第27話 「お前さんこそ、ずいぶん『正式』ルールが身体に染みついてるじゃないか」
「いい感じじゃない」
グラブを持ったまま腕組みをしたビーダーは、軽い投球練習を始めたマーチ・ラビットに向かって声を投げた。
「嫌みかよ」
彼は露骨に嫌そうな顔をしてみせる。
付け焼き刃では、コントロールはなかなか定まらない。さすがに筋肉痛が起こるということは無くなってきたが、何となく身体全体に奇妙な違和感を感じるのである。
「そんなことないって。いい感じはいい感じっていうだけさあ」
「俺はなあビーダー、最初から思っていたけど」
「何?」
「絶対あんたは性格が悪いぞ」
そんな他愛も無い会話を投手二人が交わしているうちに、この急造チームの選手はベンチに勢揃いした。
「あれ監督、今日は呑まないんですか?」
と小柄な捕手のヒュ・ホイは何気なく訊ねた。監督は、ひひひ、と笑うと、こう答えた。
「勝った時のビールの味が悪くなるからなあ」
勝つつもりなのか、とそれを耳にしてマーチ・ラビットはつぶやいた。
「勝つつもりなんだろ」
とそれを聞きつけたビーダーはあっさりと言った。
「本気かよ」
「本気も本気、だろ。寄せ集めだろうが何だろうが、ただの使い物にならない連中を集めた訳じゃあないぜ?」
では一体この試合の目的は何だというのだろう。マーチ・ラビットはここは口をつぐむ。確かにビーダーはデモンストレーションだ、と言った。自分もそう思った。それは間違いではないだろう。
だがそれだけであるとは、彼にはとうてい思えない。
一つの試合をすることで、幾つもの利益を上げようとしている。そんな感じがした。
ただそれがどんな利益なのか、彼には予想がつかなかった。
デモンストレーション。全星域統合スポーツ連盟へのアピール。それは判る。
クロシャール社自体のアピール。客寄せ。あくまでベースボールはおまけで、主役はクロシャール社の食品。
今回のチケットは、基本的にはクロシャール社の商品のについてくるラベルを幾枚集めて、なおかつそれを送った中から、抽選で当てたものだ。だがベースボールのファンが、この星系で、そこまで多いものだろうか。
サンライズ自体は。彼らはこんな無名のチームと、いきなり試合をさせられて楽しいとでもいうのだろうか。
そして、自分達。
自分はともかく、他のメンバーは、一体何のために、このゲームにかり出されているのだろうか。
「仕事」と、自分の様に言われたにしては、実にその顔ぶれは多彩だ。
「お~は~よ~」
とテディベァルはユニフォームのボタンを真ん中の二つだけ止めた格好で、黒いバットを引きずりつつ、グラウンドへ上がって来た。
「眠そうだなあ」
「眠いのよ俺~育ち盛りだから~」
「……お前幾つよ……」
「みっちゅ~」
思わず聞き耳を立てていたマーチ・ラビットは吹き出した。
*
主審が、両チームに集合するようにと合図を送る。とりあえず先発メンバーである九人がダイヤモンドの中に飛び出した。
マーチ・ラビットはベンチの中で、その光景を眺める。彼は先発のストンウェルことエッグ・ビーダーの調子如何の、替え投手、という役割になっていた。
「だからまあ、くさるなよ?」
監督の声が背に飛ぶ。そういえば、とマーチ・ラビットはまだこの監督の名すら知らないことに気付いた。
ビジターの立場であるこの寄せ集めチームは、先攻するためにやがてベンチに戻ってきた。
『一番ファースト・ラゴーン』
放送席から、女性の声がドム全体に響く。格別な歓声が上がる訳ではない。
「放送してんの?」
テディベァルはぷい、と空を見上げて誰にともなく訊ねた。
「構内放送だろ」
その横に陣取ったスクェアが落ち着いた声で答える。実際この人が最年長なんだ、とマーチ・ラビットもビーダーから聞いていた。自称32歳の自分より、このスクェアと、ライトを守るペトローネという男が、年上なのだ、という。
その反対の年下のメンバーだが、最年少は捕手のヒュ・ホイであり、その次がテディベァルだった。小柄なヒュ・ホイは短い黒髪に細い黒い目を持ち、まだ少年と言ってもおかしくない様な体つきをしていた。本当にこの身体で自分の球を受け止められるのか、とマーチ・ラビットは心配した程だが、驚いたことに、タイプがまるで違う自分とビーダーの球を、少しの練習で捕りわけするくらいにまでなっていた。
「ん~ でも何となく俺、この声聞き覚えあるんだけどなー……」
「そりゃお前、ふられた女の子の声だなんて言うなよ」
そう言ってばん、と大柄になトマソンが背を叩いたので、テディベァルは思わず咳き込んだ。
「あれ、でもあの投手、俺知らないよー」
咳き込みつつもマウンドの方に顔を上げたテディベァルは首を傾げた。
「ああ、あれは二軍の選手ですよ」
ぱらぱら、とファイルを繰りながら、ミュリエルは口をはさんだ。
「二軍?」
ビーダーは声を荒げた。
「ええそうです。あれは二軍の投手ですね…… ヒューキンとかありますが」
どうやら彼の持っているファイルには、サンライズのチームデータが載せられている様だった。
「さすがだね、先生」
からかう様な口調でトマソンが言うと、じろりとミュリエルは眼鏡の下から相手をにらみつけた。
「ストラックアウト!」
主審の声が大きく響き、ラゴーンが戻ってくる。既に控えていたヒュ・ホイが続いてバッターボックスに入った。
「ヒュ・ホイの奴、小さいから、ストライク取るのが難しいんじゃねえ?」
へへ、とそう言いながらテディベァルは笑った。彼自身はこの日、五番打者にされている。実際、確かに小柄なこの打者に対し、投手はなかなかコントロールが定まらない様だった。
「お」
フォアボール、と主審の声が響く。ヒュ・ホイは細い目を更に細くして、一塁へと向かった。
『三番サード・ミュリエル……』
「おい先生、相手は二軍だ。容赦無く打っていいぞ」
ベンチから乗り出した監督はミュリエルに向かって、大声で叫んだ。ミュリエルははい、と穏やかな調子で返す。言われた二軍投手ヒューキンは、その口調が神経に障ったのか、一球目から外してきた。インコースすれすれの球は、彼の腹近くをよぎる。だがミュリエルはその球をよけもせず、平然とその球を見送った。
「うぉ、当たるんじゃないかってひやっとするよなあ」
「ばーか、当たればデッドボールでもうけものじゃねーの」
「あ、そーなのかい? うちの故郷ではデッドボールは無いもんだからなあ。ついついそんなものあるの、忘れちまう」
腕を大きく投げ出しふんぞり返ったテディベァルに向かってトマソンは言う。地域差か、とマーチ・ラビットはふとつぶやいた。
「結構さあ、そういうのってあるぜ」
つぶやきが聞こえたのか、ビーダーは腕組みと足組みをしながらマーチ・ラビットに顔を向けた。
「あるのか?」
「そりゃあまあな。何せこんだけ広い星域だ。『正式』ルールがちゃんと根付いてないことだってあるだろ」
「へえ」
「そういうお前さんこそ、ずいぶん『正式』ルールが身体に染みついてるじゃないか」
そうスクェアが言った時だった。コーン、と音が響いた。うぉぉぉぉ、と観客の側から声が湧く。
「おおっやった、ツーベースヒットだぜぇっ!」
思わずテディベァルは両手でこぶしを握りしめる。その間に一塁に居たヒュ・ホイは三塁に進んでいた。
「1アウト二塁・三塁か」
おっし、と四番のトマソンが、大きくバットを振り回してから右打席に入った。確かこの男は、練習の時にもよく打っていたはずだ、とマーチ・ラビットは思い返す。それも確か、スタンドに入ることが多かったような…… しかし練習と試合では……
マーチ・ラビットの危惧は無用だった。クァーン、と音を立てて、打球は弧を描いて、スタンドに吸い込まれて行ったのだ。
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