第12話~気持ちに気づく時
入社式の時に話しかけてくれた橋本和哉は、同期入社した5人の中でも話が合う存在で一番仲が良かった。
その頃の彼には学生時代からの恋人がいたし、彼女と喧嘩をした時やプレゼントを買う時にアドバイスをしたり愚痴を聞いたりしていた。
恋愛感情もない友人関係は楽しかったし、私自身も色んな事を正直に話せた。
私が実らない恋をしていることも知っていたけれど、和哉は知らないフリをしていてくれた。
その恋を終わらせたあの日の夜
私は和哉にだけその悲しみを正直に話すことが出来た。
泣き止まない私を和哉はずっと抱きしめていてくれた。
恋は意地悪で、理不尽。
和哉に恋愛感情なんて持っていなかったはずなのに、傷ついた心は彼を求めた。
恋に落ちた時にそうする正しいで一晩やり方を過ごしたのだった。
疲れて朝方にまどろむことすら、二人には心地よかった。
お互いに恋に破れた二人は、当然のように友達から恋人へと歩み始めた。
もしかしたらその頃ひとつの恋を終わらせた彼自身も私に抱かれることを望んでいたのかもしれない。
あの日私が和哉に言われた言葉は今の私にも似合うと思う。
「奏を見てると苦しくなってくる、寂しさが服を着て歩いてるみたいだ」
勘違いの薄っぺらな恋はそこから始まった。
***
通勤電車の窓ガラスには見慣れた自分の顔がうっすらと映っていた。
生まれてから一度も染めたことのない黒くて長い髪、窓に映る顔は今朝と何も変わらない、でも顔の向こうに広がる景色は今朝とはまるで違う。
そうなのだ、今も私は寂しいのだと思う、もう二度と薄っぺらい恋だけはしたくないとは思うから、航太朗君への思いにも気付かぬふりをしているのだろうと分かっているのに不器用になっている私は素直になれずにいる。
私は航太朗君に恋をしている。
その事を認めてしまおう
伝えることが出来なくてもそれは私の大切な心なのだから。
近くにいるのに航太朗君の瞳の奥には何かが眠っている、その瞳の中には、今までに私が見たこともない、深い悲しみを背負っているに違いない。
それが母親の事なのか知らない誰かの事なのかわからないけれど、彼の心に今も生き続けている知らない存在に嫉妬さえ感じてしまっていた。
いつか話してくれる時が来るのだろうか?
私はそんな存在になれるのだろうか?
~心が言わねばならぬことを聞き続けなさい~
アルケミストの中の言葉が私の心にも小さな灯りをともしていることに気がついたのは、冷たい雨の降る夜のことだった。
自分が何を求めているのか、何を望んでいるのか、素直になれない自分がもどかしくて、愛おしくてせつない。
寝る前、恋人ならば相手のことを思いながら連絡を取り合うのだろう。
スマホの画面のメッセージアプリを見ながら彼を思う。
明日も明後日もきっと会えるとは分かっているけれど、友達以上になれるなんて思えない。
思いを伝えることでこの曖昧で優しい関係が崩れてしまうのが怖いのだ。
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