お昼の騒動

 俺は別の通学路に迂回し、待ち伏せしていた宵宮さんを回避して学校にたどり着いた。


 教室はもう、すっかり朝の喧騒に賑わっている。


 自分の席に向かって歩いていると、おっぱい星人タナベが挨拶してきた。


「おー、おはよう。

 記憶は戻ったかー?」


 なんとも適当な聞き方である。


 ぶっちゃけあんまり興味なんてないのだろう。


「おー、おはよう。

 って、そんなすぐ戻るわけねーだろ」


「ははは。

 まぁ、そうだろうなー」


 いや速攻で戻ったんだけどさ。


 田辺をかわして自分の席につく。


 昨日は興味本位であれこれ聞いてきた同級生たちも、今日はもうなにも尋ねてこない。


 平和でよろしい。


 ◇


 そうこうしていると教室の引き戸が開かれ、宵宮さんが現れた。


 彼女は教室に入ったかと思うと、すぐに立ち止まり俺を凝視してくる。


「――ッ⁉︎」


 一瞬目があった俺は、反射的に顔をそらした。


 こえー!!


 なんだあの無感情な瞳は、めっちゃこえーって!!


 背中に視線を感じる。


 俺はバクバクとうるさく鳴る心臓を手のひらで押さえ、素知らぬフリを続けながら、横目で宵宮さんの様子をうかがった。


 ――⁉︎


 ……まだ俺をみている!


 しかも目ヂカラが半端ねぇ!!


 そのとき担任の教師がやってきた。


「どうした、宵宮ぁ。

 そんなところに立ってられたら、先生教室に入れないだろー」


 瞬きもせず俺を見つめていた宵宮さんの雰囲気が、いつもの柔和なものに戻った。


「……すみません、先生。

 あと、おはようございますぅ」


「おーう、おはよう。

 じゃあホームルーム始めるぞぉ。

 お前らみんな、席につけー」


 ホッと息を吐き出す。


 ひとまず難は逃れたようだ。


 でも俺は果たして今日一日を無事に乗り切れるのだろうか。


 とりあえず学校にいるうちは決して一人にはならないでおこう。


 そうすればきっと彼女も容易に近づいてこれない筈だ……。


 このときの俺は、まだそんなことを考えていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 キーンコーン、カーンコーン――


 硬質なチャイムの音色が校内に響き渡る。


 昼休憩の到来だ。


 俺は午前中、授業合間の休み時間は、ひとりにならない為にずっと田辺に引っ付いて過ごした。


 田辺は言った。


『なんだ越ヶ谷。

 俺に話でもあんのか?

 ……ははぁ、わかったぞ。

 さてはおっぱいの話だな!』


 やはりこいつはバカである。


 妙に納得した田辺は、休憩時間中ずっと飽きもせずおっぱいおっぱい喋り続けて俺を辟易とさせたが、それも宵宮さんから逃れるための対価だと思えば安いものだ。


「おい越ヶ谷。

 昼飯でも食いながら、おっぱいの続きでも話そうぜ!」


 今度は田辺のやつから寄ってきた。


「お、おう。

 いやおっぱいの話はもういいが、とりあえず飯は一緒に食べようか。

 俺は学食だが――」


 返事をしたそのとき、別の声が俺たちの会話に割り込んできた。


「越ヶ谷くーん」


 ――⁉︎


 宵宮さんだ。


 宵宮小夜子が、こちらに声を掛けてきたのだ!


「越ヶ谷くん、学食なのね?」


 な、なんだ?


 どういう意図だ?


 まさかみんなのいるこの教室で、あの本性をさらけ出すつもりではあるまい。


 俺は慎重に身構えながら返事をする。


「あ、ああ……。

 が、学食だけど、それがどうかし――」


「わぁ、ちょうど良かったー!

 あのね、あのね。

 私、今日、越ヶ谷くんのお弁当も用意してきたんだぁ。

 手作りのやつだから、味の方は保証できないんだけどね。

 ふふ。

 でも早起きして、がんばったんだよぉ?」


「――ぶふぉ⁉︎」


 思わず吹き出した。


「ね、ね、越ヶ谷くぅん。

 だ、か、らぁ♡

 一緒にお昼ご飯にしない?」


「ふぁ⁉︎

 お、俺と宵宮さんが、一緒にぃぃぃ!!!?」


「うん!

 そう!」


「いやいやいやいやいやいやいや……!!!!」


 宵宮さんがにっこりと笑顔を向けてくる。


 その直後に、はにかんだように笑みを浮かべてからうつむいた。


 彼女はもじもじしながら頬を朱に染め、上目遣いで恥ずかしそうに俺を見つめている。


「越ヶ谷くぅん……。

 私と一緒にお昼ご飯食べるの、いやかな……?」


「ぐはっ……!」


 可愛い……。


 正直めっちゃ可愛い……!


 ぶっちゃけ可愛すぎる!


 紛れもなく学校一の美少女である宵宮さんが、ぽっと頬を赤らめておねだりしてくるんだから、その破壊力は相当なものだ。


 だがしかし、俺は彼女の本性を知っている!


 宵宮さんが逝っちゃってることを、この学校で俺だけが知っているのだ!


「……え?

 お、おい……」


「さ、小夜子ちゃん?」


「え、宵宮……?

 なんで、越ヶ谷?」


 教室がざわつき始めた。


 そばまで寄って来ていた田辺も、俺の顔と宵宮さんのおっぱいを交互にキョロキョロ見ながら目を丸くしている。


「ど、どうなってんだ⁉︎

 お、おい越ヶ谷!

 なんでお前が、俺たちのアイドル宵宮小夜子と一緒に飯食う話になってんだよ⁉︎

 しかもお前、ベベベベ、弁当を作ってって……!」


「し、知らねぇし!

 俺だって知らねえし!!」


 あわあわしていると宵宮さんが歩いてきて、俺の手を握った。


 クラス中から「わっ!」と歓声があがる。


「さ、お昼食べにいこ!」


「え⁉︎

 ちょ、ちょっと待っ――」


「待ちませーん。

 はやくしないと昼休憩の時間なくなっちゃうよ?」


 甘かったぁー!!


 俺が甘かったぁぁぁぁぁぁ!!!!


 学校にいても一人にならなけりゃ大丈夫なんて考えた俺が完全に甘かった……!


 逃げ場などない。


 完全にロックオンされてるじゃねーか!!


「どうしたの?

 越ヶ谷くん、はやくぅ。

 …………………………………。

 ………ね?」


 宵宮さんから逆らえない圧力を感じる。


「…………は、…………はい」


 俺は冷や汗をダラダラと垂らしながら頷いた。


「くそぉ!

 なんで越ヶ谷なんだよ!」


「死ね!

 死んでしまえ、越ヶ谷!」


「ブーブー!」


 教室中の男子から、引っ切りなしにブーイングが飛んでくる。


 ちくしょう、こいつら!


 俺の気も知らないで……!!


「…………さぁ、行きましょうねぇ。

 私の可愛い豚ピグレット……。

 美味しい餌を与えてあげる」


 宵宮さんが誰にも見えないようにして、悪い顔で嗤う。


 こうして昼休憩の俺は、どこかに連行されることになった。

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