第28話洗脳
「なんでこんなことになるんだ! もうすぐ定年となり、あとは余生を公務員としての年金と充実した社会保障で満喫できるはずだったのに」
ふわふわした存在になった俺とかい子が8号室に忍び込むとクソ教師が途方に暮れている。この期に及んで自分の保身しか考えていない。すがすがしいほどの自己中心さ。それでいい。それでこそ俺はあんたに心置きなく濡れ衣を着せられる。
「ついさっき『部屋から出てきてくれ』なんて叫びまわっていたのは補欠か? すぐに静かになったが……まさか殺されたのか? あいつめ、補欠の癖にでしゃばるからだ」
ほうほう、先生さん。中学時代では『レギュラーメンバーになれなくともチームのために尽くすとはなんて立派なんだ』なんて美辞麗句を言っていたみたいだが本心ではそんなことを思っていたのか。さすが俺が中学生の時に殺された時に事件性はないともみ消しただけのことはある。うわべを取り繕うのは得意なようで。
「しかし、なんで補欠のあいつが殺されるんだ。1号室のトップ下、2号室のセンターフォワードと来たら3号室の船長とくるんじゃあないのか」
不思議に思っているな、クソ教師さん。しょうがない、ヒントをあげよう。まずは俺が、そしてかい子がささやいていく。
「四桁の二進数は0000、0001、0010、0011、0100……と進んでいく」
「つまり、1号室、2号室、4号室は0001号室、0010号室、0100号室となる」
俺とかい子のささやき声を聞いたクソ教師はあわてて周囲を見渡すが、ふわふわした存在の俺とかい子はクソ教師の目に入らない。
「だ、だれかこの部屋にいるのか……だれもいない。ならば、この頭に直接響くこの声はなんだ」
動揺するクソ教師をしり目に俺とかい子はクソ教師に順番にささやいていく。
「落ち着けよ。この声の正体を確かめるよりも大事なことがあるんじゃあないのか」
「0001、0010、0100と来たら次は何が来るだろうね」
俺とかい子の言葉にクソ教師は思案を巡らす。
「そ、その次は1000……つまり十進数でいう事の8……次に殺されるのは8号室の人間、つまりこのわたし自身。そうか、だから3号室の船長は殺されなかったのか。となるとこのままではわたしが殺されるのか」
俺が殺されなかったことに納得したクソ教師が、次のターゲットは自分であることに思いを巡らす。そんなクソ教師に俺、かい子とささやいていく。
「島に来た時に目に入った幼女二人の踊りは、明らかに16進数をもとにしているな。となると、この殺人は16進数の基本である2進数の見立てとして行われているんじゃあないのか」
「そう考えると、そもそも十六角館の十五の部屋にぴったり収まる十五人でこの島に漂流したのもなにかしらに作為を感じるね。ひょっとしたら、アラタ君から来たとかいう手紙は犯人が出したものなんじゃない。犯人がアラタ君が殺されたことを恨んであなたたちを集めたんじゃないのかしら」
作為も何も、全ては俺の計画だ。俺が俺を殺されたことを恨んで今回の殺人を計画したのだ。その俺の計画通りにクソ教師はあわてふためく。
「いやだ。死にたくない。あれは事故だったんだ。そうに決まってる」
そんな泣き言を言うクソ教師に俺が悪魔のささやきを、かい子が天使のささやきをする。
「自分が犯人だと名乗り出ればいいんじゃあないのか。明らかに真犯人の最後のターゲットはお前だぜ。そこにお前が『自分が犯人』だと名乗り出て、ほかのやつらに真犯人として監視させればお前は殺されないんじゃないのか」
「それがいいわ。真犯人にこれ以上殺しをさせるわけにはいかないわ。ここはあなたが犯人だと名乗り出て、これ以上の悲劇を食い止めましょう」
俺とかい子のささやきにクソ教師は動揺する。
「しかし、殺人犯になるというのは……」
この期に及んで四の五の言うクソ教師に俺とかい子が悪魔と天使のささやきを畳みかける。
「なあに、この場を自分が殺人犯になることでしのぐだけさ。この島から脱出したら『その場の雰囲気でついついあんなことを言ってしまった。あの場では黙秘権も知らなかった』なんて言って否認すればいい。お前は教師なんだぜ。現役教師が殺人犯なんて事態、教育委員会も必死で防ぐさ。きっと最高の弁護士をつけてくれるさ」
「そうよ、あなたは過去に罪を犯したかもしれない。だけど、死んで償うなんて最低よ。生きてその罪を償うべきよ」
俺にしてみれば、中学時代に俺が殺されたことをもみ消した罪は死刑ですら生ぬるい。生き続けさせて苦痛を味わわせ続けさせたいだけを目的としてかい子に言わせたセリフなのだが、クソ教師はそう解釈しない。
「そ、そうだな。死ぬなんて卑怯だよな。生きてこそだよな」
クソ教師が殺人犯の汚名をかぶる気になったところで、部屋の外が騒がしくなってくる。
「おい、誰か死んでるぜ」
「いったい誰が死んだんだ」
「このまま全員殺されるのか」
「犯人は誰なんだ」
補欠が殺されたことに皆が気付いたようだ。あれだけ騒いでいた補欠の声がぴたりとやんだことを不審に思って連中が部屋から出てきて補欠の死体を発見したと言うところか。
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