妹思いの姉思い
兎舞
妹思い
ガッチャーン!
「きゃぁぁぁ!!」
ガシャン!
「やだぁ!」
「おねえちゃぁぁぁぁん!!」
…もう。
何回目だろう。
試験勉強の手を止めて、下の階へ降りていく。
「おねえちゃーん!フライパンが燃えてる~!」
ほんとだ。しかし大したことはない。
美月を下がらせて、フライパンにふたをする。酸素が無くなれば火は消える。当たり前のことだ。
消えたのを見計らってふたを取ると、見事な炭が出来上がっていた。
「…何作ってたのよ、あんた?」
「…玉子焼き。」
家庭科の調理実習以外では(それもきっと皿洗いとか野菜の皮むきくらいだろうが)料理なんかしたことないくせに、いきなり玉子料理とは。
分からないからこそ、オーソドックスなお弁当のおかずに手を出したのかもしれないけど、しかしどうやったら玉子焼きでフライパンが炎上するのか。
「料理なんかしたことないんだから、無理しなくていいんじゃない?栄養ドリンクでも差し入れれば?」
「やだもん!お弁当作ってくって、律兄に約束したもん!」
律だって美月に弁当が作れるなんて思ってない。おそらく美月が強引に「持っていくから!」って言って押し切ったのだろう。
「でも律の試合、明日でしょ?もう夜中の11時だよ。間に合うの?」
普通なら間に合う。弁当など朝起きてから作るものだ。
しかし美月は昼間に食材を買ってきてから、母も台所から追い出して作り始めている。で、まだ玉子焼きも出来ていないのだ。
「でも~~~…」
ああ、またか。
壁にぶつかって、でもそれを認められないと、いつもこうだ。
涙目になって、私に頼る。
物心ついたときからずっとだ。といっても私と美月は1歳違いなのだが。
もう説教するのもあきらめさせるのも、あきらめた。
「…分かった。明日の朝私が作ってあげるから、それ持っていけば?ちなみに何作る予定だったの?」
鳴いたカラスがもう笑った。
ぱあああ!っと輝くような笑顔に変わった美月は、予定していたレパートリーを私に説明し始めた。
よくもまぁ…、料理初心者が一口グラタンだの手まり寿司だの。まずは己の力量を知るところから始めろ、妹よ。
私は美月を台所から追い出し、風呂に入るよう言った後で、戦場のような台所の片づけを始めた。
手を動かしながら、ぼんやり考える。
そっか、律の試合、明日なんだ。
◇◆◇
翌朝。
美月の想定どおりの弁当を作って、ついでに律が好きなアールグレイのアイスティーも水筒に用意して美月に持たせた。
「ありがとう~~~!!お姉ちゃん大好き!!」
はいはい。
「わかったから。ほれ、行きなさい。友達と待ち合わせてるんでしょ?」
「うん!行ってきます!」
美月が元気良く玄関を開けたら、その先に律がいた。
「おー、結月、美月。早いな。」
どうやら奴もこれから向かうらしい。
「おはよー、律。」「おはよー!律兄!」
律に飛びつきそうな勢いで、美月が走り出た。
「律兄、約束のお弁当だよ!」
「え、マジで?絶対無理だと思ったのに。」
ぷっと吹き出しそうになって、口の裏側を噛んで我慢した。美月の名誉を守ってやらねば。
しかし美月も『自分が作った』などと私の前では言えなかったらしい。
「絶対美味しいから!後で渡すね!」
「おお、サンキューな、美月。…結月、お前は来ないのか?」
「ただの練習試合でしょ?来週模試だもん、おとなしくガリ勉するわ。」
「そっか…。じゃあ、行ってきます。」
「おねえちゃん、行ってきまーす!」
「はーい、頑張ってね、二人とも。」
美月が律の腕に絡まるようにして歩いていく。律もいつものことで慣れているのだろう、好きにさせている。
私の目から見ても、“いつもの光景”だ。
3秒ほどで、その場から離れて、家の中に戻った。
幼馴染の律を、私たち姉妹の両方が好きになっても、それは自然の流れなのだろう。
ずっと傍にいたし、重ねる思い出も多い。
律に助けられたことも、律が困っている場面に遭遇したことも数知れない。
でも、私にとってはそれ以上にならない。
なぜなら、美月がいるから。
美月がどれほど律を好きか、一番傍で見ている私は良くわかっている。
小さいときから。多分、律に対する恋心に気付いたのは、美月のほうが先だろう。
律が好き。
でも、私には同じくらい美月も大事なのだ。
だったら、封印するしかない。自分の気持ちを。
大丈夫、それでも律が私にとって大事な幼馴染であることには、変わりは無いのだから。
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