第19話第一の殺人・其の2

 くらえ、トップ下! 数十年引きこもり続けた俺の今まで積もりに積もった恨みを込めた一撃を堪能するがいい。


「ぐわあ! い、痛い! なんだいったい!」


 そうか、痛いか、トップ下。俺も中学時代にお前らに同じことをされた時は痛かったぞ。それと同じことを、今まさに俺がお前にし返しているのだ。


「だ、誰だ、お前は。サッカー部の人間ではないな。この島の人間か!」


「この顔に見覚えはないか、トップ下」


 夜でも人の顔の区別ができる程度に明るくなっているように、かい子に満月の日にしてもらってある。さあ、トップ下。お前が原因で引きこもらせた俺の顔を数十年ぶりに見た印象はどうだ。


「貴様はアラタじゃないか。どうしたんだ、中学時代から何十年もたっているのにまるで顔が変わっていないぞ。まともな人生経験を何十年もしていたら、それなりのものが顔に出てくるはずだが貴様にはそれがまったくありはしないじゃないか」


 ほう、俺のことを覚えていたか、トップ下よ。さすがはスポーツだけでなく学業も優秀であったことはある。やはりお前を第一の被害者にしてよかった。しかし、その後の言葉はどうだ。


 俺の顔が中学時代からまるで変っちゃいないだと? ろくな人生経験を送っていないだと? そうだよ、その通りだよ。お前らから受けたいじめがトラウマとなって俺は中学生からずっと引きこもり続けたんだ。


 そんな俺がお前らにされたことを何倍にもして返してやるんだ。


「どうだ、痛いか、トップ下? これはセンターフォワードが俺にぶつけた魔法瓶入りのかばんだ。最初の一撃が相当効いているようだな。足がふらついているぞ。もうまともに反撃もできないな。次は右足だ。サッカー部のトップ下として芸術的なパスを生み出してきたその黄金の右足を粉砕させてもらう」


「アラタ。な、なんでおまえがこんなところに」


 それは引きこもり続けた俺のもとに本格ミステリーの女神が降臨したからだ。しかし、死にゆくお前にそんなことを説明する義理もない。トップ下よ、お前が中学を卒業してどうなったかは引きこもっている間インターネットでお前の名前をいやと言うほど検索したからよく知っているぞ。


 学業も優秀だったお前は地元トップの進学校に合格し、そこでもサッカー部主将を勤め上げた。三年の夏まではサッカーにいそしみ、引退後は勉強モードとなり成績を急上昇させたみたいだな。


 お前の高校のサッカー部が誇らしげに作ったホームページでその活躍は伝わってきたぞ。そして、お前の三年夏以降の学業成績が優秀だったことは大手予備校の模試の成績上位者に実名を載せていたことからも明らかだ。


 そのまま一流国立大学にストレート合格。そこでもサッカー部に入部し、バラ色の大学生活を満喫していたみたいだな。お前が開設したブログを俺は毎日のように見ていたからよく知っているぞ。大学のサッカー部でも主将になったみたいだな。


 国立大学の体育会系で主将ともなれば就職活動も余裕だったみたいだな。大手企業に入社。仕事もとんとん拍子。何せお前には中学時代のスクールカーストの頂点だったと言う絶大な成功体験があるからな。


 お前がどれだけ有能な社員でプライベートが充実していたかは、お前のSNSに張り付いていた俺が一番よく知っている。会社の同僚と結婚してかわいいお子さんにも恵まれているみたいじゃないか。


 そんな絵に描いたような幸せ者の人生を、今、俺がこの手で叩き潰すのだ。実に気分がいい。次は左足だ。一生車いすが必要な体にしてやる。もっともその一生も残りわずかだがな。


「勘弁してくれ、アラタ。どうしてこんな騒ぎになっているのに誰も目を覚まさないんだ」


 それは、お前を俺が撲殺しようとしているところをにこにこ笑顔で観察しているかい子が俺たち三人以外をぐっすりおねんねさせているからだよ。


「さあ、家族に何か言い残すことはないか? 同じ中学のよしみだ遺言くらいは残させてやるよ」


「か、家族には手を出すな。私の命はもうどうなってもいいから、家族だけには手を出さないでくれ。ゆう、愛しているよ。かずや、お前は自慢の息子だ。めぐみ、お前はすばらしい娘だ」


「いいぜ、トップ下。お前がどれだけ家族思いでいい親だったってことは家族にしっかり伝えてやるよ。安心しろ、死ぬのはお前ひとりじゃない。すぐにセンターフォワードに補欠も後を追わせてやる」


 そう言いながら、俺はトップ下に魔法瓶入りのかばんを振り下ろし続ける。トップ下よ、顔だけは勘弁してやろう。死体となったお前がトップ下であることははっきりさせておきたいからな。死体の入れ替わりなんてことを勘繰られてはかなわない。


 ……


 こうして死体となったトップ下が、部屋ののぞき窓からしっかりその凄惨な姿を確認されるように配置して俺とかい子は部屋を出て扉を閉ざし再度施錠する。


 朝になってみんなが目を覚ますのが楽しみだ。

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