第16話十六角館内部構造・其の2

「DEAD、デッド……『死』かあ。縁起でもないなあ」


 俺がデザインしたこの扉の暗証番号尾57005にちなんだドット絵を見てトップ下がそんな感想を漏らす。その言葉を聞いて、れいといちが不思議がる。


「「『でっど』? なんじゃそれは。この絵にそんな読みがあるのか。うちらはこの島の死者の霊はこの部屋に集まるとしかおじちゃんに言われておらんぞ」」


「ああ、そうか。おばあちゃんたちならアルファベットがわからなくても当然か。なにせ戦時中の人だからな。これはアメリカの文字なんだよ」


 トップ下の言葉に、ほかのサッカー部の連中も思い思いのことを言い出していく。


「やっぱりこの十六角館とやらは戦争に勝ったアメリカ人あたりがデザインしたものなんだな」

「そうだよ。何十年も外界から閉ざされた戦時中の日本人が生き残っているこの島の館にこんなデザインがあるのがその証拠さ」

「それにしても、この角ばった文字。古臭いったらありゃしない」

「こういうデザインを見るとアラタのことを思い出すな。バーチャファイターやFF7が出て『ポリゴン! すげえ!』なんてことになってたのに『ドット絵の良さが失われてしまう』なんて騒いでたけれど」


 

「「そうかのう。おじちゃんはとても鬼畜米英には見えなかったが……」」


 れいにいち。そうだよ。俺は日本人だ。しかし、聞き捨てならないことを言ったやつがいるな。クソ教師に目をつけられてすっかり勉強がいやになった俺は方眼紙に自作のドット絵を作ることに熱中していたが、そんなおりにポリゴンなんてものができてドット絵を古臭いものに決めつけてきやがった。


 貴様らは、そのあとすぐにポケモンが発売されて『技術が発展してもそれが面白いゲームにつながるとは限らないよね』なんて手のひらを返したくせに。『いやあ。時代遅れの携帯ゲーム機でこんな面白いものが作れるなんて』だと。ふざけやがって。


「しかし、『DEAD』なんて不吉だな。そんなデザインがされた扉の前の4号室には補欠である自分が宿泊させてもらうよ。だいたい4号室なんて『死』に通じるから日本人なら飛ばすのが普通なんだ。やっぱりこの十六角館は日本人のデザインじゃないな」


 そうだ。補欠でも腐らずにチームの裏方を一生懸命やってますなんて表向きをやりながら、裏では俺を自分以下の存在とみなしてはずかしめた補欠のお前ならそう言うと思っていたぞ。自己犠牲をアピールするに違いないと思っていたんだ。補欠のお前は俺の計算通り4号室に宿泊するのだ。そして3番目の犠牲者になるのだ。


 日本人の俺がデザインして、あえて縁起の悪い『死』に通じる設定にした4号室に宿泊した補欠のお前がな。


「「で、5号室、6号室となっていくのじゃ」」


「となると玄関から一番離れている7号室はガイドのお嬢さんがふさわしいですな」


 俺の予想通りの言葉をクソ教師が吐く。


「ええ、そんなあ。悪いですよ。でも、お言葉に甘えちゃおうかな。じゃあ、先生が8号室に泊まってもらえますか。いろいろ教えてもらいたいですね」


「あなたのような美しいお嬢さんにそこまで言われては仕方ないですな」


 お、いいぞ、かい子。クソ教師が俺の計画通りの8号室に泊まるよううまくパスを出してくれた。これでクソ教師を殺人犯にしたてあげられる。


「「そして、ここが円柱内の三番目の部屋じゃ」」  


 そして、れいといちが俺たちを案内していく。


「ん? なんだかいいにおいがするな」

「これは紅茶のにおいだな」

「おい見てみろ、部屋が喫茶店みたいになってるぜ」

「なんでこんな館にこんな部屋が」


 そう。この部屋は喫茶店を意識したデザインといなっている。十六角館を建てた当時、この部屋に緑茶の茶葉を仕込んでおいた。それが長年にわたって発酵した結果、その緑茶が紅茶となったのだ。


 もちろん扉は俺が暗証番号を51966と設定してロックをかけてあるから閉じているが、部屋の中が見渡せるのぞき窓から紅茶の香りが漂ってくる。この紅茶の香りが、暗号解読のヒントとなっているのだ。


「「で、館の内部で廊下が一周しているのじゃ。見てみい、玄関にカギがぶらさがっているじゃろ。それがそれぞれの部屋の鍵じゃ。一人一部屋ぶんずつ持って行くがよい」」


 れいといちに言われてトップ下が1号室、センターフォワードが2号室、補欠が4号室、かい子が7号室、クソ教師が8号室のカギを取っていく。で、俺が3号室のカギを持っていく。


「それでは船長の私は3号室にさせていただきますね」


 なんて言いながら。1号室のトップ下、2号室のセンターフォワードと殺されたら普通は次は3号室に宿泊している人間が殺されると考えるだろう。そこであえて俺は『このままでは3号室の私が殺されてしまう! こんな殺人鬼が潜んでいる館にいられるか! 俺は部屋にこもらせてもらう!』なんて本格ミステリーによくあるセリフを吐くのだ。


 もちろん、たいていの本格ミステリーならそんな人間は一人きりになった結果殺されるものだ。だが、今回は3号室の俺を飛ばして4号室の補欠を俺が殺すのだ。そして、なぜ3号室の俺が殺されなかったかを不思議に思ったかい子が真相をあばく形でクソ教師に殺人犯の濡れ衣を着せる計画だ。


「じゃあ、わたしは5号室にしようかな」

「しかし、このカギはシンプルと言うか……いい加減なつくりだな。これじゃあ防犯も何もあったものじゃない」

「まあまあ。うちらの間にカギなんて必要ないじゃないか」

「それもそうか」


 そんなことを楽しそうに話しているもとサッカー部の連中を、すぐに恐怖のドン底に落としてやるのだ。こいつらの部屋割りなんてどうでもいい。どうせ俺の脚本には深く関わらないエキストラどもだ。


「「それでは、島の人間に食事を届けさせるからしばらくそれぞれの部屋で待っておれ」」


 れいといちがそう言って十六角館を後にする。さて、とりあえず俺も3号室に行くとするか。

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