第9話~和羽が眠る場所

 朝から小雨が降っていて、ビニール傘を開いて駅へと向かった、お気に入りの傘を無くしてから無個性なこの傘を差すことに慣れてしまっていた、皮肉なもので無くしてもかまわないと思うものは僕のそばを離れない。

 そばにいて欲しいものは、いつの間にか僕の手から離れて行くのに。


 朝の駅は仕事に向かう人で溢れていて息苦しいけれど僕が乗るのは反対方向だから少しだけ人通りは少ない、降りてくる人の後に車内に乗り込む、ドアの横に立った僕を乗せて和羽の眠る場所へと向かう。


 急行で5駅、静かな町へと降り立ち空を仰ぐと薄曇りの隙間から遠慮したような太陽が覗いている、駅前には申し訳程度の飲食店と不動産屋があり、都会より少し時間が遅く流れているように感じてしまう。


 通りには花屋があり僕はいつものように花を買う。

 白い花が好きだった和羽のために買う花は今日は「白のカーネーション」母親に捨てられた僕には似合いの花だ。


 でも、和羽には愛してくれた母親がいる。


 月命日に和羽の眠る場所に行くとすでにたくさんの花が手向けられていて和羽がどれほど愛されていたのかを知らされる。

 その片隅に僕は持ってきた花を添える。


 母親が家を出る前から、僕の事を気にかけてくれた人だ、いつも1人だった僕にも美味しい食事を与えてくれたし優しい言葉を掛けてくれた、和羽が天使のように風に舞った日から、僕の事を遠ざけるようになったのは無理もない事だった。

僕が和羽を見殺しにしてしまったのだから。


「どうして、止めてくれなかったの?どうして………」


 あの日から僕の頭の中には何度もこの言葉が住み着いて離れない。



守ろうとすればするほど、脆く崩れていく、砂でこしらえたお城のように

跡形もなくなって消えてしまいそうなほど頼りない儚げな背中、そして細い肩。

どうして僕は守ってあげることが出来なかったのだろう。


指先に残った、ひんやりとした感触。そこから僕の躰に流れ込んできた、一筋の冷気。それはそのまま、凍りついた彼女の想いを物語っているような気がして、僕の胸はきゅっと軋んだ。


すべてが過去になれば、すべてはきっと大丈夫になる。だけど過去になんかなるわけが無いのだということもわかっている、あの場所から少しも動くことが出来ていないのだから。


奏さんが店に来るようになり、時折見せる儚げな背中、生きることに背中を向けているような感じがして気になっていった。


美味しそうに食べる姿も、好きな本の事を話す姿も、寂しげに降る雨を眺める横顔もまるであの日の和羽を見ているように感じていた。


恋をしては行けない人に恋をしたと言った時の彼女の寂しそうな顔を見た時に、あの日のように抱きしめたいと思った。


傷ついたのは自分も同じなのに、責めながら生きて来たのだろうか。

忘れるために付き合い始めた2度目の恋に破れたことは自業自得だと彼女は小さく笑った、でも人を好きになる瞬間なんて誰にも止められないのだ。

僕と和羽が惹かれあったように。


駅へと続く道を歩く僕を呼ぶ声が聞こえて振り向くと、和羽の母さんがいた。

数年ぶりに会った彼女は痩せて悲しみから抜け出せていないことを物語っていた。






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