第2話 蔵書

 オールト達は一週間城に滞在する予定だ。彼等には図書館近くの部屋を宛がった。流石に膨大な書物を全て鑑定し終えるには時間が足りなすぎるが、出来る限りやってもらう事にした。その間の彼等の食事はソロモンが用意している。勿論ヴィクトルも――味見以外を――手伝っている。


 芋の皮むきも食材の微塵切りも食器洗いも完璧にこなす彼は、スケルトンコックと呼んでもいいだろう。


 城主自ら作る料理に最初はオールト達も戸惑っていた。使用人の一人も居ない、雇えないからと半ば強引に説得して慣れてもらった。


 豪華さとは無縁でも味に自信はある。口に入る物に拘る日本人気質が、料理の結果に妥協を許さないからだ。レパートリーも大分増えた。

 城主様補正もあったのだろうが、出した料理はいつも大好評だった。


 三日目、鑑定結果の中間発表を受ける。発表者はオールト主任だ。図書室の地階に置かれた長テーブルに本が積まれている。


「現状、一番価値が有るのはこの恋愛小説ですね。百年前に出版された本で、状態も良い上に初版本です。最低でも金貨十枚の価値になるかと」

「ホントに金貨十枚の価値が有るのか?」

「作者はもう亡くなっていますが、かなり有名な小説家だったのです。著書も多いですし、中には演劇の原作になった作品もあります。当時は印刷技術も乏しく手書きで写本をしていたので、数が少なかったのも理由の一つですね」


 シェイクスピアか芥川龍之介みたいな人がこの世界にも居たのか。


「ふーん、じゃあそれは売却で。他はどうかな?」


 オールト主任は丸眼鏡を上げて、

「今の所は他に価値が高そうな本は無いですね。最近の本で、纏めて売っても金貨一枚分には届かないくらいですね」


 長テーブルの一つを丸々占拠している本の山。三百冊はある。


 店頭で売っていた本の値段からすれば大分安い気がするな。


「取り敢えずそこの本の山は適当に流し読みして、面白そうな本だけを除いて全部売却する方針で」

「かしこまりました。明日からは上層階の本棚を見てみようと考えています」

「上の方か……」


 ソロモンは本棚の壁を見上げた。円形の図書室にはまだ大量の本が眠っている。


「わかった。引き続き頼む。但し上で作業するときは気を付けてくれよ。古い図書室だから、何処にガタがきているか分からないからな」

「かしこまりました。ご忠告感謝致します」


 何となくだけど、お宝は上の方の棚に集中している様な気がする。期待して待つか。


 次の日、ナルースが城にやってきた。


「ご注文の品をお届けに参りました」

「おう、ありがとう。いつもの所に運んどいて」


 数人の男達が荷馬車から荷物を下ろし正門館に運び込む。中身は食料品と調味料、生活雑貨が幾らかだ。


 要はデリバリーである。自ら買いに行くよりも、手数料の分だけ金が掛かるが楽なのだ。浮いた時間を、鍛錬や領地経営の計画を考える時間に使っている。


 商品の一覧と請求書を受け取り、額面通りの代金を支払った。


「そういえばさ。これから野菜とか食料品が値上がりする予定ある?」

「うーん……どうでしょう……。その年によるので何とも。小麦が結構収穫量に左右されるのですが、今年は例年並みだって話ですよ。芋類は時期をずらして何種類も栽培しているので、価格や供給量は安定していますね。肉類は計画的に解体、出荷されているのでいきなり値が吊り上がるようなことは無いかと」


「そうか……。いやもう秋じゃん? そろそろ冬に向けての準備を始めた方がいいかなってさ。纏めて買って備蓄するべきかな?」

「貯蔵できる設備があるなら良いと思いますけど、まだ早いと思いますよ」

「そうか、ありがとう参考になった」


 ナルースは笑って頭を下げた。


「あ、そうだ。手紙の配達も頼まれていたんだった。これ、ソロモンさん宛です」

 懐から手紙を取り出して、ソロモンに渡した。


 誰からだろう? これ、開けないと差出人が分からないタイプだ。


 作業が終わったナルース達は王国側へ下っていった。

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