アンドロイドグリード 〜クールなお姉さんは、使命反乱者を許しません〜
物部イサク
第1話 目覚め
次の足場の踏みどころが分からないほどの鬱蒼と茂った草木の中を僕は歩き、空を見上げても仄暗く、無差別に降る灰色の雨が服をじんわりと染めていく。
「あと少しで使命を果たせる」
ふと、口元から漏れる一言がこの世界で生きている証、これから過去に変わる。
何故なら、使命に服するのは、この世界ではないからだ。
「この木がちょうど良さそうだ」
僕は、自分の体重を支えてくれそうな丈夫な枝を四方に突き出した木を見つけ、持ってきた先端を結んだ縄の輪っかを掛ける。
そのぽっかりと空いた口を目指して木を登り、そして頭を差し入れ、自身の半分を支えていた手を堅強な腕から離し、束から弾けた繊維の痛みと圧迫を感じながら、この世界から旅立った。
〜〜〜〜〜〜〜
最初に覚醒したのは、聴力だった。暗闇の中に規則的なローター音が耳へ強制的に入り込む。
目蓋を開けた矢先、窓から差し込む赤い光が両眼を襲う。反射的に右腕で遮るが、夕陽は、暗闇を囲って通り越す。
「起きたか」
ローター音の隙間から抜けてきた低い声の方向に顔を向けると、1機の男が立ちあがり、こちらへふらつきながら歩いてきた。真ん中を残し、両側を剃った厳つい髪型で防弾ベストを着こなした典型的な戦闘型、だが、夕焼けで左腕だけが照り輝いている。
「今、我々はヘリに乗っていて……あぁ、これか。これは、第二世代型で拡張性に優れてる」
彼は、私の視線に気付いたのか、状況を説明した後にその簡素な作りの腕に装備した杭撃ちを自慢げに見せて一呼吸を置き、本題を突き付けた。
「執行指揮官から命令だ。使命反逆を行っている機体が発見された。そいつは、再三の警告に従わずに暴走状態にある」
「それで、そいつをどうしろと?」
「自分の使命を果たせ」
その答えは、言うに及ばないものだったが、なんと力強い言葉だろう。
彼が自分の席に戻るのを見送り、私は、自分の蒼い毛髪を触りながら窓の外を見下ろす。
半壊して所々に鉄骨が顔を出すビルが所狭しと列を並べ、瓦礫が無人の道路を塞いでいた。
「我々の創造主は絶滅したよ、確か48年前くらいだったかな」
物陰からの声が私の無言の疑問に応えた。左腕を銀色に輝かせて。
「創造主達だけじゃ無い、従順な同機らの過半数以上が壊滅した。あの大破壊によって、この世界は機能を停止しつつある」
「大破壊」この言葉を聞いて不快感を表さないものは少ない。使命執行部の実験機が暴走し、この荒廃を創り出して、それを食い止められなかった私も凍結処分になった。そして、その元凶である実験機は、私の唯一無二の友人だった。
「あれ以来、馬の首を失ったケンタウロスは、残った足で走り続ける事しか出来なくなった」
そう呟くと、彼は、自分の頬を拳に付けて塞ぎ込んだ。
「目標地点に着いたぞ‼︎」
突然、ヘリパイロットの激声が機内に響き、先程の会話は断ち切られると同時にエンジンの回転が下がっていく。
「処分する機体の詳細は降りてから話そう」
気がつくと彼は首を私の方に向けながら、後部ハッチで地に足を付ける準備をしている。
「わざわざ、着陸を待つ必要は無い、そこを退け」
「あと数分ぐらい待てないのか、この高さで落ちたら、いくら君の丈夫な骨格に守られていても駆動部を故障する可能性があるぞ」
彼は、私の突飛な考えを真っ向から否定するが、舐められては困る。そして彼は矢継ぎ早に発言する。
「いいか、一度破損したら、お前もあの異常な行動を起こした実験機と同じで各部のリペアは無いんだ。コアを破壊されたら最後、二度と再起動する事は不可能だ。テレビゲームの様にセーブやロードは存在しないし、データを消去してnew gameとはいかない。」
彼の連射砲を横に受け流し、パイロットに無言で合図を送ると、後部ハッチが展開して乾燥した空気が勢い良く入り込み、私は靡く自分の蒼い髪を片手で抑えながら空に向かって行った。
「あのバカ」
罵る彼を横目に飛び出した私は、左膝と右腕で硬いアスファルトの上に降り立ち、白一色の平坦な壁で囲われた建物の屋上で彼がのろのろとヘリの中から出てくるのを見たが、その男は、黒い刀を持ちながら頬が緩んでいた。そして、その刀を私へ差し出した。
「手ぶらでは使命を全う出来ないぞ。これが必要だろ?」
私は、彼と言葉を交わさずに刀を受け取り、鞘から刀身を引き晒す。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は、マーク•ウィリアム。お前と使命反乱機を食い止める役割を負っている。そしてお前の事は把握済みだ」
今度は、彼の話を黙って聞く事にした。だって、自分から口を開く手間が省けるじゃない。
「アリス•エヴァン、ヴィヴィアン計画を遂行する為に造られた最後の機体で……」
「して、ウィリアム隊長殿、今回の標的は如何様で?」
まさか彼がその計画まで知っているとは思わなかった私は、つい彼の言葉を遮ってしまった。
「マークで良い。それで標的の特徴は、この工場で金属加工を使命としていたが、突如、側辺の壁に絵を描き続ける様になってしまった。」
そもそもここが工場で、稼働している事に驚いたが、この工場以外の世界を知るはずがない機体が絵を描くのは、お笑い種だ。
「では、直ぐに向かう事にしよう。マーク隊長」
彼は、相槌を打ちながら屋外のドアを開けて、私に入ってくる様にと手招きをしてくる。それ合図に工場内部に潜入し、埃だらけの階段を下りて行った。
工場の中は、キューブ型の金属を運ぶレールで敷き詰められて足を踏み入れる隙間が無かったが、ある場所だけ、広かれた空間があり、そこに一機だけが壁に手を向けて上下左右に動かしていた。
この停止寸前の世界の足を引っ張る機体、そう思うだけで自然と体が対象へ動く。
「おい待て!」
隊長の制止を振り切り、使命反乱機のいるフィールドに侵入すると、ずんぐりした体型を私の方へ振り返った。
あの四角い金属を潰す為の肥大化した右手の先は、より細く線を描く為なのか指先が裂けていて、殴られたら一溜りも無いだろう。
私は、剣先を対象に向けるが、相手は自分を見るだけで何もしてこない。お互い隙を見つけようとしているのか、しかし、その沈黙は、棍棒の様な腕を振って破られた。
大きく振られた腕を刃で受け流し、懐に入り込む……そして、その寸胴を貫こうとしたが、堅くて傷を付けることさえ困難であり、その間に相手の腕が振り下ろされ、体が勢い良く地面に叩き付けられた。
すぐさま二発目の攻撃を仕掛けてくる事が分かったが、立ち上がれずに万事休すかと思いきや、彼がブローを受け止めてくれた。
「何をしている!気を抜いたら壊されるぞ!」
喝を受けて、すぐ起き上がって形成を立て直す。
「やはりレプリカの刀では力不足だったか、だが、お前本来の力を出せば、アイツのコアを壊す事が可能だろう」
私は、彼の言う通りに体内の戦闘用魔力を左手に集中し、その手の平で刀を拭うと高熱の刃が姿を現し、振る度に赫う。
「先に俺がアイツの胴体に杭を叩き込む!その後にコアをぶっ壊せ!」
彼は、相手の叩き付けを跳ね返し、左腕の杭打ち機が轟音を鳴らして、瞬く間に相手の体を打ち開ける。
それを号砲にして、身を乗り出し焦げ付いた臭いと黒煙が上がる穴に刃を突き刺す。
コアを破壊された使命反乱機は活動を停止し、そのまま私も意識を失った。
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