第3話 マダムに提示した表向きの仕事
「いきなりそれか?」
彼は至近距離で自分を見おろす同僚を軽くにらむ。
「お前さんスキありすぎんのよ」
そういう意味では、こいつは曲者だ、とつくづくGは思う。もう既に連絡員の手は、解きかけていたタイに手が伸びていた。
「つくづく思うけど」
Gは呆れ半分につぶやく。
「何でお前、俺としたい訳?」
「何で、って。楽しいじゃない」
「いいけどさ」
ふう、と彼はため息をついて軽く目を閉じる。嫌いではないのだ。何はともあれ悪い気分ではない。
だが。
「……お前さあ、何でそう……」
荒い呼吸の合間あいまに彼はやや苛立たしげにつぶやく。
「何?」
平然と答える声。何だか苛立たしい。積極的にどうこうするつもりはないから、その立場に在るのは自分のせいではあるのだけど。
「俺ばっかり――― ずるい」
「だから何が」
「……」
声にはならない。
何でこいつの身体はこうも冷たいのだろう。彼は思う。いい様になぶられ、せき止められ、押し流され、そしてかきまわされる。
自分ばかりが、一方的に熱くなっている。
何となく口惜しい。腹立たしい。
とは言え、その立場をこの曲者に対して逆転させようという気はない。ただしゃくにさわるのだ。最初に相手をした時に、自分に本気でないと指摘しただけに。
確かに敵ではないのだからその必要はないのだけど。
「だから、何がずるいのよ」
「―――俺ばっかり熱くなって」
「あ、冷たい?別に熱くしてもいいけどさ」
「そういう問題じゃ」
ない、という言葉は相手の中に呑み込まれた。
*
マダムに提示した表向きの仕事は、翌日から始められた。
彼女が彼らに依頼したのは、ごくごく最近見当たらなくなった宝石の捜索だった。結構大きなエメラルドだという。
警察に頼めばいいのではないか、と話を聞いた段で彼らも一応常識的なことを口にしてはみたのだが、どうやらそうするのにはまずい話らしい。
「当初は、私が間違えて部屋の中の何処かに置き忘れたのかと思ったのよ」
老婦人はキムから贈られた人形をいとおしげに撫でながら穏やかに説明した。
「だけどそうではないみたい。この子達にも一所懸命捜させたのだけど」
そう言って彼女はオデットとオディールという名の二人の少女の方を向いた。ネガポジの少女達は同じポーズで、次の主人の命令を待っているように見えた。
「この子達は優秀な家事型よ。この子達がこの部屋の中のことで知らないことはないわ。その二人が二人ともこの部屋にはない、って言うのですもの」
その言葉から、どうやらこのネガポジ少女達は生体機械であることが二人には判った。
「外で落としたということは?」
「いいえ。私宝石は、外へは持ち出しませんの」
「では」
「盗まれた、ということじゃないかしら。あれは結構大きいし」
おっとりと彼女は言う。
「どのくらいの大きさですか?」
「そうね」
老婦人は、頬に手を当て首をかしげると、オデットの方に合図する。オデットはグランドピアノの上に無造作に置かれていたガラス瓶を持ってきた。
キャンディボックスだ、とGは思った。その中から彼女は大粒の一つを取り出した。
「だいたいこのくらいかしら。昔むかし、私が夫からもらったものなのよ」
「それは大切なものですね」
「ええとっても」
マダム・カーレンはゆっくりとうなづいた。
そして二人は捜索を始めることにした。
とにかくまず彼女の動きを見定めるという必要があったのである。そこから次の行動を見いださなくてはならない。
彼らの指令は、そういう性質のものだった。
下部構成員に与えられる指令と、彼ら幹部に与えられる指令には差がある。はっきり言えば、幹部格になればなる程、その指令の内容は曖昧で抽象的になっていく。
その違いは、そこに考える必要があるかどうか、である。
下部構成員への指令は、行動自体が簡単なものであれ、厄介なものであれ、明確である。
「**公会堂に時限爆弾を仕掛けよ、その際にはきちんと市民に退避のために○分前に放送を流しておくこと」の様に、内容の是非はどうあれ、行動の手順ははっきりしている。
無論幹部幹部と言っても、いろいろある。
Gやキムが属するのは、盟主直属のものであり、いわば、最高幹部の部類に入る。彼らはその指令に応じて、下部構成員を動かせる立場にもあるし、また単独行動も許される。中佐など単独行動のいい例である。
そして最高幹部の下にも幾つかのランクがあり、そこにはそれなりの呼ばれ方をする中級幹部や幹部候補生が居る訳である。つまりGはそんな間をすっ飛ばしての抜擢なのだから、彼が戸惑ったのも無理はない。
だが何はともあれ彼は今その立場にある。否が応でも、与えられた曖昧な指令に対して、自分の頭で考えなくてはならない。
盟主は相手を潰すもよし潰さぬもよし、と言っているのだから。この言い方は一見優しいようで、実のところ相当に過酷であるとも言える。責任を彼の肩にも乗せているのだから。
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