第4話 初めてのお遣い

「いやぁ凄いことになりやしたねぇ」

 夕食を食べている時、ニヤけ顔の猿がやってきた。サポーターの悪魔の一人だ。

「凄いことになってんだけどさぁ。お前らよぉミサチを倒した時に来いよな。強化イベントのタイミングだっただろうがよ。待ってたんだぜ」

「へへッ、すいやせんねぇ。運営側から止められちゃいましてねぇ。あ、あっしはグシオンといいやす」

 おどけてみせる黒毛の猿。


「グシオン、聞きたいことがある。生き残っている他のプレイヤーの数とか分かるか?」

「すいやせんねぇ、他のプレイヤーの情報はわからないんですわ。あっし等はソロモンさんのトコしか見られないんですわ」

「確認だ。そもそも他のプレイヤーの情報自体が、サポーター達には事前に知らされてないということか?」

「へへッ、そうですねぇ。条件は全員同じですぜ」

「オッケー把握した。それが分かればいい。早速ヴィクトルの強化を頼む」

「へへッ、わかりやした。今回は『視覚強化』になりやす」

「今回は内容が違うな。具体的には?」

「遠くを見えるようになる『視力強化』、視野が広くなる『視野拡張』、暗闇の中でもハッキリ見える『暗視能力』でやす」


 意外に充実したラインナップ!


「一つ選んでくだせぇ」

「選択制かよ!! 全部じゃないのかよ!!」

「へへッ、すいやせんねぇこれもゲームバランスなもんで」

 全然申し訳なさそうな顔じゃねーぞ。

「ちょっと迷うが……ここは『暗視能力』にしようか」

「へいかしこまりやした」

 グシオンは指を一回鳴らした。

「はい終了でやす。『スケルトンアルファ』となりやしたよ」

 スケルトンアルファか。次はベータかな。

 ヴィクトルの見た目に変化無し。スカスカボディに軽い防具を身に付けたいつもの姿で静かに立っている。

「それではあっしは失礼しやす。今後もよろしく頼みやすよ」

 グシオンは音も無く消えた。夕食は冷え切っていた。


 それから五日が過ぎた。この世界には短距離の通信機はあっても、長距離の通信機はまだ開発されていない。故に使いの者が来るのを待たねばならない。

 スマホや固定電話が如何に生活を便利にしていたのかを改めて知った。

 その間何をしているかといえば自己鍛錬である。いつもの城内コースをランニングしている中、ふと思いついたことが一つ。


 盲点だった。この城の中で戦ったら、修理費がとんでもないことになるんじゃなかろうか? ミサチ戦での損壊は、さほど大きくなかったと思っても金貨が飛ぶ程だった。あの時はミサチに懸賞金が掛かっていたから払えたが、次の相手もそうだとは限らない。

 尤も城を使い捨てる訳にはいかないしその気は全く起きないがな。無駄に広くて手入れが行き届いていなくても、埃とカビ臭さで一部の部屋と設備しか使えなくても、一ヶ月間住めば愛着が湧くというものだ。

 不気味な静けさにも慣れた。今ではむしろ落ち着くようになっている。


 静かな城内で水分を取りながら休んでいると来客があった。大型の貨物用馬車を四台引き連れたエウリーズだ。

 えらい大所帯だな。何事だよ。

 エウリーズは、前回は整った身なりだったが今回は動きやすい服を着ている。長方形の鞄を持ち、ベルトに工具や何かの小型機材らしき物を多数ぶら下げている。その姿は技術者である彼の本来の格好なのだろう。


「はぁい、おまたせ。この間の件の話をしましょ」

 エウリーズは前回と変わらない様子で話しかけて来た。応接室に通し紅茶を出す。室内はソロモンとヴィクトルとエウリーズの三人だけ。

「いきなり大所帯で押しかけてごめんなさいねぇ」

「驚きましたけど他の馬車の妨げになっていないので大丈夫です。駐車スペースに収まっているので問題はありません」

「そうそれは良かったわ。ちょっと城主が板についてきたんじゃなぁい?」

「そうですかね?」

 調子のいいことを言いつつ、エウリーズは安い紅茶に口を付ける。


「では用件だけど今日はカラヤン皇帝代理の使いとして来ているの。この間のお遣いを頼む件ね」

 流石にカラヤン皇帝代理はそう何度も来られないよな。

「それ、気になっていたんですよ。具体的には何でしょうか?」

「その前にソロモンちゃんの立ち位置についての話よぉ」

 この人、俺のことをソロモンちゃんって呼ぶのか。まあいいけどさ。


「ソロモンちゃんは正式に帝国貴族となったけども、公式発表はまだされていないわ。その理由の一つは、他の貴族達から反発されることが目に見えているから」

「そうでしょうね」

 異世界から来たとかいう経歴不明の人間が出てきて、ハイそうですかなんて普通は考えないよな。

「元々は大きな偉業を達成したとか帝国に貢献した人とかに、これからも帝国の為にお願いねと与えられる立場なの。ちなみにワタシの一族も貴族なんだけど、武器や魔装具の研究開発で貢献したから貴族の地位を貰ったわ」

「エウリーズさんが貴族なのは何となく分かっていましたよ」

 次期皇帝と直接やり取りできる人だし。


「ソロモンちゃんは目に見えた成果が無いし、今居る貴族達って基本同じ立場の一族が増えるのを嫌がるのよね。ワタシは別に皇帝が決めることだからいいんじゃないのって感じだけどねぇ」

「じゃああまり言いふらさない方がいいですね。なるべく目立たないように依頼をこなすということで」

「話が早くて助かる~。貴族の動きって民衆から注目されやすいから、細かい依頼や公にしたくない案件を頼み辛いらしいのよ」

「裏方仕事を頼める人が欲しかったってことですかね?」

「そう思っていいわ」

 成る程、事情が大体分かってきたぞ。


「じゃあ本題に入るわね」

 鞄をテーブルの脇に置きそこから箱を一つ取り出す。色鮮やかな細工が施された、いかにも高価そうな木箱だ。

「これがお遣いの品よ。箱が一つ、貴族に頼まないで使いの者にやらせろって話なんだけども。事情があってねぇ」

 おや? 急に面倒事の匂いがしてきたぞ。聞いといた方がいいか。

「何かあったんですか?」

「そこは貴方に話さないでと言われているのよぉ」

 ソロモンは黒髪を掻きながら、テーブルの上の木箱に視線を移した。

 俺には話さないでか。何か裏がありそうだけども、だ。

「届けたらすぐ帰ってきますよ。何処まで行けばいいですかね」

「アラ、事情を聞かないのね? 嫌がる素振りも無いし」

「俺に伝えていい事なら話さないでなんて言わないでしょう? あまり広めたくない事情なのか、逆に知らない方がいい案件なのかもしれないですし。黙って頼まれたことだけやりますよ」

「そういうトコ、点数高いわよ」

 お遣い、引き受けるって言ったしな。相手に渡して帰ってくるだけでしょ。


「まぁワタシも詳しいコト知らないんだけどねぇ」

 知らないんかい。

「行き先は南の『ラグリッツ王国』よ。地図を見せるわね」

 鞄から地図を取り出しテーブルに広げた。

「この地図……もしかして世界地図ですか!」

「そうよぉ、この世界の陸地は四つの大陸と無数の島、そして大陸を地続きにしている繋ぎの大地に分けられるの。北に、横に長い大陸があるでしょ? 北方大陸って書いてあるトコ、この大陸の西側にあるのが我等のフェデスツァート帝国ね」

 南に大陸が二つあり、それぞれ南東大陸と南西大陸と書かれている。北方大陸との間には中央大陸と書かれた大陸がある。

 俯瞰してみれば四つの大陸は地続きであり、大体漢字の『王』の字に似ている。

 世界地図にはヴィクトルも興味があるようで、ソロモンの背後から覗き込んでいる。


「ここか。アスレイド王国も描かれていますけど、どっちもデカいですね。この二つだけで西側の五分の四はあるんじゃないですか?」

「そうなのよ~。でも国土の広さで言えば、北方大陸では帝国は二番目よ。最大の国は東にあるわ」

「ええっと……『聖エストール王国』ですね」

 帝国と国境を接する隣国、聖エストール王国は確かに帝国よりも国土は広い。

「色々な意味で関わりの深い国なんだけど今は置いとくわね。ラグリッツはここよ」

 エウリーズは地図の一点を指し示した。帝国から南に真っ直ぐ、中央大陸の北西部だ。

「帝国もラグリッツも海に面している国だから、船に乗って行くといいわ。コレ、行き方を書いた紙と今回の経費ね」

 鞄から紙を一枚、硬貨のお金が入った袋を一つ、硬貨券の束を一つそれぞれ取り出した。

「余った分は懐に入れていいわよ。足りなくなったら自腹ねぇ」

「分かりました」

 うん? お金……結構あるぞ。往復するだけでこんなに必要になるのか?

「往復するだけでこんなにお金がかかりますかね?」

 思い切って聞いてみた。エウリーズは満面の笑顔で、

「実はもう一つ頼みがあるのよぉ。ちょっとラグリッツの様子を見てきてくれなぁい?」

「様子を……? 具体的には?」

「あの国、今荒れてるらしいのよ。元々王様の権力があんまり強い国じゃ無かったんだけどねぇ」

 ソロモンは黒髪を掻きながら頭を回転させる。


「経済に食い込んでる市民団体が王様側と揉めてるとか? 議会制と王政の混合とかで対立しているとかですかね?」

「やだ~! 説明の手間かからなすぎぃ!」

 急にテンションが上がり始めたエウリーズにソロモンは軽く引いた。

「ソロモンちゃんが考えた通りよ。ラグリッツの政治は、国民の代表達で構成された議会と君主である王様が話し合いながらやっているの。以前から度々対立することはあったんだけど、今回はいつもよりも影響が大きいかもしれないってカラヤン皇帝代理が言っていたわ」

 ソロモンは黒髪を掻きながら少し黙った後、

「どのような影響があるんですかね?」

「貿易に、よ。ラグリッツには大規模な貿易港があって、帝国と中央大陸の国々との貿易を行う拠点になっているの。この貿易港が機能しなくなると帝国は困るワケ。特に海運業や中央大陸の国と商売している商人にとっては死活問題なのよ。内政干渉をするつもりはないそうだけど、向こうの様子が分からないとこっちも対応が出来ない」

「ということは……貿易港と向こうの商人の動向を重点的に調べればいいですかね?」

「それでいいわ。状況次第だけど、長くても一ヶ月で戻って来て頂戴。分かったことは手紙に書いてこまめに送ってね。送り先はこの場所、帝国の連絡員に届くから」

 もう一枚紙を受け取った。今日は準備をして明日の朝出発することにした。


 ソロモンが不在の間は、エウリーズがこの城に滞在して管理をしてくれるという。大所帯なのはその為だったようだ。当然城は任せることにした。

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