第68話 婚約者はダブルドリル縦ロール幼女だとぉっ!?

 陽光眩しく、煌めく金の髪。その大胆にも渦巻く縦ロールこそ貴族の証!

 一体、何時間そのセッティングにかかる事やら。それを維持できるだけで、相当の財がある事を誇示している。


 なんて鈴の様に愛らしい声、とシュルルは思った。


「婿殿、ご機嫌うるわしゅう。

 わらわは本日非番故、婿殿の働きぶりをこの目にしようと足を運んだ次第。

 ご迷惑でしたでしょうか?」


 一見、年の頃は十前後。少女とも幼女とも言えよう境目にありて、その口ぶりは落ち着き、高い教養を匂わせるに十分なもの。

 まとう衣装も、純白のレース地を大胆に用いた、一目見るだけで高価なものと判りながらも、衣装に着られているといった装いも無く、実に着慣れた雰囲気を纏っていた。

 手にはこれまたレース地の、子供用らしき小さくも可愛らしい日傘を持ち、その微笑みと共に僅かに回して見せた。

 一言で言うと、品が宜しいという事。


 同時に華やいだ良い香りがふわり、漂い出し、興奮に沸き立った人々の心を次第に和ませていくかに思えた。


「これはこれは。フローラ様。

 近衛の姫が、この様にむさくるしい所へ。

 わざわざおいでにならなくとも、私から出向きましたものを」


 打って変わったぎこちなさで、恭しく片膝を着いて一礼するデカハナに、そのフローラと呼ばれた幼女は、少し困った様な微笑みを浮かべた。


「婿殿。フローラと呼んで下されと、お願いしておるではありませんか?

 その様な、臣下の礼はお止め下さいとも」


「いえ。身分が違います故」



 すっかり蚊帳の外に置かれた気分のシュルルは、目の前で繰り広げられてゆくお貴族様らしいやりとりに、ちょっと驚かされたものの、今がチャンスとばかりに離脱を図った。


「それでは、私達は失礼致しま~す」


「あ……うむ……」


 しめた!


 余計な事に巻き込まれ無い内にと、御者台のエスちゃんに合図を送り、そそくさとその場を立ち去るのだが……

 何故か、そのフローラ様がじっとこちらを目で追って来られる。


 やだ!


 関係無いし!


 ガラガラ ゴロゴロ 荷馬車が揺れる~♪



 離れ行く一行を見送りつつ、フローラはふと自分の胸元へ手を置き、小さくためいきをついた。


「フローラ様?」


「ほらまた」


「は、ははっ……」


 改めてかしこまるデカハナに、護衛の騎士達からは冷たい目線が注がれる。

 その気配を、サッと豪奢な扇を開き、仕草でよせと命ずる。


「婿殿は、あの様な女性がお好みですか?」


「い、いえっ! 滅相もございません!」


「その割には、随分とお楽しそうで」


「は……その……捉えてみれば、存外に……」


「非常呼集をかけ、他の大隊へ根回しをされたと聞き及び、何事かと参じてみれば、何と仲睦まじい事か……わらわにはかしこまるばかりで、あの様に情熱的に迫る事もなさらないというに……」


「取り調べが急務でした故」


「まあよいわ」


 ふふんと鼻で笑うのを、扇で隠す。


「婿殿は、わらわの成人の暁に、当ハーブランド侯爵家に婿入りする身。

 それまでの遊びは赦します。

 ですが、本気は赦しませんえ」


 すすっと歩み寄り、ポンと畳んだ扇でデカハナの左肩を軽く叩く。


「子作り大変結構。

 その成り行きで男子誕生の暁には、養子として子爵家を継ぐ事も許しましょう。

 ですが本気ならば……お分かりですね、婿殿?」


「な、何をご冗談を。

 私目はフローラ様、一筋……」


 その尻すぼみする言葉と同様、デカハナの身体が僅かに縮んだかに思えた。


「ほほう。

 嬉しい事を言うてくれるわ、流石は婿殿。

 これで、わららも安心して今日の事を御父上にご報告出来るというもの。

 ああ、安心致しましたわ~ほほほほほ……」


 そう口では笑うものの、その細めた瞳は静かに目の前の巨躯を見据えている。

 そして、徐に、その扇をそよそよとはためかせてみせた。それだけで、デカハナの巨躯がぐらり揺れ、デカハナは両手を着いて這いつくばった。


「お、お戯れを……」


「左様。

 戯れじゃ。

 わらわの戯れに付き合えるのは、真にわらわを理解出来るのは、婿殿ただお一人。

 愛しておりますよ、婿殿?」


 ちゅっと可愛らしい口づけを鼻にし、すすっと離れたフローラは、その微笑みと共に立ち去るのであった。


 

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