『異世界の魔法試験』
「それではこれより魔法試験を始める。番号を呼ばれたものから順に行うように」
魔法を適切に扱えるかの試験がついに始まった。俺はこの日をずっと待ち望んでいた。
俺は異世界転生者だ。生前は魔法など存在しない世界で過ごしていたが、どういうわけか、魔法の世界に転生したのだ。
この世界での俺は明らかに他の人と違う部分があった。それが愉快でたまらなかった。魔法を使うには魔力が必要なのだが、俺はその魔力が人一倍どころか、十倍百倍多かったのだ。してやり顔で、「俺、何かやっちゃいました?」と言えるし、「おかしいって、弱すぎるってことだよな」とも言えるのだ。
この試験はそれをするに十分すぎる内容だ。試験官が用意した球体の岩に穴を開ける、というものだ。穴を開けるための手段、方法は考慮されない。つまり、大きな火力の出る魔法で無理矢理明けても構わないし、何か物を高速回転させてドリルのようにして開けても良い。
「試験番号一〇三一。前へ」
「はい」
俺の番号が呼ばれた。大きな岩の前に立ち、杖に魔力を込める。
正直に話せば、この時に込める量を調節することは苦手だ。それは魔力が多すぎるせいである。
両腕で抱えなければ持てないような、巨大な円筒型の容器があったとする。その中に大量の水が入っていて、それを持ってコップに水を移そうと試みたとする。この際、円筒型の巨大な容器は持てる前提でいてほしい。
注ぎ口の無い筒から、少量の水だけを出してコップに入れるのは至難の業だろう。つい傾けすぎて、水がコップから溢れすぎてしまう。これが唯一のデメリットだろう。
だが、たとえそれでもコップに水は入る。そして溢れたとしても、俺にはまだまだ有り余るくらいの魔力が残る。この世界で生活していくには、然したる問題ではない。
「一〇三一、始め」
試験官の声に合わせ、俺は魔力を杖に込める。ある程度は、周りへの影響も考えて出力を頑張って抑えてみる。そうしてでた火球は、それでもやはり大きなもので、岩を粉々に破壊してしまった。
「う、嘘だろ!?」
「お、おかしすぎる……」
他の受験者が口々に言う。俺があのセリフを言える時が来た。
「おかしいって、魔力が弱すぎるってことだよな?」
「違う! 強すぎるんだよぉ!」
期待通りの反応が返ってきて、俺は満足だ。試験も無事合格だろう、ここから俺の異世界転生ライフが始まるのだ!
「ふむ。受験番号一〇三一、不合格。次、受験番号一〇三二、前へ」
「……は?」
耳を疑った。あれだけの火力を見て、あれほどの威力を目の当たりにして、溢れるほどの魔力を体感して、それでいて俺が、不合格だと?
「ま、待ってください試験官。俺が不合格って……」
「他の受験者の邪魔だ、君は早く下がりなさい。不満があれば、試験後聞く」
俺はそう言われて、渋々下がった。周りの視線が、痛かった。周りを見たくなかった。
数時間後、全員の試験が終わった。不合格者はまあ、俺以外のも当然いたが、それでも俺自身の不合格には納得いかない。試験官の言う通り、試験終わりに不満をぶつけに行った。
「試験官! 何故俺が不合格なんですか。見ましたよね、あの火力!」
「ああ見た。凄まじいな。今回の受験者の中では、一番魔力の蓄積量が多い」
「そ、それなら何故……」
「お前、今回の試験内容をもう一度言ってみろ」
「え?」
急に聞かれて、戸惑いながらも答える。
「岩に穴を開ける、ですよね」
「そうだ。で、お前はどうした」
「岩を壊しました」
「そうだ。だから不合格だ」
「ちょ、理不尽ではないですか! 何がいけないんですか!」
「俺はな、岩に穴を開けろと入ったが岩を破壊しろとは言ってないだろ。試験の内容にそぐわない、自分の魔力の調整もろくにできない、そんな奴を合格に出来る訳ないだろ」
「な……」
「いいか。お前、料理で肉焼くとき、適切な火加減で焼くから肉は上手くなる。お前は、焼けって指示を受けて、食えないほど燃やしてるのと同じなんだよ」
「……」
「仮に町に怪物が襲い掛かってきたとして、調整もろくにできないお前が魔法をぶっ放して、町全体が吹き飛んだとしても、怪物は倒せたので問題ありませんって言うつもりか?」
「……」
「俺はな、お前みたいな、過度に力も持ち過ぎた『転生者』が易々と世に出ない為にここで試験官をしてんだ。分かったら来年の試験までに、きちんと出力を調整できるよう訓練して来い」
腹が立ってきた。なぜ俺がそのような仕打ちを受けなければならないのか。これほどまでに扱える魔力が多いのに、ただ調整がきかないだけで、一年間も無駄に過ごさなければならない。
その時気付いてしまった。この魔力があれば、この世界の征服などたやすいだろう。そうだ、俺こそがこの世界の魔王となればいいのだ!
俺は背を向けた試験官に向けて、魔力を静かに杖に込め……。
それは突然であった。俺の意識が薄れてきた。魔力の込め過ぎか? いや、頭から違和感がある。額から、何か生温かいものが伝っている。
「いるんだ、お前みたいにそういう余計なことを考える転生者が必ず。一年もあれば、同じ転生者である俺みたいに、人に気付かれないよう額を射貫くレベルまで出力を抑えることができたというのに」
「ア……」
「悪いが、お前のこの世界での生活でここでおしまいだ。二度と、ここには来るな」
そうか、試験官も、異世界転生者だったのか。知っていたのだ、魔力を適切に扱えないものの末路を。だから不合格にしたのだ。従えばよかったのだ。だが、俺はそれが不服だと思ってしまった。もっとよく話を聞けば……。
後悔、先に立たず。俺の意識はしばらくぼんやりと残ったのち消えた。俺の転生に、二度目は無かった。
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