第4話 1-3.はじまりの日 3決断
「ここは?」
ジンが目を覚まして周りを見渡した。
流れゆく風景。感触を知っているシート。見知った剣崎家の愛車8人乗りの自動車の車内であったのだが、眠っていた前の記憶が曖昧であった。
「車の中よ」
隣の座席に座っているユキノが状況を説明してくれるが、まだ頭がボーとしてユキノの言葉が入ってこない。
ユキノの左隣にいるコハルは眠っているようだ。
後ろの座席を確認するとショウ、ゴウ、ユリが膝の上に前が見えない程荷物の入ったリュックやコンビニのかごを抱え少し不機嫌そうだった。
(膝の上に荷物を置いているということは......まさか積んだのか“あれ”を......石化した二人を。......ショウ達の様子を見るに......運び入れるのを手伝わされたが、中身には気付いてないってところか?)
過剰すぎるとまで思われる荷物を見て、思考を巡らせる。すぐに目が覚めた。嫌な目覚めである。
「起きたのね。大丈夫そうで安心したわ。少しでも体に違和感があったら言うのよ!いいわね?」
ジンが起きたことに気づき、助手席から首を後ろに向けてユミが言う。その表情は落ち着きを取り戻した母親の表情だった。
「わかってるって。子供じゃないんだから。ん、ちょっと待って、今はどこに向かっているの?」
ジンは少し不貞腐れた表情でユミに礼を伝え、行き先を尋ねる。だが、その表情とは裏腹に背筋を汗が伝っていた。
(父さんと母さんはあくまでも石化した二人の姿を秘密にしたかったんだろう。親の優しさか......それならこちらも子供として知らないふりを暫くは続けるとしよう)
「西の方。西ノ宮廷跡地公園(にしのきゅうていあとちこうえん)だそうよ」
首を前に向けたユミが伝わりやすいように通常の二割増しの声でジンの問いに答える。
「そこに何か特別な物あったけ?ただの広い公園だと思っていたけど」
(避難場所にでも選んだのか?避難場所なら近くの学校でいいはずじゃ?というか、もし他の人類が石化してるならば避難もくそもないだろうに)
「さぁ?私にもわからないわ?スグルさんが絶対にそこだって言うから。ねぇ、スグルさん。どうしてそこなの?」
「.........」
ユミの質問にスグルは答えない。
「......スグルさん?」
ユミがスグルの腕に触れたその時、スグルがハンドルにもたれかかるように前のめりに倒れる。
「スグルさん!大丈夫?大丈夫?」
車がコントロールを失い左右に揺れる。
「母さん。ハンドル!ハンドル!」
ジンが運転席へ移動しようと立ち上がろうとした時、
ドンという音とともに全員が前の座席にぶつかる。
「......ッ!」と、ショウ。
「いったーい」と、ユリ。
「大丈夫?みんな?」と、ユミ。
「私は大丈夫」と、ジン。
「私もコハルも無事です。おば様」と、ユキノ。
「一番後ろの席も大丈夫だよ。ママ」と、ゴウ。
全員けがはなかったが、車が道路の縁石にぶつかって止まってしまった。
「母さん。父さんは?」
「大丈夫だと思うけど気を失っているわ。......“これからどうしましょうか”ジン?」
ユミがスグルの様子を確認し、この場の誰もが思っていることを口にするが、目線はバックミラー越しにトランクの方を気にしていた。
その様子を見てジンが察する。
(石化した二人をどうするのかってことか。......まあ、見た感じ車でしか運べないからな)
「車が動くなら父さんの代わりに私が運転しよう。ペーパードライバーだが、歩きよりははるかにいい。父さんと交代しようか」
ジンがスライドドアを開けようとする。
だが、
「あ、開かない。さっきの衝撃でドアが歪んでしまったか?母さん、ユキノの方のドアは?」
「だめ、開かないわ」
「こっちもだめ」
どのドアも手動で開かなかった。この様子だとトランクも開かないだろう。
(どうする?このまま車に残っても......仕方ないか。......いや、そもそもどうして宮廷跡地公園にこだわる必要がある?)
ジンは考え込み、いつもの癖で首に触れた時、先ほどの骸骨に触れられた感触がフラッシュバックする。いままでの人生にない冷たい、全てを塗りつぶすような感覚。
(あぁっ!ちょっと待て!ただの避難じゃあない。あの時なにが起きた?というか、どうして助かったんだ?あの骸骨は......?)
「ユキノ!さっきのことだが...教えてくれ!何が起きたんだ?」
ユキノの腕を掴んで体を揺さぶりように、必死の形相で問い詰める。
「私にもわからないのよ。気づいた時には骸骨が消えて、コハルが倒れてたの......。で、私たちも一緒に車に乗せてもらったってわけ」
顔をそらしながらユキノが消え入るような声で答えた。
「じゃあ、骸骨は......存在するのか!?」
「うん......。たぶんまだいる。私達が逃げて来た時かなりの数がいたから」
「骸骨!なんかうけるんだけど」
と、ツボったのかユリが急にゲラゲラ笑い出し、
「なにそれ?」
と、不思議そうにゴウが首を傾げ、
「どういうこと?母さんにも分かるように説明して」
と、ユミが説明を求め、
「そんなやついたらヤバイでしょ。ゲームみたいに僕たちは骸骨に滅ぼされるんだ。あぁ、終わりだ。終わりだよぉ」
と、ショウがブツブツと早口で嘆いた。
それぞれが“骸骨”という非日常のワードに食いつく。家族が“石”になったという事実でもう既に手一杯だったのだ。そして、大黒柱を失った今、精神的支えがなくなり不安が妄想を育てた。
「ちょっ、ちょっとだまって!......骸骨が存在するとわかった以上、まず車からの脱出が先。まずは母さん......ダッシュボードからハンマー取って」
「わかったわ。ちょっと待ってね......たしか......ここに......はい、ジン頼んだわ」
ジンの意図を察したユミがダッシュボードを漁り、ハンマーを渡した。
「行くよ。みんな気を付けて!」
ジンが車の窓ガラスにハンマー勢いよくを叩き付けた。
パリンという音とともにガラスが飛び散る。
「ユリ、バスタオルをとってくれ」
「はいよ、あいあいさー」
窓枠に残ったガラスを取り除き、受け取ったタオルを敷く。
「私が先に行く。その後、順番に降りてくれ」
ジンが降り、周りを確認した後、一人ずつ車から降ろす。スグルやコハルを下ろすのにかなりの時間を食ったが、周りには骸骨はおろか人影すらなかった。
(さて、車からの脱出は成功。見える範囲で骸骨はいない)
「これから西に向かおう。父さんの言葉を信じて目的地は宮廷跡地公園。ユキノはコハルをショウとゴウは父さんを任せた。ユリと母さんはできる範囲でいい。食料を運んでくれ。今“持てない分どんなものでもは置いていく!”それで私は......」
ジンはハンマーを固く握りしめて、断言する。ここで石化した二人を置いていくしかなかった。
ジンの言葉にユミがハッとする。
ユミはジンがすべて知っていて、知らないふりをしてくれていると気づいた。
「もし、骸骨が出て来たときは私が時間を稼ぐ。その間に逃げてくれ」
「でも、......」
「頼む。納得してくれ。ユキノ、“母さん”。これしかないんだ」
何か言いたげなユキノや家族の言葉をジンは強引に飲み込ませた。
ユミは下を向いていた。変わり果てた自分の親と生きている子供、夫を天秤にかけて判断した。
「わかったわ」
ユミは泣いてなかったが、ジンには泣いているように見えた。
ジンはその表情を見て、スグルが倒れた今、虚勢を張ってでも家族を引っ張ることができるのは自分しかいないという使命感に駆られた。それが長男としての役割だと感じた。
「さあ、行こうか」
赤い不気味な光が照りつける中、一行は西へと歩きはじめた。
(ごめん。じいじ、ばあば。いつかきっと迎えに行くから)
ジンは優しかった祖父母を思い出して、自分に誓った。
歩き始めると、誰一人車の方を振り返ることはなかった。
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