旧友
「こら、勝手に電話を切るな」
私は山本が旧友扱いにしかしてくれない加納志織。みんなからは『シオリ』って呼ばれてる。職業はカメラマンです。売れなくて苦労したけど、ある写真展の成功でようやくフォトグラファーとしてなんとか軌道に乗りかけています。
ついでにいうと山本の名前は和雄。そんなもん隠すほどのものじゃないのに、アイツは異常なほど下の名前で呼ばれるのを嫌うから山本って今は呼んでる。私と山本が小学校から高校まで一緒だったのは本当で、山本は旧友としか私のことを扱わないけど、売れない時代にホントにお世話になったんだ。それこそどん底の時代は食わしてもらってた。
だから売れ出した今になってからお礼をしたい気持ちは一杯あるんだけど、山本はあの時の事を話題にするのさえ嫌うのよ。だから幼馴染の旧友でしかないの。でも私は山本を単なる旧友と思っていないの。親友であり恩人と思ってるわ。たとえ山本にそう思われてなくともね。それぐらい私にとっては本当に大事な人なんだ。
コトリちゃんの件は驚かされたのよ。あの女性に対して極端に優柔不断の山本が、プロポーズまでしたって聞いて涙が出るほど嬉しかったの。それもね、相手があの天使のコトリちゃんじゃない。これ以上の相手なんているとは思えないもの。やっと、あの山本にも幸せが訪れたと思ったんだよ。
なのに、なのに『終わった』って、山本の野郎、本気かよ、それでイイのかよ。アイツの悪い癖が出たとしか思えないのよ。アイツは女性へのアプローチが歯がゆいぐらい優柔不断の代わりに、見切りが余りにも早すぎるんだよ。なんでそんな簡単にコトリちゃんを切っちゃうのよ。
私はね、コトリちゃんの件では単なる友人とかじゃなくて、気分は仲人だったのよ。結婚式には他にどんな美味しい仕事があっても私が撮るって決めてたのに、なにがあったって言うのよ。
だいたい別れる前に私に一言ぐらい相談してよ。そりゃ、私も忙しくて山本がコトリちゃんと別れた時期にはカンヌに仕事に行ってたけど、いくらでも連絡手段はあるじゃない。どんなに忙しくても山本のためなら時間を作ったのに。山本は嫌がるけど、それぐらいの恩は私は受けてるの。
コトリちゃん好きやったんでしょ。好きやから私から元彼の話を聞いても突撃したんやんか。私は見切りの早すぎる山本のことやから、元彼の影が見えただけで、すぐに身を退くと思てたから心の底からビックリしたのよ。そこまでの彼女なんでしょ、違うの、あの天使のコトリちゃんじゃないの、本当にもう終わりでイイの。
なにがあったか知らないけど、やっと、やっと手に入れた本当に愛せる彼女じゃないの。そこまで惚れたからプロポーズまでしたんやろ。こんな終り方は山本が認めても私が許さないよ。
それにさぁ、なんなのあの愛想の無い電話。もうちょっと泣き言の一つぐらい言うてよ。私は山本に取って、いつまでその程度の存在なの。どうしてもっと私を頼ってくれないの。一体いつになったら頼ってくれるのよ。
アイツはコトリちゃんのことを天使扱いしてたけど、私に言わせればあんたは妖精みたいなものじゃない。他人にはクソ優しい癖に、ちょっとでも嫌う素振りを見せたら、すぐにいなくなってしまうのよ。それでどれだけ彼女を泣かしてることか。わかってるのか山本。
山本は自分のことを、もてない、もてないってボヤいてるけど、それは違うよ。そりゃ、モテ男じゃないけど、山本をちゃんと認める女はいるのよ。コトリちゃんだってOKしてくれてるやん。それも交際はコトリちゃんから申し込んでるし、プロポーズだって受けてる意味をわかってるのか、山本。アンタは天使も認めた男なのよ。
それにしても、コトリちゃんだけは別格と思ってた。アイツがあそこまで熱中したのを見たのは二度目だもの。ホンマに腹が立ってきた。こんな終り方は私がなにがあっても許さないよ。私がなんとかしてあげる。別れた本当の理由ぐらい聞かないと目覚めが悪すぎるから。でもねぇ、明日からアメリカに行かなあかんから、帰ってからやないと動かれないのよ。どうしてこんなに間が悪いのよ。
山本はね、山本はね、風采はあんなだけどホントにイイ奴なの。あんなイイ奴は他にいないんだから。世界中の誰がなんと言おうとイイ奴なんだよ。私はね、山本のためなら、なんとかしてやりたいのよ。たとえ頼まれなくたって喜んでやるよ。
待ってろよ山本。私が絶対なんとかしてやるから。
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