最後のカードがそろう時

「カランカラン」


 いつものバー。ユッキーの命日の追悼式から三週間後です。


「ちょっと聞いてほしいことがあるんや」

「なに、なんでも聞くよ」


 なんだろう。かなり思いつめた顔してる。


「追悼式の時はありがとう。ユッキーも喜んでくれたと思ってる」

「そんなん当たり前やん」

「シオに隠し事はしたくないねん」

「いいよ、いいよ、ホントになんでも聞くから」

「実は・・・」


 やはり天使はアタックしてOKもらったか。もうそれでもイイかもしれないわ。ここまで長かったけど最初はそれで動いてたんだし、途中に私も色々あったけど元の鞘に収まるってこういう事かもしれないもんね。


「そっか、コトリちゃんとの婚約復活やん。私が飛び切りの結婚式の写真を撮ってあげる。特別サービスでタダでイイよ。もちろんタダだからって手抜きしないから安心して」

「そうやねんけど・・・」


 あれっ、なんか浮かない顔してる。私のことをきっと気にしてるんだ。


「やだ、イイのよ。選ばれるのは一人なんだから。もっとイイ男探すからだいじょうぶだよ」

「うん、それもそうなんやが・・・」


 なんか奥歯に物でも挟まってるようなのは昔のカズ君にちょっと似てる。最近では見てなかったなぁ。


「どうしたの天使だけじゃ不満? 悪いけど愛人になってくれはやだよ」

「そんなこと、冗談でも言わんといてくれる」


 ん、ちょっと怒ってる。怒ってるというより顔がマジやん。なにを言いたいんやろ、


「どうしたん。天使やん、天使のコトリちゃんやん。イイ子と思うよ。きっと幸せにしてくれるよ。コトリちゃんなら私だって心から祝福するよ」

「ボクもコトリちゃんが不満だなんて思った事もないよ」

「じゃ、イイやん」


 何か言葉を探してるようです。しばらく考えた末におっそろしく怖い顔になって


「シオもコトリちゃんもユッキーを失ったボクを一生懸命慰めてくれたんだ。本当に感謝している。二人がいなければ立ち直れなかったかもしれない」


 辛い辛い思いを口にしているだけはわかります。


「二人がボクのことを本当に想ってくれてるのも痛いほどわかってる。でも選べるのは一人。一人を選べば一人を傷つける。そんな事はボクにはできないんだ」


 まさか、カズ君の選択は誰も選ばないになったの? コトリちゃんを選んだんでしょ。


「でも命日の時にユッキーが『ちゃんと選んであげなさい』ってささやいた気がしたんだ。そこである条件をクリアできたら選ぶことにしたんだ」


 条件ってなによ


「条件を確認するには二人を騙すことになるので、やるのは凄い苦痛だったんだ」

「なにをやったの」

「心を試すだよ」


 それはカズ君が一番嫌いな行為じゃない。だからあんな顔してたのか、


「なにをしたの?」

「コトリちゃんにはお断りをしてシオを選んだと告げ、シオにはコトリちゃんを選んだと話した」


 やっぱりコトリちゃんに一旦はOKは出していたんだ。それは確認できたけど、それで一体どんな心を試したの?


「二人がそれを聞いて、ともに相手を心から祝福したら条件クリア。どちらかが少しでも悲しがったら、ユッキーだけを愛することに決めたんだ」

「コトリちゃんは」

「喜んで祝福してくれた」


 じゃ、カズ君の言う条件はクリアされたってことなの。


「シオもクリアした。それでもやはり選ぶべきじゃないと思ってる・・・」


 じゃ、どちらも選ばないの。この後にカズ君はまるで何かを聞いているようでした。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


 長い長い、本当に長い沈黙の後、私をじっと見つめ、


「一緒にチェリー・ブロッサムを飲んでくれへんかな」


 えっ、えっ、なんて言ったの。私とチェリー・ブロッサムって・・・本当に私と。チェリー・ブロッサムをこの店で飲むのは、カズ君にとって特別の意味があるはず。いや、あったはずです。でも変わってしまったのかも。


「アカンかな」


 急に照れくさそうな顔になっています。間違いない、チェリー・ブロッサムの意味は変わっていない。どう答えたらイイんだろう。もちろんイエスなんだけど、もっと他の言葉を探してる自分がいる。長い間、本当に長い間、待ち続けた瞬間に使うはずだった言葉を。

 でも忘れちゃった。でも一つだけ聞いてみたい。ここまで待ち続けたんだからイイよね、カズ君優しいから許してくれるよね。


「一杯目、それとも二杯目?」

「出来たら二杯目にしたいんやけど」

「二杯目で本当にイイの」

「もちろんや、シオさえそれで良ければ」


 カクテルが来るまでの間に、ずっと言いたかった言葉を一つ思い出した。


「私をカズ君の奥さんにして下さい」

「あれっ、ボクが先に申し込んだんだよ」

「イイの、こうしたいの」

「あ、そっか、あの時の?」

「そう。あの時の続き」


 カズ君も思い出しているようでした。


「ユッキーの影を死ぬまで引きずり続けるボクでホンマにエエんか」

「もちろんよ、どうかお願いします」

「かなり辛い思いをさせる時があると思うけど、ついて来てくれるかい」

「必ずついて行く、それはユッキーからも頼まれてるから」

「ありがとう」


 やがてカクテルが運ばれ


「カズ君。二杯目だから、一杯目からのステップは省略ね」

「あの話か、さすがに一杯目からはもうエエは。でもここからはきちっと二人で踏みたいな」

「楽しみにしてる。じゃ、乾杯の音頭がこれからの二人の始まりね」

「よっしゃ。では、シオがボクのプロポーズを受けてくれたのを祝して」


 嬉しい、涙が溢れてくる。


「乾杯」


 チェリー・ブロッサムは甘いカクテル。その甘さが今夜は心に沁みる。


「記念写真撮ろうよ」

「そやな大事な記念日やもんな。マスターに撮ってもらおうか」


 マスターは、


「写真家の先生をお撮りするのは緊張します」


 そう言いながら撮ってくれました。


「聞いてもイイ?」

「エエよ、なんだって」

「なんで私だったの」

「そりゃ、愛しの初恋のシオだからさ」


 たぶん本当のことは教えてくれないと思うけど、その言葉だけで私は十分。


「お願いがあるの」

「わかった」

「えっ、なにがわかったの」

「今から転がり込んで来い」

「なにがあっても離さない」

「愛しのシオのためなら命を削っても離れない」

「もう、それは言わないで。それは、それは大事にさせて頂きますよ。旦那さま」


 私はカズ君に選ばれた夜に結ばれた。最後に抱いてもらった夜からの長い長い空白を、これでしっかりと継ぎ直せたように感じた。やはりカズ君の夜は素晴らしかった。昔と同じように私を心行くまで満足させてくれた。ようやく意識を取り戻した時に、カズ君の胸に抱かれながら天使に会った夜に、私が足りないと感じたカードの意味をボンヤリと考えていた。

 ユッキーは私も天使も候補として認めていたが、優先したのはあくまでもカズ君の幸せ。カズ君の心の傷が癒え、新しい恋が出来るようになった時に、天使が先にアタックした理由を考えれば良いだけかもしれない。

 あの時に天使にあって私になかったもの。それは愛情の純度の受け取られ方。私の愛情は勘違いとカズ君に思われていたのが、私に足りなかったカード。それがそろってなかった最後のカードだったんだ。そうなんだよ、私の愛情はずっと疑われていたんだ。

 それは同棲時代が終り、私が心を試した時からかもしれない。いや初めて結ばれた夜からかもしれない。その前からずっとだったかもしれない。私の本当の想いは一度たりともカズ君に伝わってなかったんだ。

 私はカズ君の愛情を同情の延長線上と思ってた時期が長かったけど、カズ君も私の愛情を同情の延長線上とずっと思ってたんだ。二人の想いは一度たりとも交わったことがなかったんだ。これこそがユッキーのあの言葉、


『シオリもそれじゃ辛いかもね』


 これより辛いことはないよ。私の愛情が本物だと伝わらない限り、カズ君が私を選ぶことはない。だからユッキーは私でなく天使にアタックさせたんだ。ユッキーの願いは新しい恋人が出来ること、ユッキー以外を選ばないことを避けることだったから。

 ユッキーでさえ私の愛情が本物だと伝わるかどうかは、おぼろげにしか見えなかった気がするの。でも伝わりそうにも見えたから、


『でも必ずしもそうなるとは限らないみたいだし』


 そこまで見てユッキーは満足したのかもしれない。私の愛情さえ本物だと伝われば、カズ君は悩みながらも女神を選ぶとユッキーは思っていたのかもしれない。いや、伝わっても伝わらなくとも天使がいる。ユッキーの目的のためには天使でも女神でもどっちで良いのだから。あははは、可愛いユッキーじゃなくて氷姫の計算みたい。

 でもユッキーを恨まない。それはカズ君が私を選んでくれたから。もう二度と疑わない、信じていつまでも、どこまでもついていく。


 もう一つ、ここまで来てやっと、やっと気づいた事があるの。それはユッキーがすべてを認めて許していたこと。そうなって欲しいと心から願っていたこと。

 じゃ、えっ、まさか、そんなことが・・・倒れてからユッキーがカズ君に会わなかった理由がやっとわかった気がする。でも信じられない。そんなことが出来る人間がいるなんて・・・

 理由は一つしかあり得ない。すべてはカズ君にユッキーの目の前で誓わせないことだったんだ。ユッキーに会えばカズ君は必ず二度と他の女を愛さないと誓う。これをユッキーの前で心の中でも誓えばカズ君は絶対に守る。

 残された時間を自分のために使うより、自分がいなくなった後にカズ君が幸せになるようにユッキーはしたんだ。そのためにわざわざ三重の障壁を自分で作ってカズ君と会うのを避けたんだ。そんなことを誰が考えつくと言うのよ。

 ユッキーの最後の言葉が甦る


『ははは、カズ坊は幸せ者ね。こんなにみんなに想ってもらってるのなら、きっと大丈夫だわ。ちょっと安心した。これで私も心配せずに済みそう』


 ユッキーには一生かかっても追いつけない。追いつけないけど私は感謝して受け継ぐわ。ユッキーがあれだけ大事にし、命を捧げてまで愛したカズ君をもう悲しませない。

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