第29話 俺の相棒

 ――なんてヤツだ。


 ソロモンはそう口に出そうとして、声にならない声を呻くように漏らした。

 軽装備の上から全身を貫くような衝撃に吹き飛ばされ、地面に粘り付くように倒れている。全身に鈍い痛みが駆け回りすぐには立ち上がれない。


 先程まで立っていた場所はひび割れている。


 痛みに耐えながら絞り出すように思考を続ける。ソロモンにはこの攻撃の正体に心当たりがあった。


 引き摺るように右手を近づけて、手首に付けた魔力感知器並びに分析器を確認する。先程までは何の反応も示さなかったが、今は明白な反応があるのが見てとれる。朦朧としかけた意識を無理矢理繋げて、分析器の反応から心当たりの答え合わせを行う。


 ――初めて見るが……間違いなく『魔力照射破壊』だな。


 魔力は他の力に変換されやすい性質を持つ。特に熱エネルギーに高効率で変換されやすく、次いで光エネルギーに変換されやすい。よって魔力の素質がある人間等が大気中に魔力そのものを放出しようとすると、大抵は急速に熱エネルギーに変換されるわけだ。


 しかし放出されて物体に当たると、魔力そのものが瞬間的に全て物理的な力に変わるという性質もある。尤も熱や光に変換されなかった分が変わるから、基本的に周囲の影響は極めて小さくて、普通はそんなに気にしなくても良い。


 但し魔力量が極端に高い場合や、放出された魔力が何らかの理由で別のエネルギーに変換されないまま物体に当たる、といった場合は別。衝撃波か強力な圧力が発生し、周囲を破壊してしまう。


 魔力照射破壊の事は魔装工学を学んだ際にエウリーズ達から教わっている。特に魔装兵器の研究をする技術者達の間では有名な現象だってな。


 そういう現象があることが分かっていても、それを用いた実用的な攻撃魔法の技術も兵器も存在しない。魔力量を増やしても魔力が別のエネルギーに変換されないまま大気中を通過するなんて本来有り得ない事。


「感知器は現実的な魔力量を示している。量で押し切っている訳じゃ無い。有り得ない事が起きている、いや起こしているらしい」

 専門家達が研究をしても届かなかった攻撃魔法を、ランガートルは使っている。


「とんでもない隠し球だ。どういう原理で理論上の攻撃魔法を使えるんだよ……」

 口の中に広がる嫌な鉄の味を飲み込みながら、青白い光を放つ巨躯を力なく睨む。光は僅かに弱まった様に見える。


 離れていたヴィクトルはランガートルの側面から頭部へ接近。狙いは指示通りの眼球。左前足の付近から見上げるような形で盾の裏側に装備された射撃武器を構える。


 ランガートルももう一人の敵には気が付いている。眼球だけ動かしてを捕捉すると、再び青白い魔力の光線を発射した。ヴィクトルが引き金を引くよりも早い。


 胴体に直撃し発生した衝撃が鎧の内側にある骨の本体に伝わる。重さと引き換えの頑丈さを持った鎧はこの一撃に対しては無力。


 叫び声の一つも上げずに吹き飛ばされる相棒をソロモンは見た。一年足らずの戦闘経験も非生物が故の強さも纏めて消し飛ばす強力な一撃。


 ランガートルは首を大きく振りながら叫んだ。それは勝利の咆哮か、或いは怒りの雄叫びか。


 ヴィクトルがやられた……。次は俺か……。


 僅かに引いてきた痛みを抱える体を、殆ど気力だけで持ち上げる。両足に力が入りきらずに中腰の状態で揺れる。

 叫びを上げるランガートルの巨躯の光がまた強くなる。次発が秒読み状態の証拠で間違いない。


 何とか回避しねぇと次で本当にあの世行きだ。


 気合いで強引に足を動かす。正対するランガートルに対して横方向へ逃げる。先程までの動きの良さは無い。


 次発が発射された。左側面、巨躯を支える左前足の上方、青白い筋状の光が三本交差する部分から魔力の光線がソロモンへ向かって来る。


「グアァァァァァァァァ!!!!!!」

 直撃は避けられたが近くの地面に着弾し爆音を轟かせる。再び吹き飛ばされ、固い地面に何度もバウンドした。押し潰すような圧力で呼吸が止まりそうになる肺を、生存本能で何とか保たせる。


 無理矢理体を動かす気力すらも消えて無くなってしまった。いっそ意識を失ってしまえばまだ幾らかは楽だっただろう。


 吼える巨躯をピントが合わなくなってしまった目が映す。怒り狂っているのか、何度も地面に足を叩きつけている。その振動が地面を伝わり、肌に触れる。


 全身からあらゆる力が抜けていくかのように、若しくはいきなり体重が何倍にも増えたかのように、その場から動くことが出来ない。

 青白い光が、また強くなっていく。


 ――今度こそ終わり……か……。ま、俺にしては良くやった方だと、そう思い込むことにしよう。


 立つという当たり前の行為が出来ない。両腕にも力が入りきらず、這うことも出来ない。辛うじて首と指が動くだけ。


 それでも、前へ進もうとする。逃げようと足掻く。無様にもがく。僅かでも離れる為に。あの攻撃魔法から逃れる為に――。


 轟く咆哮が止み一瞬の静けさの後、魔力の光線が発射された。思わず目を瞑る。

 爆音がソロモンの耳へ届く。衝撃は届かない。目を開けば四、五メートルくらい先に着弾の痕跡があった。


 そこに立ち上がる影。幾らか凹んだ鎧を着込み、左手には汚れた盾を持つ者。

 不死の使い魔。ハイスケルトンオメガ・ヴィクトル。主であり自分の事を相棒と呼ぶ少年の為に、自ら壁となって魔力光線を防いでいた。


 断続的に咆哮を上げる巨大魔物ランガートルと一歩も動けないソロモンの間に立ち、盾を構える。そして一歩も動かない。

 青白い光が強くなっても、決して引かない。


 次の一発が発射された。それを真正面から受け止める。爆音の後吹き飛ばされ仰向けになるが、すぐにゆっくりと立ち上がる。


「ヴィクトル、お前……」

 ヴィクトルは振り返らない。ソロモンを一切見ない。庇う位置で盾を構える。


 怒り狂ったように叫び続けるランガートルから発射される魔力光線を、ただ受け止め続ける。何度撃ち込まれても、同じ動きを繰り返すカラクリ仕掛けのように立ち上がり、盾を構え続ける。


 そんな命令を与えてはいない。それでも壁となってソロモンを守る。ダメージ量を自己修復の速度を上回り、修復が間に合っていなくても壁になり続ける。


 左腕の破損。右腕に盾を持ち替えて構える。

 右足の破損。引き摺るように歩く。

 左半身の破損。脊髄は無事、まだ動く。


 黒い仮面にヒビ、内側の頭部にもヒビ。まだ相手は見えている。

 左足も破損。這ってでも前へ。まだ動く部分を駆使して主を守る壁を続ける。


 それも終わりが来た。合計で十二発の魔力光線を受けて、遂に破損度合いが許容量を超えてしまう。ヴィクトルは完全に停止した。

 けれどもヴィクトルは決して無意味な行為を続けていた訳では無い。


 ――否、無駄だった事にはしない。絶対にだ。


「すまねぇなヴィクトル。守ってくれてありがとう」

 ボロボロになって倒れているヴィクトルを見下ろす。ソロモンの全身に力が戻っていた。


「俺はまだ戦える。戦えるんだ」

 自分自身に暗示を掛けるように口に出す。痛みが全て消えた訳では無い。けれども相棒が作ってくれた時間は、ソロモンを奮い立たせ再び立ち上がらせるに十分であった。


 ブロジヴァイネは手元に無い。魔装弓は矢が尽きて、異世界式ハンドガンは一発目を食らった時に無くしてしまった。手元に残った武器はナイフが一本。


 いや、まだ武器はある。


「借りるぜヴィクトル」

 倒れている相棒の盾に触れる。がっちりと握られた手が緩む。盾を持ち上げれば、ヴィクトルの右手は握りこぶしになり親指を上げた。


 ソロモンは笑う。恐怖なんてない。どれだけ強大に見えても勝てるとしか思えないし、負ける気配なんて微塵も感じない。


 それは元の世界でいつか味わった高揚感。仲間と共に野球をしていた時の一体感。それを胸に盾の持ち手を、利き手とは反対の左手で握る。


 盾の裏には射撃武器が装備されている。それを使う為には利き手である右手で持った方が扱いやすそうだが、左手で持たなければならない。

 射撃武器は形状と構造上、右手では構えた時に上下が反転して照準器が使えなくなり、引き金を引きにくいからだ。


 元々盾は利き腕と反対側の腕で扱うものであり、ヴィクトルはソロモンと同じ右利きだ。

 安全装置は外された状態だった。試しに地面へ引き金を引けば、空気が弾けるような発射音と共に撃ち出された金属弾が、足下の岩場の地面に突き刺さる。


 人工魔石から供給される魔力を使って空気を圧縮し、その圧力で針状の金属弾を発射する魔装ライフル。ライフリングが施されたロングバレルと、大型発射装置による非常に高い内部圧力で、火薬を使った弾薬と比べても遜色がない威力と射程と命中精度を併せ持つ。盾に装備して使う為防御時の衝撃対策もされている。


 ソロモンがエウリーズ率いる技術者集団と造り上げた最新鋭の兵器だ。


「よし故障はしていない。弾も残っている。大きくて重いが動き回れないほどじゃない。使えるぞ」

 分厚い外殻を貫通することは無理。しかし狙える場所は分かっている。


 巨躯を睨みつける。ソロモンとランガートルの視線が交差する。


「唸っているが……さっきよりよりも弱々しく見える……」

 巨躯の体に浮かぶ青白い筋状の光が消えていく。首を下げ動きが止まる。


 攻撃魔法の兆候が消えた、チャンスだ!


 巨躯の側面へ駆ける。意外と重い盾を両手で持ち唯一の弱点を狙いにいく。それは堅く分厚い外殻に守られていない器官、眼球。


 魔装ライフルを構え引き金に指を掛ける。動きを止めた巨躯の頭部へ照準器を合わせる。


「当たれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

 引き金を引く。空気が弾けるような発射音と共に金属弾が撃ち出される。反動で狙いが少しズレる不慣れな手付き。針状の金属弾は真っ直ぐに空気の壁を突き抜けて進む。


 今度こそ命中。眼球に突き刺さり再び吼える。それはすぐに弱々しくなっていく。

 巨躯を支える左後足が折れて全体が傾く。体重が掛かりすぎたのか、やや遅れて左前足も折れて更に傾く。


 ソロモンは素早く後退。距離を取る。


 ――決着の時が来た。


 横転した巨躯は藻掻くように両足と体を揺らすが、それはすぐに止まった。この場に静寂が満ちる。


 コツン、と何かが右足のグリーブに当たった。――折れた剣だ。


 拾い上げる。根本付近から折れているが、これはブロジヴァイネだ。幾らか黒い剣身が残っている。


「お前のお陰か、ありがとよ相棒」

 尻餅をついて、仰向けに転がる。青空が見えて、自然と目が閉じる。


 全ての力を使い果たして、ソロモンの意識は沈んでいった。

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