第2話 不死身

 武藤涼介は死んだはずだったが、鈴木渚の夢の中で勇者になったので蘇生した。


 ムトウ・リョウスケはアマルテイアを倒した。ギリシア神話に登場するゼウスの育ての親である。ラテン語ではアマルテアという。彼女は時に山羊として表現され、クレータ島のイーデー山の洞窟で幼いゼウスに乳を与えたとされる。また時にニュンペーとされ、ゼウスに山羊の乳を与えて育てたとされる。


 オウィディウスの『祭暦』によると、イーデー山に住むアマルテイアという名前のニュムペーが幼いゼウスを森に隠して養育した。アマルテイアは美しい牝山羊を持っており、この山羊の乳でゼウスは育てられた。この山羊は角の片方が折れていたが、アマルテイアはその角を拾って花と果物で満たし、幼いゼウスに食べさせたとされる。後に成長して神々の王となったゼウスは角と山羊とを一緒に星々の間に置いた。


 アポロドーロスによると、女神レアーはディクテ―の洞窟(ディクテオン洞窟)でゼウスを出産し、クーレースたちとメリッセウスの娘でニュムペーのアドラステイアーとイーデーに養育を命じた。2人のニュムペーは牝山羊アマルテイアの乳で幼いゼウスを育て、クーレースたちは武装して洞窟を守った。


 のちにヘーラクレースがデーイアネイラをめぐって河神アケローオスと争ったとき、英雄はアケローオスの角を折って打ち負かした。そこでアケローオスは角を取り戻すためにアマルテイアの角をヘーラクレースに与えた。ここで説明されているところでは、アマルテイアは牡牛の角を持つハイモニオスなる人物の娘であり、またアマルテイアの角はレーロスのペレキューデースによれば、あらゆる食べ物も飲物も自由に生み出す力があるという。


 別の話によると、ゼウスは自分自身で山羊の角を折り、それをアマルテイアに渡して彼女が望んだものがなんでも手に入るよう約束したとされる。コルヌコピア(豊饒の角)である。またディオニューソスはこの角から湧き出る食べ物で育てられた。古代の神話によると角の所有者は多岐にわたる。一般には巨万の富の象徴とされ、また様々な神性や、ナイル川など土地を豊かにする河の象徴ともなる。


 また、一説によればこの山羊はヘーリオスの子孫で、ゼウスはその皮からアイギスを作ったという。さらにこの山羊(アマルテイア)は後に山羊座になったとされる。

 ムトウはショットガンでアマルテイアを撃ち殺した。


 オオカタ・チトセは派遣ヘルパーをしてる鈴木渚の夢のなかで戦国時代を冒険していた。桃形兜をかぶった高倉健に似た武者が荒野を駆けている。敵は素槍で反撃してきて、草摺の隙間から腹をグサリ!と突き刺した。敵はどことなく田中哲司に似ていた。

 彼の名前はミツムラ・コウキと言った。何の罪もない人々を殺した鬼畜、光村航基にほかならなかった。

 目撃者によると、光村は黒のTシャツに黒のジーンズのような服装をしており、スキンヘッドでがっちりとした体形だったという。犯行の直後に自らも刃物で刺し、警察に確保された時点で既に意識不明の状態で搬送先の病院で死亡が確認された。両手に柳刃包丁を持ち襲った他に、リュックからは別の包丁2本も見つかった。現場からは刃渡り約30センチの柳刃包丁、付近にあるコンビニの駐車場にあったリュックサックからは約25センチの文化包丁と約20センチの刺身包丁がそれぞれ見つかっている。神奈川県警が光村がさらに襲撃しようとしていた可能性があったとしている。

 また、着用していたジーンズのポケットからは約10万円の現金がむき出しで見つかったが(財布は身につけていなかった)、金融機関の口座に入金記録はあったが定期的な入金がなかったことから神奈川県警は給与などの定期収入はなかったとしている。光村の親族による相談を受けていた朝霧市によると光村は長期にわたり就労していなかったが、親族が小遣いを与えることがあったとしている。光村は他に、保険証も持っていた。目撃証言によると、光村は当日7時頃に自宅を出て近隣住民に「おはようございます」と挨拶した後、夕凪駅まで電車で向かい、そのまま事件現場へ歩いて向かい突然犯行に及んだとみられる。なお、事件発生時に光村が着用していた作業用の黒い手袋は夕凪駅で降りた際の映像からは確認されず、直前に凶器である包丁の滑り止めとして着けたとみられる。神奈川県警は光村の行動について、バスのバス停が所在していたマンションとコンビニの間にある道路を徒歩で移動し、コンビニの駐車場でリュックサックを下ろした後に襲撃に及んだとしている。


 光村は朝霧駅前にある大型量販店で現場周辺に残されていた4本の包丁のうち、凶器となった柳刃包丁2本を2019年2月に購入していたとされる。このことから神奈川県警は実行の3か月以上前から襲撃を計画していた可能性があるとみている。光村の自宅を家宅捜索した結果、包丁の空き箱4個のうち2個に量販店のシールがあったことから判明した。リュックサックにあった2本の包丁について警察は目立たないように店をかえて購入したとみている。包丁4本は全て新品だったとみられる。光村は幼少期に両親の離婚などを理由に叔父、叔母に預けられたが、中学校の卒業後に定職に就くことはなく、長期にわたり親族との意思疎通もなく、高齢の叔父らは朝霧市の提案で2019年1月に光村の部屋の前に手紙を置く形で今後の生活について聞いた。それに対して光村は「自分のことはちゃんとやっている。食事も洗濯もしている」と反論し、不快感を示したとされる。このやり取りの後に光村は包丁を購入したとみられるが、襲撃の動機は不明である。


 事件4日前の5月24日の朝に駅や現場周辺の防犯カメラに光村と似た人物が映っており、光村は下見をして計画的に襲撃したとみられる。

 事件発生後、数日に渡る神奈川県警察本部夕凪警察署捜査本部の捜査により、光村の犯行時の年齢は51歳であることが分かっている。自宅捜索の結果として、自宅では伯父夫婦と同居していたが、トイレや食事のルールを作り顔を合わせないようにしており、長らく引きこもりを続けていたことが分かっている。また、自室にはスマートフォンやパソコンなどの電子通信機器は所持しておらず、インターネットに接続する環境自体がないことも判明し、外部との通信をしていなかったと推定されている。交友関係も未だ確認されていない。更に、10年以上にわたり医療機関を受診した形跡もないことが確認されている。猟奇殺人や大量殺人を掲載した、10年以上前の雑誌が2冊自宅から押収されている。他にノートも押収されているが、『死』の文字で埋め尽くされていたり、単なる言葉の羅列のような意味不明な内容しか書かれておらず、事件の動機や計画や自殺願望などの犯行の動機に繋がるような文章は全く確認されていない。


 犯行当時の光村の年齢が51歳、同居の伯父夫婦の年齢が80歳代であり、家庭環境は8050問題の典型例に当てはまる。

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