第14話再会

「おい、あの女の子たちの後をついていってみようぜ」

「そうだな、とりあえずそうしよう」

「このままここにじっとしていてもしょうがないし」

「おーい、お嬢ちゃんたち。少し、待ってくれないか」


 ある予感を感じて立ち止まっている俺をよそに、もとサッカー部の連中が島の奥に進んでいく。その後に俺は我に返ってついていくが……


「「ついに来たか。おじちゃんの言った通りだ。長生きした甲斐があったわい」」


 しわがれているがどこか聞き覚えがある声がユニゾンで聞こえてくる。これはもう間違いないな。


「「あんたら、日本語がわかるんじゃな。これでやっとおじちゃんとの約束が果たせる」」


「おばあちゃんたち、日本語がわかるのかい?」

「自分たちはこの島に漂流してしまったんだ」

「お願いだから助けてくれないか」

「せめて水や食べ物をわけてほしい」


「「いいですとも。いいですとも。なにせおじちゃんとの約束じゃからな。島をあげて歓迎しますとも」」

「うちがれいで……」

「うちがいちですじゃ」


「「うちら双子なのじゃ」」


「へえ、おばあちゃんたち双子なの」

「それよりも本当に助けてくれるのかい」

「ああよかった。漂流した島の人間がいい人たちで」

「まったく不幸中の幸いだよ」

 

 戦後から令和になるまで70年ぐらい。戦後は幼かったれいといちが生き残っていても不思議じゃないが……『おじちゃん、また会えるよね』なんて言葉があの時聞こえたが……本当に会えたね、れいにいち。でもおじちゃんは正体を明かせないんだ。今のおじちゃんは顔を隠した正体不明の怪しげな船長さんだからね。


 しかし、妙な老人というのも本格ミステリーにはよくあるエッセンスだがまさかこんなことになるなんて……


「「ささ、どうぞどうぞなのじゃ」」


 年老いたれいにいちに案内されて俺たちは島の奥へ進んでゆく。そして、俺たちはこんな離れ小島には似つかわしくない怪しげな洋館を目にするのだった。そう、俺が過去にこの島で建設した十六角館だ。歳月を経た結果、いい感じに不気味さが増している。


 しかし、そんな十六角館を見てもとサッカー部の連中はこんなことを言い出すのだった。


「なんだこの建物。へんちくりんな形をしているなあ」

「こんな建物デザインした人間の神経を疑うね」

「建築基準法もなにもあったものじゃないな」

「まあ、ここは日本じゃないんだから」


 くそ、十六角館のデザイナーへの俺への悪口のみならず、本格ミステリーそのものを侮辱するようなことも言いやがる。そんなことはな、松本清張先生が社会派でブイブイ言わせてたころに横溝正史先生や江戸川乱歩先生への悪口としてさんざん言われてきたんだよ。


『なんであんなへんちくりんな建物がそこらじゅうにあるんだ』

『住む人間のことを考えてないのか』

『あんな仕掛けをどうして屋敷に仕込むんだ』

『現実ってものをみてほしいね』


 そんな罵詈雑言をものともせずに綾辻行人先生が『そういう美意識を持った建築士の建てた館で起きるミステリー』という館シリーズで新本格派を世に認めさせたのに。それなのにそれなのにお前らときたら……


「「あの建物は十六角館ですじゃ。アメリカとの戦争に負けた後、どこからともなくやってきた優しいおじちゃんがうちらを生き残らせてくれたのじゃ。そしてそのおじちゃんの頼みでうちらが、おじちゃんの設計通りに建てた館なのじゃ」」


 そういうことだ。俺がお前らへの復讐を実行するために建てた十六角館なのだ。しかし、それを子孫に伝承させるように頼んだれいといち本人に語られるとは思ってもいなかった。


 まあ、怪しげな老婆に島に昔から伝わるお話を聞かせられて不気味がる外から来た主人公グループと言うのも本格ミステリーによくある話なのだが……案の定、ほかの連中は不審に思っている。


「そんなことがあったんですか」

「しかし、あんな妙なデザインの館を建てるなんてそのおじちゃんは何を考えていたんでしょうか」

「どうせ、自分の芸術センスを発揮しようとしていたんじゃないの」

「だけど、十六角館ねえ。何の意味があるんでしょうか」


 そのおじちゃんはな、お前たちへの復讐のみを考えて十六角館を建てたんだよ。そしてもうすぐその復讐が始められるのだ。十六角館には俺の本格ミステリーのシナリオのために必要なギミックが満載になっているのだ。


「「そのおじちゃんはこうも命じられたのじゃ。『いずれこの島にお前たちと同じ言葉を話す人たちがやってくる。その人たちを歓迎して十六角館に宿泊させるのだ。それまで誰一人十六角館に立ち入ってはいけない』とな。というわけであんたたちには十六角館に泊まってもらうのじゃ」」


 れいといちの言葉に俺とかい子以外が動揺する。


「えええ、何十年間もだれにも使われなかったところに泊まるんですか」

「なんだか不気味だなあ」

「なんとか、ほかの場所で寝泊まりとかはできないんですか」

「わたしたちは野宿でも構わないんですけれども」


 そんなことを言われたれいといちが、途端に目を血走らせて俺たちに言ってくるのだ。


「「なんと! あんたたちはうちらにおじちゃんの命令を破れと言うのかね! おじちゃんのお願いをかなえるためだけにこの島で生存してきたうちらになんてことを言うのかね。そんなことはとてもじゃないけど承知できないのじゃ」」


 れいといちのあまりの迫力に、リーダー格のトップ下がほかのみんなを納得させるのだ。


「まあまあ、みんな。このおばあちゃんたちがここまで言ってるんだから、ここほ従うとしようじゃないか。あの嵐の中で生き残れただけでも御の字なんだから」


 そうだ。いいことを言うじゃないか、トップ下。気に入った。お前は計画通りにいの一番に殺してやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る