95 借り暮らしの小精霊

 チビ姿で出て来てくれたのは幸いだったけど、訝るように見てくる周囲の視線が痛い~。私が通行人の立場でも、丸っとした鳥が一体どこから出てきたのかって心底疑問がるとは思うから、その心境は理解できるけど。

 処刑どころじゃ酔っ払いしかいなかったから何とか手品で誤魔化せた。

 でも現在この路上には間違いなく素面しかいないからどうしようかしらね。

 だって多少その手の知識を持ってる人がいたら魔法関係だって気付かれるかもしれない。

 駄目元で手品押ししてみる?


 それとも「私実は魔法使いなの♪」ってカミングアウトで魔女っ娘アピールする?


 ううんそれは駄目ね。ザックに迷惑が掛かる。

 魔法でこれしてあれしてそれしてーってご近所から依頼が殺到しそうだもの。

 善良な魔法使いは頼られるから。

 それに魔法使いそのものが貴重な人材だから、国の機関から目を付けられたら即身バレしてアウトでしょ。


 きっと今度こそ人知れず葬られるに決まってるわ。


 マルスなんて固まっている。

 ウィリアムは「空気読め」って目が言ってる。

 いやでもこればっかりは私にもどうにも……。例えアーネストの言うように私が使役者でも出てくるなって命令するのは嫌だったし。


「わ、わあー手品大成功~。ほら皆さん見て下さーい」


 私は無邪気な野暮っ子を装って、もふもふの羽毛体を両手で持って掲げた。

 チビ不死鳥は最初三白眼を不思議そうに瞬かせたけど、私は咄嗟過ぎて力加減を誤っていた。

 ぎゅっとお腹を押されたせいか、不死鳥の顔がオレンジ色から何故か青色に変化する。


「え? ――あっ、ヤバ!」


 お腹に沢山物が入った状態で強くお腹を押されたら人間だって吐きたくなるわよね。

 それと同じ。

 うっ、おえってなって不死鳥は腹の中の何かを吐き出した。


 赤いくちばしの奥から空中に転がるようにして出てきたのは小人、いやいや違うわ――精霊だった。


 緑髪に神官服のような出で立ちをした掌サイズの小精霊。


 崖から落ちた私を助けて力を使い果たして……可哀想にも不死鳥に食べられちゃったアノ精霊君よ。


 私は自分の迂闊さに頭を抱えたくなった。


 だって少し前から知っていたのよね、この精霊が不死鳥のお腹の中にいるって。


「お前っ!? 生きてたのか!?」


 案の定、マルスが叫んで手を伸ばしてその子を捕まえた。


「うお!? ちょっと止めろマルス! 暑苦しいから掴むんじゃねえっ!」


 ウィリアムは突飛な登場をした精霊の男の子に驚いたようにしていたけど、立ち止まっていた通行人達は不可解そうな顔をしている。

 何もないのに、とか聞こえたから、もしや見えていないのかもしれない。

 チビ鳥は何気に存在が濃いから誰からでも見えるようだけど、小精霊の方はまだまだ当分は気配が微弱だからよね。

 不審な手品師に、空気に話しかけている武器携帯の少年、イケメン貴公子とそして彼の故障した馬車。

 そのちぐはぐな取り合わせに周囲の眼差しの種類が好奇から奇怪、そして危ぶみのようなものへとシフトしていく。

 このままじゃ貴公子が絡まれてますとか変な人達がいますって通報されかねない。

 私は即時決断した。


「ちょっと馬車借りるわよ」


 ウィリアムに小声で告げるやマルスの首根っこを引っ張って馬車に押し込むと、「手品はこれにて終了でーす!」と愛想笑いで不死鳥を抱えたまま私も素早く馬車に入って扉を閉める。


「ふう……」


 外からほぼ見えない場所に入れば少しは気持ちも落ち着くってもので、扉から離れ座席に腰を下ろした私は一人小さな溜息をついた。

 向かいの席ではマルスが当惑した様子で大人しく私を見つめている。勿論その手には放すものかって意思の表れのように小精霊を掴んでね。


「マルス、良く聞いて。まずはその子を放して頂戴? 大丈夫、消えたりしないから」

「そうだそうだ、炎の旦那のおかげでおいらはもう平気だから、虫を捕まえるみたいにすんのやめろって」


 私と精霊本人からの声に、マルスは一度頭の中を整理でもするようにゆるりと瞼を下げて上げて、次にゆっくりと指を開いた。

 自由になった小精霊は自力で浮遊してピタリとマルスの目の高さで止まると、腕組みしてにっかと破顔する。


「よっ元気してたか?」

「お前、何で……死んだんじゃ……?」

「ああ、おいらもそう思ったんだけど、そこの炎の旦那が根源を保護してくれて消滅せずに済んだんだよ」

「炎の旦那? その目付きの悪い奇抜な色の鳥のことか?」


 マルスの歯に衣着せぬ物言いに、不死鳥がムッとしてより一層極悪顔になった。


 その顔をマルスはジッと見つめる。


 一人と一体は睨み合うようにしばし視線を絡ませた。


 え、何? 雰囲気が険悪になりそうな予感じゃない?

 マルスってば元山賊な割に真面目だから「この不良鳥!」って思って腹を立てたのかも。

 別に見た目ほど悪い鳥じゃないのよ、ってフォローを入れるべき?

 私もさすがに迷っていると、マルスは何を思ったのか不死鳥へと手を伸ばしてきたから慌てた。

 だって普通の人が触ると火傷しちゃうもの。


「マルス駄…」

「――カッコイイ……」


 はいぃ~?

 今、何て? カッコイイ……?

 マルスの手が不死鳥に届かないように止めながらも、私は目を点にしていた。


「その目付き、何にも動じないようなどっしりした存在感、僕の理想だ」


 マルスは年相応の少年らしく目を輝かせている。

 すっごく意外。

 不死鳥の方も思わぬ言葉に嘴をぱかんと開けて呆けている。

 鳩じゃないけど豆鉄砲食らった顔だわこれ。


 ややあって不死鳥は我を取り戻すと私の腕から抜け出して、何をするかと思いきや、何とマルスの膝の上に乗った。


「えっ!? ちょっとマルス大丈夫!?」


 血相を変える私へと、彼はキョトンとした面持ちの顔を上げるから熱くないんだとはわかった。

 でもどうして?

 ウィリアムは火傷したのに。


「心配すんなって。炎の旦那がマルスを気に入ったんだよ」

「だから触れるの?」

「まあそういうこと」

「何だ、そうなの……」


 それにしてもマルスってばソッコーで気に入られたわね。

 この小精霊といい、精霊に好かれる素質でもあるのかしら。

 何はともあれ、一度は不死鳥の熱さを体験した身としては、マルスが火傷をしなくて済んでホッと胸を撫で下ろしたわ。


「店で一度現れたな。やっぱりアイリス嬢の知り合いだったのか」

「あーうんまあ、知り合いって言うかね……」


 使役しているらしいのよねーアハハ。


「こいつを助けてくれたこと、心から感謝する」


 もっふもっふと羽毛をもふり堪能しながら、マルスは行動とは即さない実に真摯な声音で言って不死鳥に頭を下げた。

 不死鳥は「苦しゅうない」とでも言いそうな得意気な様子でいる。

 精霊界に戻る以外での回復の細かい理屈は私にもよくわからないけど、ざっくり言えば、消える所だった小精霊を不死鳥が丸呑みして、お腹の中で精霊に必要な栄養と言うかエネルギーを分けてあげたから助かったらしいの。


 まあその事実を知るまでは私もすっかり不死鳥のフンああいえお星様になったものとばかり……。


 でも、お腹の中って……母性?


 まあそこはいいとして、小精霊は養生のために精霊界に引っ込んじゃったらしばらく自力じゃこの世界には来れないらしく、それは嫌だからって不死鳥と行動を共にしているんだって。自力で境界を越えられるように回復するまでは不死鳥のお腹に仮住まいするみたい。

 小精霊生存の報は、実は処刑どころで不死鳥が現れた日に知った。

 人目のない場所でわざわざお腹から出て来た時は、冗談抜きに「エイリアン!?」って恐怖におっ魂消たわ。そいで以て泡を吹きかけた私を宥めてくれた小精霊本人から、まだマルスには言わないでって頼まれたから黙ってたのよね。

 弱っている姿を見せるのは嫌だったんだと思う。


 それを失念していた私が、心太ところてんよろしくうっかり押し出しちゃったってわけだった。ごめんね~。


「もうマジでおいら心配要らないから安心しろよ。これから当分は旦那と時々こうやって出て来るからさ。あ、嬉しくて泣くなよ?」

「……泣くか」

「遠慮すんなよ~」

「してない。だけど、生きてて良かった」


 小精霊はマルスに顔を近づけてニヤニヤしながらわざとふざけていたけど、マルスの素直な態度には照れ臭そうにした。

 そんな気の置けない者同士の光景って心が和らぐわ~。

 マルスは落ち着いたし、そろそろ馬車を出ようかしらね。

 ああそれとも、不死鳥に頼んでこのまま瞬間移動イリュージョンでもやっちゃう?

 なーんて手品繋がりで半分本気でそんな展開を考えていると、外から馬車の扉が開けられた。


「話はもう済んだか? ……済んだみたいだな」


 馬車の傍に立って扉を押さえるウィリアムは不満顔で、さっさと出ろって目が言ってるわ。

 路上の状況と、精霊もいて二人きりじゃないから文句を言わなかっただけで、本当は面白くなかったのかも。でも心配性ね。マルスとはそんな要素なんて微塵もないのに。


「この馬車を直すのに時間が掛かるようだから、他の馬車で移動するけどいいか?」

「え? 一緒にいいの?」

「逆に、どうして駄目だと思うんだ?」


 ウィリアムが片眉を上げる。

 何か意地悪な問いよね。全く、ちょっとした意趣返しのつもりなの?


「じゃあお言葉に甘えるわ。でももう喧嘩はしないでよ?」


 問いには敢えて答えず言い含めるようにウィリアムとマルスを順に睨めば、二人は一度互いに目を合わせてふんと逸らした。


「マルス、感動の再会なのに水を差すようで悪いけど、詳しい話は後でゆっくりね」

「わかった」


 聞き分け良くこくりと頷く彼の肩に小精霊が座った。やっぱここだよなとか嬉しそうにしているから、きっと彼らの間の定位置だったのかも。

 微笑ましく眺めていると不死鳥が戻ってきたから胸に抱いて、私は降車のために腰を上げた。


「アイリス、手を」

「ありがと」


 こんな時でもそつなくレディの降車に手を貸してくれる超絶不機嫌紳士には感謝ね。


「替えの馬車はあそこだ」

「あらまあ早いわね、もう手配したの?」

「ああ、今さっき大急ぎで御者に呼びに行かせたんだ」


 別の馬車には別の御者が座っているけど、ちょうどこっちに戻ってきたこの馬車の御者のおじさんは結構息切れ中だった。走らされたのね。

 ……ああ、さすがは下々に命じ慣れているウィリアム様だわ。


 私に続いてマルスも石畳に靴底を下ろしたのを見届けて、改めてウィリアムに向き直る。


 これから処刑どころまでご足労願えるかしら……と考えて、


「――あっ! ああああ忘れてたーーーーっ!」


 ハッとして思い切り叫んでいた。

 唐突に絶叫し絶望的な顔で立ち尽くす私に、当然ながらその場の皆はギョッとした。

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