第2話 娯楽を作ろう

 大宴会の夜が明けて迎えた朝、食堂のテーブルと調理場は綺麗に片付いていた。料理の残りは幾つかの大皿に纏められて埃除けの蓋が被せられている。床面も丁寧に掃除されていた。


 ヴィクトルが一晩でやってくれました。


「ありがとなヴィクトル。本当に助かってるよ」

 いつもの時間に食堂に入ったソロモンは、椅子に座っていたヴィクトルに礼を言う。親指を立てて返事をした。


 朝食は宴会の残り物を加熱器で暖めて、焼き立てのパンで挟んで食べた。これでも美味しい。


 ベルティーナお嬢様がこれにどういう反応をするのかを出した後に気になってしまったが、それは杞憂だった。不服そうな顔も嫌そうな顔もせずに、小さく開けた口で頬張って平らげ、美味しかったという感想が返ってきた。


 ソロモンとベルティーナ、使用人達以外は朝食の席に現れなかった。理由は明白だ。


「エウリーズさん達、飲み過ぎてたし、こりゃまだ部屋で寝ているな。昨日遅くまで飲みながら遊んでたからな」


 テーブルの端に『遊戯札』のセットが置いてある。元の世界でいうと『トランプ』の枚数が少ないもので、複数人で遊ぶゲームの定番だ。良く賭け事にも使われている。昨晩はソロモンもルールを教えてもらいながらちょっと遊んでいた。


 まぁ自己責任だ。放置しておこう。昼過ぎには起き出してくるだろう。


 後片付けを使用人に任せて部屋から出ようとした時、ふと思い至った事が一つ。


「ベルティーナさん、ボードゲームってこの世界にあるのかな?」

「ボードゲーム……ですか?」

「そうそう、駒を交互に動かすヤツ」


 首を傾げて黙り込む、これがベルティーナの回答だった。


「いや、分からなければいいや。ありがと、いいヒントになった」


 笑って部屋を出るソロモンにベルティーナは安堵した表情を向けた。


 この世界はスマホもインターネットもテレビも無い。俺の世界と比べて娯楽が少ないんだよね。


 チェスはよく知らないが将棋なら知っているんだ。こういうのは


 すぐに城主室に戻り白紙を広げる。そこにペンと定規で線を引いて縦横九マスを描いた後に『駒』書いていく。その横に駒の説明を書く。


「駒の名前と動かし方……矢印を使ったら分かりやすいか。成った時の動かし方も書いてだね」


 書くスペースが無くなったので、もう一枚白紙を取り出しそれにルールを書き込んでいく。『二歩』や『打ち歩詰め』といった禁じ手も忘れない。


「よーしこれでいいぞ。ヴィクトルも見てみなよ。覚えたらヴィクトルも遊べるぜ」

 ソロモンの背後からヴィクトルが覗き込む。


「いや、待てよ。駒の名前、この世界の人達に馴染みがないような気がするなぁ。別に将棋を貶す気は無いけど、折角だから受け入れてもらい易いようにしたいな。動きをそのままに名前だけ変えてみるか」


 黒髪を掻きながら長考。その間ヴィクトルはルールが書かれた紙を凝視。


「よし、『王将』は国王か皇帝か帝王にしよう。最重要の駒だからな。『金将』は将軍ジェネラルにして、『銀将』は指揮官コマンダーにしよう。『桂馬』は騎馬兵ホースライダーで『香車』は戦車チャリオット。『歩』は歩兵ソルジャーでいいな。本来の読み方は歩兵ふひょうだけどまぁいいか」


 筆を走らせて考えを可視化させていく。


「成り駒は銀将を将軍ジェネラルに、桂馬と香車と歩は隊長リーダーでいいな。敵陣に入っただけでいきなり大出世は考えにくいし、名前が違うだけで金の動きなのは変えないからいいだろ」


 残りは大駒の二つ。これは少し発想を変えてみた。


「『飛車』はドラゴン、成ればエルダードラゴンだ。この世界はエルフやドワーフは居ないみたいだけどドラゴンは居るだろう。多分ね。『角行』は成ると馬なんだよな。龍馬りゅうまって書いてあった。でも馬は他の駒とちょっと被ってる所があるから、敢えて鳥でいってみよう。『大鷲オオワシ』で成れば『不死鳥フェニックス』だ」


 企画書のような段階だがこれで異世界風将棋の大元は出来た。


「呼ばれて飛び出てホウオウホーウ!!!」


 不意に、底抜けに明るい声が城主室に響いた。その声の主へ向かって、ソロモンは素早くハンドガンの銃口を向ける。


 銃口の先にはソロモンの倍以上の大きさがある鳥が、こちらを見下ろしていた。頭は天井まで届き、羽根は黒に近い暗さの赤色。


「ちょっとぉ味方よぉ。物騒なモノを降ろして~」


 戯けるデカ鳥へ向けた銃口を降ろし腰のホルスターに収める。勿論何者なのかはすぐに分かっていた。クセのようなものだ。


「オカマキャラは間に合っています。てか呼んだら来るのかよサポーターは」

「各悪魔達には条件がいくつか設定されてて、どれかを満たしたらその悪魔が強化に来るのよん。おっとこの話はレッドカードだったわねん」


 へぇそういう仕組みだったのか。良いことを聞いたな。


「で、ヴィクトルの強化に来たんだろ? サポーターの悪魔さんの名前は?」

「アタイ、悪魔の不死鳥『フェネクス』よん」

「言っている意味がちょっと分からないが……」


 不死鳥の悪魔ってなんぞや。深く考えたら負けか? まぁなんだっていい。ヴィクトルを強化するチャンスだ。


「今回はどういった内容で?」

「今回はねぇ、ヴィクトルのカラーリングのチェンジ!」

「は? どういうこと?」


 首を傾げるソロモンにオカマ口調で、

「本体の色をね、変えられるのよ。今は白だけど、黒とか緑とか好きな色に変えられるわよ。勿論縞模様や水玉柄なんかもオッケーよん」

「……それで強くなるの?」


「別に腕力が上がるとかはないけど。愛着が湧くというか気分が変わると思うの」

「要らねぇ!!!!!!!!!!」


 思わず叫んだ。少なくともソロモンは、カラーリングのチェンジに価値を見いだしていない。


「強くならないなら要らないよ。ハズレかお前、腹いせにバラして今晩のおかずにしてやろうか?」


 わざと見えるように吸血剣ブロジヴァイネに手を掛ける。二センチほど漆黒の刃が顔を出す。


「やだ~過激~」


 漆黒の刃が三分の一ほど姿を見せた。


「分かったわよぉ。それじゃあ『聴覚強化』か『重量変化』のどっちかにしましょ?」

「初めからそう言えよ。具体的には?」


 漆黒の刃が姿を隠し、柄に触れていた手が離れる。


「聴覚強化はそのままの通りよん。より遠くの声が聞こえる様になるし、小さな音も拾えるようになる。重量変化は、本体の大きさを変えずに重くするか軽くできるわよん」


 ソロモンは黒髪を掻き始めた。


 本体が重くなれば吹き飛ばされにくくなりそうだが、動きが鈍くなりそうだ。逆に軽くしたら動きは速くなりそうだが、踏ん張りがきかなくなりそうな気が……。


「聴覚の強化はまずマイナスにはならなさそうだな。よし、今回は聴覚強化で頼もう」

「わかったわよん」


 フェネクスは巨大な翼を広げた。それから一拍置いて、ヴィクトルは黒い霧に包まれる。


「これで強化完了よん。『ハイスケルトンタウ』ということにしましょ」

「ハイスケルトンになってもギリシャ文字シリーズやるのかい」


 黒い霧が晴れた。姿形は変わっていない。


「それじゃ帰るわねぇ」

「待った、フェネクス。お前の条件は何だったんだ?」


 赤黒い羽毛の頭を少し傾けた後、

不死鳥ふしちょうかフェニックスとソロモンが口にした時、よん」


 今までの悪魔達と同じようにフェネクスは音も無く消えた。

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