月暦5 国を動かす少年

「どうですか、国王陛下のご容態は。」


「最善を尽くしておりますが、悪くなる一方で。申し訳ございません。」


「左様で。懸命を尽くして頂けるだけ助かります。」


「いえいえ、とんでもない。では、私は失礼を。」


「ありがたく存じます。」



青髪の青年は宮廷医に礼をし、見送る。

立場で言えば青髪の青年のほうが位が高いはずなのだが、謙虚な姿勢があらわとなっていた。

青年は宮廷の東棟へと足を運ぶ。その建物の最上階、そこには青年の主人が赤い生地のいかにも高価そうな椅子に腰掛け、本を読んでいた。



「国政かと思えば、教育本でしたか。」


「悪いか、若桜。国政は読み飽きた。」



若桜という名の青年の主人はどうやら若桜より10歳ほど年下のように見受けられる。

艶のある黒髪を持ち、手元には年齢にそぐわない分厚い本、椅子の周りには乱雑に積み重ねられた古本の数々。

若桜は積み重ねられている本を丁寧に積み直し、ため息をつく。



「俊一様、来週末には十五夜会議があることを忘れていませんよね?」


「ああ。国王陛下は出席できないのだろう?俺が出る、そのために今復習しているのだろうが。それに、来月からは宮を離れて暮らすからな。そのために生きる術を身につけないとな。」



若桜は「それは良い心行きで。」と皮肉を告げ、部屋を後にした。



「(彼が成人になれば、急がずとも国王になる。それまでに自覚をもたさねば。)」



彼のみが焦っていた。

来週末の十五夜会議に、五月からの別邸生活、国王陛下の病、公務の引き継ぎ、その他すべてをこなす若桜は勉学、能力、スポーツ、芸術、音楽、どれも完璧な彼への憤りがたまりつつあった。性格がどうも曲がっているからだ。



「珍しく怒ってたな、若桜。十五夜会議が楽しみだ。」



若桜のいなくなった部屋で、彼が置いて帰った十五夜会議の出席名簿に目を通し、紅茶を啜る。



「姫月家のお嬢さんが来るのか。これは面白そうだ。いや、兎月と呼ばないといけないのかな。」



十五夜会議、貴族という呼び方をしないだけで身分としてはそういったものに近い。

各家が公務を担当している。

正式名称、十五夜公家と呼ばれ、十五家と称される。公家と付属されているが、公の家というわけではない。国が認めた、という方の意味である。

十五夜会議は十五の家の当主が集い、国政の方針を立てる。

会議と言ってもお昼から始まり、お茶会を挟み、晩餐会で終わる。

特に春の十五夜会議は秋の十五夜会議に次ぐ大きなイベントだ。各家の当主のみでなく様々な間柄の親族たちが集う。各家の御子息、御息女の進学先、就職先を知る機会にもなれば家の評価を高める機会にもなる。



「十五夜会議の前に調べておかないとな。どの家が去年まで何をしていて今年は何を始めるのか。」



十五夜家の中にも身分というものがある。その中のトップ、それがもちろん天月家。彼、俊一の家だ。

十五夜家には主要五家というものがあり、それが天月家、兎月家、月丘家、月坂家、姫月家の五つである。

彼はスマホを手に取り、電話をかける。



「畔柳か?頼みたいことがある。」


「ご主人様なぁ、俺なら窓開けりゃあ飛んでくるわ。」



電話相手の畔柳とやらはいつの間にか部屋の窓に腰かけていた。



「早いなお前。」


「身体能力がいいもんで。」


「宮中で能力使うとはいい度胸だな。」


「身体能力なんで。別に能力は使っていませんよ。」


「お得意のジョークに乗ってやったんだ、ありがたく思え。」


「はいはい。それで、ご依頼は?」


「姫月の身辺調査と言えばわかるか?」


「あー、今は兎月の。」


「ああ、そうだ。来週末の十五夜会議に備えてだ。」


「なるほど…雇ってみますね。」


「宛てがあるのか?」


「ええ、とても使えそうな者が身辺にいますからね。」


「へぇ、気になるねぇ。」


「ちなみにご主人、あの電車の事件で魔眼の使い主があの娘と接触しているのはご存知で?」


「魔眼?知らないな。お前、魔眼探しのために電車止めたのか?」


「はい…?そうですけど」


「もっと安全なやり方で頼む。」


「お嬢さんの身辺調査を?」


「それをだ。」


「無理です、僕は主人の左手なもんで。」


「おい、逃げんな」



畔柳は先ほどの窓から出て行った。

俊一のため息は天井の高い、広い部屋に大きく響いた。

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