014 大人の色気、俺はボクっ娘は悪くないと思う

「はい、灰皿」


 亜房先生は、俺の隣に丸椅子を持って来て座った。灰皿を、消毒液や体温計などがごちゃごちゃ乗ったワゴンの上に置いてくれる。


「ほら、君もここに座って……」


 もう一つ、さくもの分の丸椅子を俺の隣に置いた。


「ありがとう! かんぱぁぁぁい!」


 酒に酔ったさくもが隣に座った。


「君、名前は?」


 亜房先生が尋ねる。


「あたしの名前は、真木 咲萌ォ! 今年からこの学校に編入して来て、りんごには初日からお世話になっちゃったぁ!」


「有江くんに友達ができたなんて、ボクは嬉しいよ」


「あれぇ!? 『ボク』ってことは!? 先生って男の人なのぉ!? ウッソでしょ!」


 さくもが驚く。違う、亜房先生は女性なんだ。こんな可愛い男性が存在してたまるか。所謂、ボクっ娘って奴だ。


「ふーん、ボクが男に見えるんだね」


「えっ、えっ、意味わかんない」


 亜房先生は、さくもを困らせるように意地悪な顔をして見せる。もし亜房先生が本当に男性だったら、それはそれで妄想が捗るところもあるが。


「で、どうしたの有江くん? 何か愚痴があるって言ってたけど?」


「ああ」


 俺は、口からたばこの煙を吐き切る。


「充子の様子が変なんだよ……」


「充子ちゃんが? いつからだい?」


「んー、えーっと始業式の日からだな」


「ちなみに。今、君の隣にいるさくもちゃんと友達になったのは、いつからだい?」


 亜房先生は、ニヤリと笑い俺の顔を見つめている。少し前傾姿勢になっているから、胸元がガラ空きで直視できない。鎖骨も綺麗だし、胸元も、明らかに俺の気持ちを分かった上で晒している。


「さっきさくもも言ってたけど、俺らが出会ったのは始業式の日だぜ?」


「ふーん、それって充子ちゃんが嫉妬してるだけじゃないの?」


「ま、まあ、それはなんとなく分かるけどよ。なんか、俺に黒魔術使って呪いをかけたみたいで……」


「黒魔術? それは傑作じゃないか、ははっ」


 亜房先生は笑う。こっちは真剣だから、ちょっとムッとした。


「で、その黒魔術とやらを信じているのかい?」


「あ……ああ。だって、ガチっぽい雰囲気だったんだ……」


「有江くんらしいね。じゃあもし……ボクが実は男性だとしたら、君はどうやってそれを確かめるつもりかい?」


 そう言うと、亜房先生は白衣の下に着てあるシャツを捲り、大胆にお腹を見せてきた。丸いおへその横にあるホクロが妙にエロい。目つきも挑発的だ。


「あ、亜房先生……ダメだって! 女性が簡単に肌なんて見せちゃダメだって!」


 俺は、真っ赤に熱くなった顔を覆った。


「ふふっ、有江くんが可愛いから、つい意地悪しちゃった……」


 亜房先生は、シャツを戻し、乱れた白衣も整える。


「やっぱり君は、純粋で優しい人なんだよ。呪いなんてある筈がない。だけど、君が呪いを信じるならば、それは本当に存在してしまうし、信じなければ呪いは絶対に作用しない。充子ちゃんは、有江くんに構って欲しいだけなんだ。間違いない……」


「そっか……俺はてっきり黒魔術が本物だと信じてしまうところだったぜ」


「やっぱり君は、可愛いな」


 亜房先生は、ニヤニヤと笑っていた。


「りんごぉ! 羨ましいな、お前ぇ! 幼馴染に愛されてよぉ!」


 さくもが、俺の背中をバンバン叩いてくる。反対の手に持っているストゼロの飲み口から、中身がビチャビチャ溢れていた。


「充子ちゃんは所謂ヤンデレって奴だよ。有江くん、好きな人には、しっかり愛を伝えるんだ……。中途半端なことをするなら、ボクが君を食べちゃうよ?」


 亜房先生は、俺の顎をクイっと右手の人差し指、中指で持ち上げた。随分と手慣れた手付きだ。正直、この人になら食べられてもいいかもしれない。真っ昼間から、大人の色気を存分に味わった。

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