“守りたい人達のためだけ”に契約し能力を使った。......悩んでいるんだろう、ジン。全部背負う必要はないよ。今の自分にできることをしなさい」

 迷っていたことを見透かしていたのだろうかスグルはジンの目を見つめて諭すように言った。


「父さん......」


「じゃあ、私は行くとするよ」

 スグルはテーブルを去る。


 ジンは冷めきったカレーをかきこみ、トレーを直して、中央塔に向かう。カレーは冷たかったが、体は暖かくなった気がした。


 ◇◇◇



「ジン!」

「ジン君!」

 先に行って待っていたのだろう中央塔を目前にコハルとユキノに呼び止められた。ユキノも来ることは予想できたが、やはり尋ねなければならなかった。


「ユキノ......いいのか?この先は―」


「いいの。私も行くわ。ジンやコハルは私が守るわ!もう、恐れない」

 ユキノの目には過去の自分を越えようとする硬い覚悟があった。


「気持ちは......固まったのね」

 今度は逆にコハルがジンに覚悟を問う。


「ああ、もう迷わない。守りたい者のために戦う」



 ジン、コハル、ユキノの三人はそれぞれの覚悟を胸に中央塔の地下に向かった。






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