83 親子喧嘩は洞窟で3

「ええと見逃してくれるんですか?」

「親父殿……?」


 私同様にマルスもどういう意図かを問うような目でいる。

 親父殿は似たような表情を貼り付けているだろう私達を順に見る。


「ああ。んで以て王都の知り合いのとこにしばらく居ろ。そこで好きなだけその嬢ちゃんの回復なり何なりを見届けろ。その後はここに戻って来ずとも構わない……っつーか戻ってくんな。山賊稼業に縛られずお前の好きに生きると良い」

「……勘当ってことか? どういう風の吹き回しだよ」


 短剣を仕舞わずにまだ半信半疑に訝しむマルスの気持ちはよくわかる。私だって急な態度の豹変には実は裏が?なんて思うもの。大体、私までお世話になっていいのかしらね。


「親が山賊だからってお前までずっと山賊をやっていく必要はないんだ。商人になるなり兵士になるなり自由にしろ」

「……僕みたいなのが真っ当な職に就けるわけがない」


 マルスの自嘲するような台詞に親父殿は鼻で嗤った。


「オレにとっては山賊稼業が真っ当だぜ。商人にも悪徳商人だっている。真っ当だと思うか?」

「……」

「まっ、何が真っ当なのか、お前はお前で見極めろ。それに別にステッキ片手のお貴族様になれって言ってるわけじゃない。自分を蔑んでる暇があるなら得意なことを少しでも磨いとけ。成り上がれ」


 親父殿……っ、何だかすごくカッコいい事言ってる。ワイルド上等じゃないのよ~!


「一番の大きな理由は、オレはお前の母さんと出会ってこの方、彼女の言葉だけは疑わないからだ。それが遺言だろうとな。風の子が助けた相手がお前の人生にとって大事な相手なんだろう? ならオレは手を下さないし、邪魔もしない。それを踏まえて考えると、その嬢ちゃんをここに縛るのはまさに邪魔することになる、だからだよ」


 親父殿って案外一途。思いもかけない理由にはさすがにマルスも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

 だけどややあってから悩んだようにする。


「でもそれは、僕にもまだ重要人物かはわからない」

「かあ~っお前アホだろ! きちんと自分を顧みろ。一人で離反なんつーことまでしてる時点で、もうわかり切ってるだろうが」


 大きな駄目出しを食らい何かを思案するように一度瞼を半分伏せたマルスは、暫しして親父殿をジッと見て私を見てコクリと頷いた。


「……たぶん」

「たぶんかよ……」


 親父殿は脱力の呆れ目で肩をやれやれと竦めてみせた。

 二人のやり取りにいまいち付いていけないけどもう攻撃し合うなんて危険はなさそうでホッとする。現にマルスの方も短剣を仕舞った。


「ところで、今更だが嬢ちゃんはアイリス・ローゼンバーグ伯爵令嬢だろう?」


 親父殿は私の上に目を留めた。


「ななな何で知って!?」

「近くの村の告知板を見た。たまたまちょうど新たに嬢ちゃんの人相書が貼られたとこに通りかかったんだよ。別嬪さんだったから覚えてたってわけだ」


 あ、あらまあ親父殿ってば女の子をわかってるじゃな~い!

 マルスはマルスで無言で私を見つめる。ええとこれは驚いてる……の?

 まあボロボロの恰好で逃げて来た女が伯爵令嬢だとは普通思わないだろうしねー。

 だけど、ええ~そんなあ~、兵士達の間だけじゃなくもう巷にも指名手配書が出回っているんだわ。


「あのー、私もしかして賞金首になってたりします?」


 一応確認してみれば親父殿はあっさり肯定した。


「嬢ちゃんを連れてけばたんまり金はもらえるな」

「ああやっぱり! ううう私は国家転覆なんて目論んでないのに~」


 だけど、ホホ、私ってお高いようね。全っっっ然嬉しくないけどもッ!


「国家転覆……?」


 親父殿が不可解そうな眼差しになったけど内心滂沱と涙する私の耳にはほとんど入っていなかった。

 それじゃしばらくは人の多い場所には行かないようにしないと。どこか田舎でひっそりとって思ったけどこんな山奥の山賊にまで知られているんじゃそれも考え直すしかない。


「誰にも見つからないためには、やっぱり山奥で自給自足しかないのかも。できるかしら……」

「ふうん、嬢ちゃんは見つかりたくないのか。じゃあやっぱ王都は持って来いだな」

「どこがですか。一番見つかりそうで危ない場所だと思うんですけど」

「嬢ちゃんくらい懸賞金が高いと、あっちじゃきっともう精鋭によって一旦捜索は終了しているはずだ。大人数で集中してしらみ潰しに捜した後は、少数を情報収集なんかの作業継続に残して他は解散しただろうぜ。灯台下暗しって言葉を知っているだろう?」

「ああなるほど。一理ありますね」

「だろだろー」


 親父殿はやけに詳しいのね。山賊をやってるとその手の情報にも精通するのかしら。


「……そんなこと言って実は彼女を突き出すつもりじゃないのか?」


 マルスがまたも私の盾になって親父殿との間に立つ。

 彼の様子に口角をくっと上げた親父殿は嬉しそうに笑った。


「ハッハッハッ何だやっぱお前も一丁前に男になったのな~、よしよし」


 犬にでもするようにマルスの頭をわしゃわしゃ撫でる親父殿へと、息子の方は超絶嫌そうな濁った目になった。


「……止めろ、クソ親父殿」


 律儀に「殿」を付ける所がマルスらしかった。


 そんなわけで山賊仲間に見つからないうちにと、その夜のうちに私とマルスは移動する運びになったのよね。

 体力ないしああこれは道中絶対足を引っ張るパターンだわねーホホホ……なんて物悲しく思っていたら、親父殿――エリオットって不精髭の顔に似合わずカッコ良い名前の持ち主だった――が懐から今は亡き奥方との思い出の品とやらを取り出した。


 ペンダントに加工されてはいたけど個々で独特の動く模様を有する小さな球状の石には見覚えがある。


 乳白色の球体表面を桜色と薄紫色の筋がゆったり動いて流れていくのを見ていたら、何となくウィリアムのそれを思い出しちゃったわ。


「これ、魔法石ですよね?」

「そうだ。よく知ってるな」

「ええと、知人にいるもので」

「ほお」


 主語を省いたけど親父殿は理解したみたい。


「妻が生前オレとマルスのための緊急移動用にってこさえてくれた魔法石だ。これを使えば無条件で行きたい場所まで瞬時に行ける」

「こさえたって……もしかして、奥様は魔法使い!?」

「まあな」


 この事実はマルスも知らなかったようで、やや意外そうな顔をして物珍しそうにまじまじと母親の形見の魔法石に見入っている。


「ええとでも、形見なのに使ってもいいんですか?」

「必要な時に使わなくてどうするよ? オレがあの世のあいつから怒られる。それに形見なら他にもたくさんあるからな。使い方はわかるか?」

「はい、一応は」

「ならいいな。マルスもだが、嬢ちゃんも必要ならその王都の友が力になってくれるはずだ。相談してみるんだぞ。それくらいは朝飯前の太っ腹な奴だからな」

「わかりました。本当に助かります」


 それから善は急げと、代表して私が魔法石を渡されて親父殿から王都の友人についての情報を教えてもらい、念のためにほっかむりよろしく頭を布で覆うと日記を手にした。マルスは腰の短剣以外は手ぶら。

 自立心が強いのかマルスは唐突に親元を離れる事になったのに大きな不安や動揺は見せない。だから私の方がむしろ不安になっちゃった。年下君にこんな風に巻き込む形で人生の大決断を無理強いしたくない。

 ついつい流れでここまできちゃったけどマルスにはきちんと彼の気持ちを確認しておかないと駄目だったわ。


「……マルスは、本当に一緒に来てもいいの? ここを出るにしたってあなたは今日じゃないといけないわけじゃないんだし。私を案じてくれてるんなら安心して、実は私一人でもどうにかここを去る方法はあるから」


 渡りに舟って言っていいマルスや親父殿の厚意に甘えようとは思うけど、マルスが本心から望んでいないなら私一人で王都に潜伏するわ。この魔法石だって彼に属する物だし使わない。我慢して自分の魔法の血を使えばいいだけよ。


「もしも後悔しそうなら、ここまでにしましょ。助けてもらった恩を今すぐには返せないから、そこは出世払いで返しに来るのを信じて待っててもらうしかないんだけどね」


 返すつもりでペンダント仕様の魔法石をマルスの方に差し出すと、彼は私の手の上のそれを少し感慨深げに眺めた。母親を恋しく思っているのかもしれない。


「これはあなたのために使うべき。本意じゃないなら無駄にしないで。私は……嘘はいらない」

「……」


 私の慎重な声に彼は瞬き一つで石から目を上げる。

 親父殿は私達の会話を遮る様子はない。巣立っていくかもしれない息子の姿をどこか寂しそうに、それでいて誇らしそうに見ている。


「無駄じゃないし、これは嘘偽りない本心からの選択だ。僕はあんたと王都に行く。広い世界を見てみたい。あんたが現れて良くも悪くも僕の小さな世界は大きく変わろうとしてるんだ」


 見つめてくる彼の青灰の瞳により強い意思の光が宿った気がした。

 ペンダントの上から私の手を握った彼の顔に悲しみを伴った微笑が浮かぶ。


「絶対に後悔はしない。一緒に行こう」

「マルス……」


 もしかしたら彼は大事な物を失くしたのかもしれないって感じた。


「ハハハ嬢ちゃんは気遣い屋なのな。そんなに心配せずともこいつの行動はいつも気持ちに正直だよ。こいつが行くっつったらこいつの希望そのものってわけ。慣れない都会に出て一人じゃ不便もあるだろうし、何より我が息子ながら変なとこで偏屈だから、少し問題児の面倒でも見ると思って付き合ってやってくれ」

「一言余計だクソ親父殿」


 あはは、折良く親父殿が空気を緩めてくれてちょっとホッとした。


「そうと決まればほらほらさっさと出発しろ。もたもたと悠長にしていて他の仲間に気付かれたらオレの立場が悪くなる」

「わかった」

「あ、はい」


 促しもあって、そんなわけで私達は手を重ねたまま親父殿の正面に立った。転送魔法発動時に石に触れている方がはぐれる可能性がないものね。マルスにもそう教えた。


「それじゃあお邪魔しました」

「……行ってくる」

「おう。友人に会ったらよろしく言っておいてくれ」


 了解の旨を唇に微笑んで、私は地図上の王都の位置を思い浮かべると二人一緒の空間移動を強く念じた。


「――マルス、餞別だ」


 親父殿がさっきまで使っていた自身の長剣を鞘ごと投げて寄越した。


 いきなりで心底驚いた顔をしながらもマルスは片手で上手く鞘部分をキャッチする。


 刹那、上下で合わさった私とマルスの掌の隙間から光が漏れ出て足元に魔法陣が出現し、うわやっぱり眩しいなんて思った次にはもう私達は夜の街中に立っていた。

 幸い往来のど真ん中とかじゃなく人の目のないどこかの建物の裏手だった。


「無事に移動完了したみたい」


 ホッとしつつマルスを見やる。ペンダントは役目を終えたからか丸ごと消えていた。


「餞別良かったわね」

「でも僕には短剣がある……」


 掴んだ剣を見つめて困ったような小難しい顔をする様が何だかちょっと可愛いかった。


「長剣は苦手?」


 否定に首を振る。


「ならいいじゃない。マルスの立ち姿には長剣が似合いそうだし?」

「……」


 私に誉められたからか彼は何も言わないで長剣を腰に挿した。

 何気に結構気に入ったみたい。

 その後、私の方はしっかり頭巾を確認して二人で人通りのある太い街路へと歩きながら通行人にここが王都かどうか訊ねた。煉瓦造りの建物の高さやその密集具合から都会なのは明らかだったけど真実ここが王都なのかちょっと不安だったんだもの。

 ちゃんと王都だったから良かった~。


「それじゃあおじさんの友人の店を探しましょ」


 同意に「ん」と小さく頷くマルスを隣に親父殿の友人が営んでいるっていう酒場を探そうと動き出す。

 通りすがりの人に店名を告げて道を訊きながら、目に入ってくる看板名を確認しつつ急がずゆっくりと石畳の歩道を進んでいく。

 互いに無言で歩くのも悪くはなかったけど、マルスの言っていた「あいつ」というのが何者なのか気になっていた私は思い切って訊いてみる事にした。


「ねえマルス、洞窟で言ってたあいつって誰のこと? 私を助けてくれたのはあなたでしょ?」


 すると彼は唇を引き結ぶようにして眉間を寄せる。

 ええと、訊いちゃいけなかった?

 それでも根気強く待っていたら足を止めてこっちを向いた。


「アイリス嬢、この先命だけは投げ出すな。あいつの死を無駄にしないでほしい」


 開口一番がそんな台詞だった。

 死……?

 決して穏やかじゃない内容に吐息が冷える。


「崖から落ちて来たあんたを本当の意味で助けたのは、あいつなんだ。僕の知り合いだった風の小精霊。あいつは崖下であんたを助けるために全力を使って、存在が消えた」


 風……の?

 ふわりと、虹色の夢の中で感じた心地よい風が思い起こされる。

 同時に、小人みたいな緑の少年の笑みも。


 ただの変な夢だと思ってたけど実はそうじゃないの?


 そういえばあの少年も助けたとか何とか言っていた気が……。


「マルスは精霊を使役してるの?」

「違う。ただの普通の……知り合いだった」

「ああ、友達ね」

「知り合い」


 あ、へえー。友達って呼ぶのが照れ臭いんだわ~。

 だけど彼の話は過去形だ。


「ち、因みにその精霊ってどんな見た目だった?」

「掌サイズで、緑色の髪と目をした神官みたいな服を着た子供」


 きゃ~っどうしようそれどう見てもあの子じゃないのよっ、どうしよう~~!!


 話を聞くに私のせいで力を使い果たしたっぽいのに、更に輪を掛けて私のせいで最後は不死鳥のごはんの足しにされちゃったなんて知られたら……命はない気がする。その長剣で斬られそうよ。


「そ、それじゃあ私はその精霊さんに心から感謝しなくちゃね!」


 マルスはその通りと頷いたけど私の心中は気が気じゃなかった。

 でもいつかはきちんと告げないといけないわ。

 だけど、今はちょっと……保身に走らせてもらおうかしらね~、ホホホホホ!

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