のやまぁ

「私のお気に入りのギャグ漫画ってなぜかシリアス長編に突入する率が高いのよね。」


「ふーん。ビー子はシリアス好きなのか?」


「嫌いじゃないけど、ギャグ漫画には笑いを求めているわ。だからシリアスに突入されると、甘いお菓子を買ったはずなのにどちらかと言うと塩辛かったみたいな気持ちになる。」


「なるほど、甘いものを食べたいときは甘いものを買うし、塩辛いものを食べたいときは塩辛いものを買うもんな。」


「そう。でも読者の期待や想像を裏切ってこそ真の芸術かもしれないし、難しいわね。漫画ってアートであり芸術だと思うの。」



 今日もエー太くんとビー子ちゃんは仲良くお喋りをしています。



「ところで最近自転車のブレーキの効きが悪いんだよなぁ。」


「あらそれは危ないわね。直しに行く?」


「うん。一緒に来てくれるか?」


「ええ、いいわよ。」



 二人の会話を聞きながらまわりの人も話しています。


「自転車を直すのになんでついてきてもらう必要があるんだろうね?」


「まったくだよ。」



 その後エー太くんは自転車に乗って自転車屋さんへ向かいました。

 自転車に乗ったビー子ちゃんも後ろからついて行きます。



「最近のコンビニおやつ、どれが美味しいと思う?」


「うーん、やっぱり俺は『スイートポテトピザのメロンソーダ添え風味チョコプリンあんぱん』かな。」


「流石のチョイスね。私は一位を決めるとしたら、『生クリーム味噌せんべいみかんアイス』か『スルメ入りケチャップクリームを使ったスペシャルレモンパフェ』で悩むところよ。」


「そこで迷うなんてビー子のセンスも良いなぁ!」


「ありがとう! ……あっ!? エー太! あっぶなーい!!」



 突然、道の脇の草むらから何かがピョーンと飛び出してきました。


「うわっ!!!」


 飛び出してきたのは生き物のようです。しかしブレーキが効きません。

 とっさにエー太くんは大きくハンドルを切って自転車ごと倒れ、ビー子ちゃんの自転車もそれに躓いて横転しました。



 ガッシャーン!!


「うっ!」


「キャア!!!!」



「いてて……」


 エー太くんはあたりを見回し、飛び出してきたものを確認しました。

 するとそこにいたのは太く短いヘビのような生き物でした。

 自転車を横倒しにしたおかげで、生き物はひかれることなく無傷だったようです。



「つっ、ツチノコ……!」



 驚くビー子ちゃんとは違ってエー太くんはなぜだか、太く短いヘビのような生き物に向かって大声を張り上げました。


「コラー!! 急に飛び出してきたら危ないだろ! ここは車も走っているんだぞ!? 俺たちもお前も死ぬところだっただろー!!」



 エー太くんはカンカンに怒っているようです。

 生き物を両手で鷲掴みにすると、さらに怒鳴り立てました。


「いいか!? 乗り物の前に飛び出しちゃいけない!! 危ないんだからな!? とぼけた顔しやがって、分かってるのか!?」


 生き物は目をぱちくりとさせています。

 エー太くんは怒りがおさまらないのか、生き物を両手で揺さぶりながらなおもどなりつけました。


「大体こんな車通りの多いところにいちゃいけないだろ! まわりを確認せず飛び跳ねるのもダメだ! お前が飛び出したせいで車が事故ったらどうするんだよ!」



「ち、ちょっともうやめなさいよ……。そんなに怒ったら可哀想でしょ。相手は動物よ? 車がどうとか人間の都合なんだから動物には分からないわ。」


「うーっ……。……まぁそうか……。」


「それより自転車が倒れた上にアンタが叫ぶから注目されてるわよ。とりあえずここは逃げた方が良さそうじゃない?」



 まわりを見ると確かに、二人と一匹を取り囲んで人がザワザワしていました。今にも声をかけてきそうです。



「あー、えっと……どうしよう。とりあえず俺んちに走るぞ!」

 エー太くんはゆがんだ自転車の前カゴに生き物を乗せると、家に向かって走り出しました。


「お騒がせしました! ちょっと通してくださーい!」

 ビー子ちゃんも慌ててついて行きます。


 二人はヨロヨロとエー太くんの家にたどり着き、生き物を連れて部屋に入りました。



「さっきは悪かったわね。怪我はない?」


 ビー子ちゃんが優しく語りかけながら生き物をよく見ると、それはやっぱりどこからどう見てもツチノコでした。

 ツチノコは「チー」と鳴き声をあげました。



「やっぱりツチノコだわ。」


「そうだな。」


「こないだ『UMA買い取り委員会』とか書いてある怪しい看板の前で飛び出してきたのもこの子じゃない?」


「うーん。たしかに同じくらいのサイズだし、そうかもしれない……。何度も人前に飛び出してくるなんて、頭悪いのかな?」


「さぁ。で、どうする?」


「売るか? 100万円だぞ?」


「でもUMAってテレビとかで見ている感じだと、『見つけたときは生きていたけどしばらくしたら死んでしまった』とかいう話多いじゃない? この子もすぐに死んでしまうのかしら。」


「そうだなぁ……。死ぬのは可哀想だ。逃がしてやるか?」


「そうね。」


「おっ、ビー子、今日は冷静というかおとなしいな。」


「なんか疲れたわ。あと、今日は『ツチノコ捕まえたら100万円』の情報を見ていないから冷静でいられるのかもしれない。善は急げよ。私の気が変わらないうちに逃がしましょう。」


「そうだな。ビー子が金に目をくらませる前にとっとと逃がそう。」



 二人はツチノコを持って外に出ました。


「さっきの場所じゃ危ないよなぁ。ちょっと離れた、木の多そうな場所に置こうか。」


「それが良いわ。」



 エー太くんとビー子ちゃんはあたりをウロウロしました。しかし意外と良さそうな場所が見つかりません。どこも人通りや車通りが多いのです。


「こんな所じゃ人に見つかるよなー……。」

 そう言いながらエー太くんが腕の中のツチノコをのぞき込むと、ツチノコはくうくうと寝息を立てていました。


「本当に呑気というか図太いというか、コイツは……。」


「でも可愛いわね。」


「そうだな。」



 少しでも自然が残る方を目指して歩いていた二人は、いつの間にか最初にツチノコを目撃した場所に来ていました。例の看板が立っている場所です。


 看板には『ツチノコを捕まえた人には賞金100万円! ツチノコを捕まえたらこちらまでご連絡ください。……UMA買い取り委員会』と書かれています。



「さて、と。ここなら静かだし、最初にツチノコを見た場所でもある。ここで逃がしてやろう。……おいツチノコ逃げろ。もう人間の前に姿を現すんじゃないぞ。」


 ツチノコに声をかけ、エー太くんがツチノコを地面に下ろそうとした瞬間、獣のような咆哮が響きわたりました。


「うおおおおっ!」


 そしてぎょっとして振り向いたエー太くんの目に飛び込んできたのは、看板を凝視しながらわなわなと体を震わせるビー子ちゃんの姿でした。看板を見たことで、ビー子ちゃんの中の何かが目覚めたようでした。


「100万円! 100万円!! ……ダメだわ、欲望を抑えきれないっ……!!」



「まずい、ビー子の煩悩があらわになった! 逃げろツチノコ!!」


 ツチノコは状況をよく分かっていないようで、またも目をぱちくりとさせています。そんなツチノコに飛びかかろうとするビー子ちゃんを、エー太くんが素早く羽交い締めにしました。


「うおお! 放せこの野郎! 私の100万円がーっ!」



「逃げろと言っているんだツチノコ!」


 エー太くんはさっきよりもすごい剣幕でツチノコを怒鳴りつけました。

 呑気なツチノコも流石にビクッと体を震わせ、くるりと背を向けると木々の茂る方へと歩き出しました。

 そんなツチノコの背に、エー太くんが声をかけます。


「おいお前、人間に捕まるんじゃないぞ! 捕まったら金儲けの道具にされて、いじり回されて、ひどい目にあうんだからな! いいか、お前の仲間たちにも伝えておけよーっ!」



 ツチノコはいっぺんちらりとエー太くんの方を振り返ると、山奥へと消えてゆきました。

 暴れるビー子ちゃんを抑えつけながら、エー太くんは満足げに呟きました。


「これで……これで良かったんだ……。」

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