第21話 赤坂航平の過去(氷堂凛編)
「許さない…か」
担任はそうつぶやくと、俺を見て言った。
「なんで、許さないと即答する?終礼でお前が無実だったことも説明するつもりだ」
「俺が言いたいことが2つです」
俺は1つ深呼吸すると、喋り出した
「1つ目は、教師として、ちゃんと事実を確認せず、頭から俺が犯人だと決めつけて来ましたよね。俺が犯人だとタレ込みがあったとしても、教師としてあくまで公平に見るべきではないん
ですか?」
「…返す言葉もないな。でも、これだけで許さないってわけではないんだろ。2つ目はなんだ」
ああ。別にこれだけだったら許すも許さないもない。小言を言って終わっていただろう。
「2つ目は同じようなことが起きて、俺は元カノと親友を失ってるんです」
「…なに?」
担任が呆けた表情をしてこちらを見る。そんなに意外だったのだろうか。
「先生に話す義理はありません。俺の許せない理由を答えただけですから」
「…確かにそうだな。お前に話す義務はない。ただ、話してみてくれないか」
何を言ってるんだこの担任は…俺の過去話を聞いて一体どうするつもりなんだ。
「だから何であなたに…
「確かに俺は教師として恥ずべきことをした。俺の教員人生20年になるが、こんな盗難事件が相次ぐことは初めてだ。お前へのためにも、犯人を見つけ出してやりたいんだ!お前の話しがなにかの参考になるかもしれん。頼む!」
そう言うと担任は俺に頭を深く下げた。
…担任ってこんな奴だったのか。
「そこまで言うなら…分かりました」
俺はまず、氷堂凛のことから語り始めた…
俺が中学1年生のときだ。
俺がいた中学は大して頭がいい学校ではなかったが、この年は1人、天才がいた。
氷堂凛。彼女は本当の天才だった。中学受験は主席合格。その後のテストも圧倒的な差をつけた1位をキープして来たのだ。
水色のロングヘアーで、少し切れ長な目をしてることから、男子から絶大な人気を誇っている。
そして、彼女は入学してから、数多の告白を受けて来たが、全て断ってきたことでも有名だった。
夏休みが明けたある日のことだった。
「なぁなぁ航平。本当に氷堂さんって高嶺の花だよなぁ。俺もあんな可愛い子と付き合いたいぜ。今からでも連絡先聞いてくるかな」
そう言うのは松田。この時はまだ引っ越してなくて地元にいたのだ。
「またまーくんはそんなこと言ってる。まーくんみたいな男子はお断りですぅ!」
そう言って手でバツを作るのは神崎茜。
「こーくんもそう思わない!まーくんなんかが凛ちゃんに近づいたら凛ちゃんが穢れるよね!」
「おい!?」
「え?んー、まぁな…」
「航平まで!?」
俺はそうやって誤魔化すことしか出来なかった。なぜなら…
(俺、氷堂さんと連絡先交換してるし…一緒に遊んだこともあるんだよな…)
なんて、言えないからだった。
それは入学式が終わって、数日経った日のこと、俺はいきなり学年1の天才、氷堂凛に呼び出されていた。
「えっと…氷堂さん?だっけ。俺になんか用…?」
「あっ…あの…赤坂君…」
凛は前髪を指でくるくるしながら顔を赤くして、こう言った
「わ、私と連絡先!交換してくれませんか!」
え?
「なんで、俺と?」
「あの…去年のバスケの大会…見てて、カッコよくて、ファンなんです!」
そういうことか…。まあ、いいか。
「そういうことなら…」
「ありがとう!航平君!」
「えっ?」
「あ!名前で呼ぶの迷惑だった!?」
「いや…いきなりでびっくりして…」
「嫌ならやめるけど…」
「べ、別に氷堂さんの好きな風に呼べばいいんじゃないかな」
「分かった!航平君、これからよろしく!」
こうして俺は凛と知り合い、そのあとたまに遊んだり、映画館や遊園地、水族館に出かけたり、今思うとデートまがいのこともしていた。
そして秋、文化祭が近づいてきた時、告白して付き合い始めたのだ。しかし、問題はこの後だった。
「凛ってさーマジムカつかね?」
「わかるー、自分が可愛くて頭いいから調子乗っちゃってるんだよねー」
「もしかしたらあんな外面してて、内面ビッチなんかもよー?」
「なにそれ超ウケるー」
凛がクラスで孤立たのだ。
原因は同級生や先輩の嫉妬。同級生が好きな先輩をこっ酷くフッてきたせいだろう。
だが、それはあまりにも突然だったのだ。入学当初から、一部からは白い目で見られてはいた凛だったが、ある日を境にクラスの大半が敵に回り、いじめの実害を受けるようになった。しかも、担任まで敵に回ったらしい。
ある日、凛がトイレからびしょ濡れで出てきたことがある。たまたま凛が教室に入る直前で俺が教室から出て気づき、声をかける。
「おい!凛!大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だから…」
「体操服は!持ってないのか!?そんなびしょ濡れで風邪引くぞ!」
「持ってない…家で洗濯してるから…」
凛の顔色は明らかに悪く、このままでは体調を崩すのは明白だった。
「俺のジャージ!貸してやるから着替えてこい!」
「ふぇっ!?」
俺は教室からジャージを取ってきて凛に渡す。
その時廊下ですれ違った何も事情を知らない生徒に
「赤坂だっけ?氷堂さんになんかぶっかけたの?最低〜」
などと言われているが気にしている場合ではない。
「ほら、凛!」
「い、いや、それは航平君に悪いよ…」
「凛が風邪引く方がもっと困るだろ。早く着替えてこい!」
そう言って俺は教室に戻る。その後教室で、あれ?あのジャージ、そういえば使ったな…汗臭いよな…などと心配して授業が始まるのを待った。
凛は顔を真っ赤にしながら教室に入ってきたのは授業が始まる直前だった。クラスメイトは凛に奇異な視線を向けている。
(あ、ジャージより前にタオル渡さなきゃじゃん…)
そんなことを思っていると担任が入ってくる。次の授業はLHRだ。
「おいお前ら。これから生徒へのアンケートをーうおっ!」
担任は凛が作った教室の水たまりに足を滑らせ軽く転んだ。今から思うと、そう。わざとらしく。
「先生ー何やってんすかー」
「ちょーウケるー」
クラスは爆笑の渦に包まれる。その中で凛は真っ青な顔をしていた。
「おいおい誰だこんなところで水をこぼした奴は!」
クラスの前で恥を晒したからか担任はお冠だ。
「私知りませーん」
「なんか氷堂さんびしょ濡れじゃなかったー?」
「あれ?今も濡れてるじゃーん」
確かに凛が作った水たまりではある。
「なに?氷堂、それは本当か?」
「は、はい。確かに私のせいで水たまりが…」
「なんだと!今すぐ拭け!あと、なんでそんな濡れているんだ?」
「そ、それは…トイレに入ってたら誰かに水をかけられて…」
「馬鹿を言え!由緒正しき我が校にそんなことをする輩はおらん!自らの過失を人のせいにするな!」
「い、いえ私は…」
「それになんだそのジャージは!男子のだろう
!人の、しかも異性のジャージを着て授業に望むなど言語道断!今すぐ着替えてきなさい!あと、放課後生徒指導室に来なさい!」
「はい…」
そう言うと凛は床を雑巾で拭き、濡れた制服に着替えに行った。しかし俺はそんな凛よりも、怒った顔をしながらも下卑た笑みを浮かべる担任に恐ろしく嫌な予感を感じたのだった。
「いくら頭が良かろうと、許されることと許されないことはある。みんなもよく肝に銘じておくように!」
「はーい」
誰かがそう返事したのを皮切りに教室は騒がしくなる。
「氷堂さんが男子用のジャージを!?いったい誰の!?」
「3組の木村と予想するぞ!」
「僕は1組の中村だと思うんだな」
と話していたり
「氷堂さん、ざまぁみろ」
「少しスカッとしたわー」
「氷堂さんは男物のジャージを着るビッチだって拡散しとこー」
などと言ってる奴らもいる。凛のことを言ってないのは、俺や松田、茜に内田さんや中条さん、田村ぐらいだろうか。流石に頭にきていた俺は思わず立ち上がろうとするが松田に声をかけられる。
「なあ航平。どう思うよあれ?」
「氷堂さんのことだろ。酷いよな」
すると松田は顔を寄せて声を潜めながら
「お前が今立ち上がってもどーにもならねえよ」
「そんなこと言ったって…!」
「まあ待て。今の氷堂さんは敵だらけだ。だからまずはいじめの決定的証拠を掴むんだ。それを学年主任にでも突きつけようぜ。こう、異議あり!ってな」
なんかのゲームの受け売りだろうが、それが実際有効なんだろう。そう思った俺は溜飲を下げて、こらえる。
そうこうしているうちに濡れた制服を着た凛が教室に入ってきて、授業が再開する。
ちなみにアンケートの内容はいじめがあるか、についてだった。俺はもちろん、ある、に丸をつけて提出した。他のクラスメイトのいじめなんてあるわけないよねーという言葉に腹を立てながら…
放課後、掃除を終えた俺は生徒指導室に直行…は出来なかった。なぜなら…
「すまん航平!ゴミ捨て頼めないか!」
「俺も今日塾あって!埋め合わせは必ずするから!」
そう言われると断れず、ゴミ箱を2つ持ちながら外の集積場に急ぐ。
「すいませーん。これお願いします」
「あいよー。こっちに入れといてくれー」
清掃員が指定した箱に中のゴミを入れ、急いで教室に戻る。その途中同じクラスの内田ひなたさんとぶつかりそうになった。
「っと。内田さん大丈夫?」
「あ、うん。平気だよ」
「よかった。ごめん。先急ぐから」
そう言って歩き出そうとするが
「待って!」
と呼び止められた。
「なに?ちょっと急いでるんだけど」
「氷堂さんのことだけど…あのいじめ…それに関して1つ伝えておきたいことがあって」
…やっぱりいじめはあったのか。
「伝えておきたいことって?」
「その…あんまり大きな声で言えないから…」
もし聞かれてたら自分も巻き込まれるってことか…気持ちは分かる。俺は内田さんに近づいて…
「氷堂さんだけど、担任の吉村先生と秘密の関係、持ってるらしいよ…」
そう囁いた。
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