第25話 これは、誰だ?
「お、もう人が集まりだしてるぜ、マーティ」
球場の窓から身を乗り出したエッグ・ビーダーは、外の様子を見ると、口笛を吹いた。
「へえ…… だけど対外的には『練習試合』だか『招待試合』だろ? よほどサンライズは人気あるんだなあ…… この星系じゃ」
どん、と荷物をテーブルに置くと、マーチ・ラビットはつられる様に、窓際へと寄る。ビーダーは窓枠に寄りかかる様にして、彼の方を向く。
「まあね。あまりマトモなチームが他に無い、ってこともあるだろうけどさ」
「マトモな、ね。俺も試合をTVで見たことはあるけど、実力は相当なものだろうに」
「そこが、そこなのよ」
び、とビーダーは指を立てた。
「実際さ、このチーム、レーゲンボーゲンでも飛び抜けてる訳よ。ただ、だけど、実力があっても、全星域統合スポーツ連盟が認めない限り、リーグには入れない訳だ。それが最下位の№5リーグであっても、だよ」
「だけど、強いんだろう?」
「強いだけじゃあ、客は集まらない」
ビーダーの口元がひやりと歪む。
「プロ・チームはスポーツはスポーツだが、それと同時に、『見せ物』だからさ。客を呼んで、金を落とせないことには意味が無い」
「まあ、それはそうだが」
「あれ、反論はなし?」
「反論したって仕方ないだろう? 事実は事実だし」
ふうん、とビーダーは不思議そうな顔でマーチ・ラビットを見、なるほどねえ、と付け加えると窓際から離れた。
「それにしては、人気があるねえ」
「だから、人気はあるんだろう?」
「今回のチケットはどうやって出回ったか、マーティあんた知ってる?」
「俺がどうして知る訳があるんだよ」
彼は眉を寄せた。実際、自分が今回の件で知っていることなど、全くと言ってないのだ。「仕事」という言葉一つで、ずいぶん振り回されている、とマーチ・ラビットは思う。
正直、彼は「仕事」という言葉に弱かった。「マヌカン」のマスター・ウトホフトは、それを知った上で彼を使っているふしもあった。
彼自身、それに気付いてはいたが、だからと言って、断るだけの理由もなかったので、「仕事」は「仕事」として、今までこなしてきたのだ。生活もかかっている。働かざる者、食うべからず、なのだ。
だが今回の「仕事」はどうにもこうにも、いつものそれとは違いすぎた。
そもそも、「サンライズ」はともかく、自分の今回属するチームは、一体どんな名目で登場するというのだろう。しかも、オーナーたるブランカ・ヒノデ・クロシャール夫人の直接の口利きで。
単にビールの横流し、というだけではない。そんな単純なことではないだろう、と彼は気付いていた。
「ビーダー」
何、と呼ばれた男は、ユニフォームから半分顔をのぞかせながら問い返す。
深い紺の上着と、白地に同じ紺のラインが脇に入ったズボン。それが彼らがその日のためにあてがわれたものだった。マーチ・ラビットは何となく首を傾げながらも、それに腕を通していた。
「デモンストレーション、なのか? 今日の試合の目的は」
「あたり」
あっさりと当座の相棒は答え、頭を全部出した。
「何のデモンストレーションか、判るかい? マーティ」
「いや」
彼は素直に首を横に振る。
「どうも、全星域統合スポーツ連盟から、視察が入り込んでいるらしい」
「というと?」
「こないだのクーデターで、一応の政治的な決着がついただろ? この星系は」
「ああ」
自分もそのあたりには一枚かんでいたから、マーチ・ラビットも事情は判る。少なくとも、この試合の成立状況よりは。
「政治的不安がある地域は、危険度が高まるだろう? 渡航者が少なくなる。だからそんなところのチームをリーグ入り奨励なんてできない」
「それはそうだ」
「そういう星域のチームには、プロの称号を与えられない。連盟、というか、帝都政府はそういう方針だ」
「なるほど」
「その一方で、リーグに入っているチームに対して、そんな星域で、当地のチームと試合をしろ、と命ずる訳だ。こういう試合は、平和にならないとやれないんだぞ、という脅迫も兼ねてな」
「脅迫ね。わざわざ出向いてくれたってのは結構感謝すべきことじゃあないの?」
彼は軽く、言ったつもりだった。すぐ答えが返ってくるだろう、と思っていた。
「ビーダー?」
その手は、そぱの椅子を掴んでいた。指の先が、白い。
「冗談じゃ、ねえよ」
低い声が、それでも、はっきりと部屋の中に響く。彼は息を呑んだ。
「冗談じゃ、ねえんだよ!」
がたん、と床に思い切り押しつけられた椅子は、バランスを崩す。大きな音を立てて、床に転がった。
どうしたんだ、とマーチ・ラビットは思った。思ったが、それを口にすることができなかった。
倒れた椅子もそのままに、ビーダーは彼に背を向けると、着替えの続きを始めた。
マーチ・ラビットも仕方なく、黙々と自分の支度を続けた。このユニフォームは、アンダーシャツが半袖と長袖と二種類あった。使いやすい方を使ってくれ、と支給した側は言って配布した。
彼は白い半袖のアンダーシャツを中に着込んでいた。筋肉質の腕が、むき出しになる。ここ数日の昼日向の練習のせいで、腕が日焼けしかけていた。
「ずいぶんと、腕は白いよな」
「そんなことないだろ」
彼はほっとする。ビーダーは普通の口調に戻っていた。
「あんたさあ、顔と腕の差がありすぎるんだよ」
「それは俺の顔が黒いってことか?」
マーチ・ラビットはすかさず反論する。
まあそれは間違ってはいない。冬の惑星に居た頃の雪焼けの名残が、彼の顔と、それ以外の皮膚の色にやや差をつけているのだ。あの頃は、顔以外の皮膚など、そうそう外気にさらすことはなかった。だからと言って、別にそれを気にしたことはない。
彼はあの惑星に居た時期のことを、あまり辛いと思っていない自分に、時々気付く。
確かに最低の気候だったし、少し間違えば、死は隣り合わせだった。だが、そこはひどく単純で、判りやすい世界だった。死にたくなかったら、生きる。それだけで、それが全てだった。
だが今ときたら。
彼は苦笑する。何てこの世界は複雑なのだろう。
「いいんだよ別に。俺は面の皮が厚いって言いたいんだろう?」
「いや別に」
「何だよ、気抜けするなあ」
「あんた、ず太そうに見えるけどさ、そうでもないし」
「え」
さて行こう、とビーダーは帽子をかぶりながら、マーチ・ラビットの横を通り過ぎて行く。
そして、通り過ぎざまに、こうつぶやいた。
「まるで、ウサギの様だよ」
待てよ、と彼が呼び止めようとした時には、ビーダーは既に、扉の外だった。
仕方無いなあ、と思いながら、彼もまた、帽子を手に取る。ユニフォームと同じ紺色の帽子には、何のマークも無い。それをかぶってみるが、どうも慣れないものだから、少し心地が良くない。直してみよう、と鏡の前に立つ。
立った時だった。
これは、誰だ?
彼の中で、何かが鳴った。
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