貴方の「愛」は信じない。

蓮実 アラタ

私は貴方を愛さない 1

 チャプ、と波にたゆたう水の音が聞こえる。


 一定の感覚を持って聞こえてくるその音は、永き眠りについていた私に覚醒の兆しを知らせていた。


 深き眠りの底に意識を沈めていた私は、だんだんその意識が浮上していくのを感じる。水面にたゆたう私の意識は、まるで手で水をすくうようにしてゆっくりと上昇していった。


 そしてついに。私の意識は水面から顔を出し、意識と離されていた体が空いているピースを埋めるようにカチリ、と合わさった。


 閉じられていた瞼をあけると、燦燦と降り注ぐ太陽の光が永き眠りから覚めた私を出迎える。


 久しぶりに浴びた太陽の光に目を細めながら、私は横たわっていた体を起き上がらせた。


 バシャン! と水音がたって私はその時初めて自分の体が水の中に存ることを知った。成程、時々聞こえていた水の音はこれが原因だったのか。


 周りは木々に囲まれていて、ここが泉か湖であることが分かる。

 ふと見下ろせばその体は一糸まとわぬ裸体で、最後に見た自分の記憶にある体と比較しても大した変化は見られなかった。


 どうやらここで眠っている間は歳を取らないらしい。


 どういう原理かは分からない。けれど目覚めていきなり変わってしまった自分の体を見て、年月が経ったことを知らされるよりかは幾分かマシだ。


 そのまま辺りをキョロキョロと見渡していると、突然傍の茂みから人影が飛び出してきた。



「リステラ! ようやく目覚めたんだね!」



 弾んだ声音でこちらに駆け寄ってくる人物は、記憶にあるものより一段と声が低くなり、その端正な顔立ちも、鍛えられた肉体にも精悍さが伺える。


 久しぶりに見た「彼」は素敵な立派な大人になっていて、私の胸の鼓動が少し早くなった。


 全速力で走ってきたのか服にあちこちシワがより、折角の一張羅が台無しだ。しかし彼はそれに構うことなく短く呼吸を繰り返しながら、とぎれとぎれに言葉を発する。



「神官様が、お告げで……リステラが目覚めたって、いうから……急いで来たんだよ」



 ずっと会いたかった、と彼はそう告げて水に浸かったままの私の体を抱き寄せ、その大柄な身に包んだ。途端にふわりと彼からシラル草の香水の香りが漂ってきて、私はあの頃に戻ったような懐かしい気持ちに包まれた。


 目覚めて一番最初に誰よりも愛する人に会えて、その身に抱き締められる。


 永き眠りについていた私にはこれ以上の幸福はないはずなのに。

 愛する彼の腕に抱き締められながら、しかし私の心は重く沈んでいった。


 ──ついに、この時が来てしまった。


 十年に及ぶ私の長き役目は終わった。

 それはつまり、私と彼の関係性の終わりを示していたことに他ならなかったからである。

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