言われなくても分かることは言わないゲーム

 ある日いつものようにエー太くんとビー子ちゃんがお喋りしながら歩いていました。


「見ろ、ビー子! 綺麗なお花が咲いているぜ。」


「あら本当。」


「今日はいい天気だから花も気持ちよさそうだよなぁ。」


「そうね。」


「そうそう、ニュース見た?」


「ああ、最近あの話で持ち切りよね。」


「それからあの話だけどさ……」



 突然ビー子ちゃんはピタリと足を止めると、ふうとため息をつきました。

「そろそろこの二人の会話もマンネリ化してきたわねぇ。」


「えっ、まだ二話目だぞ。マンネリ化もへったくれもないだろ。」

 エー太くんがつっこみました。



「さっきから、見たら分かる話とか知っている話ばーっかり。」


「辛辣だな。」


「ねぇ、『言われなくても分かることは言わないゲーム』しない?」


「なんだそれ?」


「そのまんまよ。見れば分かる話やもう知っている話は禁止。」


「えー、別にいつも通りの雑談でいいじゃん……。んーでも、ちょっと面白いかも? よし、やってみるか。」


「そうこなくっちゃ。よーしいくわよ。」



「おっ、鳥が飛ん…… なんでもない。」


「昨日のテレビがさ…… あっ、今のはナシ。」


「最近暑…… おっとセーフ。」



「んーー……。なかなか予想外の話題ってないものね。」

 ビー子ちゃんは腕を組みました。



「よっしゃ、じゃあこれでどうだ。俺の心の中にはペガサスが住んでます。今草食ってます。」


「メルヘンねー。でもそういう話ならこのゲームを続けられるかも。」


「おっ、ドラゴンに乗っている人がいる。」


「アハハ……。」



 それから二人はでたらめな話を続けました。



「知ってるか? 今日の午後空からチョコレートプリンが降ってくるらしいぞ。」


「そのチョコレートプリンを作っているのはとなり町のプリンおじさんだそうよ。」


「明後日は生クリームが降ってくるらしいから、チョコレートプリンを残しておけばあとで生クリームをトッピングできるな。」


「そうそう、アンドロメダ銀河ニュースによるとキャンディのなる木の研究がさらに進んで、レモン味のキャンディがなる木まで出てきたんだって。」


「いいねぇキャンディ。あともう少しで、コーヒーやソーダの味も出てくるな。」


「近いうちに一本で色んな味のキャンディが実る木も完成しそうだって言われているわね。」


「マジで。最近の技術は素晴らしいよなぁ。」


「本当に。そのうちチョコレートプリンも生クリームも庭で育てられるようになるかもしれないわね。」


「そうなれば新鮮なおやつを収穫し放題だ。わざわざ降ってくるのを待つ必要もないんだな。アハハハハ。」


「そうよねぇ。フフフフフ。」



 遠巻きに二人のことを眺めながら、まわりの人たちがヒソヒソ話をしています。


「どうしたんだろう、あの二人。今日はいつもの1.5倍変だよ。」


「そう? 私にはいつも通りに見えるけど。こないだだってあの二人、『お前のせいでツチノコを捕まえ損ねたんだ!』とか叫びながら2時間も喧嘩していたよ。」


「なぁんだ、そっか。今日はいつもと違うように思ったけど気のせいだったみたい。うっかり余計な心配をしてしまうところだったよ。」



 それから一週間、二人は必要な連絡事項や確認を除いて、『言われなくても分かることは言わないゲーム』を続けました。そしてこのゲームを続けているうちに、二人はもう連絡をとる必要もなくなっていました。



「なぁビー子……。」


「言われなくても分かっているわよ。5分後にここにボールが飛んできて窓を突き破るのでしょう? そして10分後にはあの道で女の子がすべって転ぶ。」


「そういうことだ。やっぱりお前にも見えていたか。」


「アンタも勘が鋭くなってきたわね。」



『言われなくても分かることは言わないゲーム』を続けるうちに、目に見えるものや耳で聞いたこと以外に意識を向けるようになったエー太くんとビー子ちゃんは、いつの間にかテレパシー能力や予知能力を身に付けていたのでした。



 会話しつつも焦点の定まらない虚ろな目をし、異様な雰囲気を醸し出している二人を見てまわりの人たちがヒソヒソ話をします。


「今度こそ本当にエー太くんとビー子ちゃんが変だ。いつもの1.6倍はおかしいよ。」


「いいえよく見ていて。あの二人は変になったんじゃない。『まとも』になったんだよ。」


「な、なんだって!?」


「昨日ビー子ちゃんが突然『雹が降る』と呟いたの。すると数十秒後には本当に雹が降ってきたんだよ。私は、こんなに暖かいんだからまさか有り得ないって思ったんだけどね。……ほら、窓に注目していて。」



 すると突然、ガシャーン! と耳をつんざくような音が鳴り響き、何人かが「キャア!」と悲鳴をあげました。その床にはボールが転がり落ちます。



「ほらね。」

 まわりの人の一人が得意そうに言いました。



「なんと……! 本当だ! 二人は正しいことを言っている! まさかあの二人がまともなことを言うようになるなんて……。」


「信じられないよね。あのエー太くんとビー子ちゃんがまともな人間になったなんて。これぞ1000年に一度の奇跡だよ。」


「ああ……でも不思議なものだね。変だった人が急にまともになると、さらにおかしくなったように感じてしまうのは僕だけだろうか。」



 数分後、窓の外からは女の子の泣き声が聞こえたのでした。



 その後エー太くんとビー子ちゃんの口数は減りました。二人は基本的にテレパシーで会話をするようになったのです。

 そしてたまに口を開いたかと思えば、出てくるのは難解な言葉ばかり。



「天上天下」


「唯我独尊」


「青椒肉絲」



 もはや二人が何を言っているのか、まわりの人には分かりません。


「あの二人の心はもう、どこかへ行ってしまった。エー太くんとビー子ちゃんは僕らには見えないものを見、聞こえないものを聞いているんだ。」


「何を見て何を聞いているんだろうね。」



 ある日、目を閉じていたビー子ちゃんは物憂げに目を開き、空を見上げました。

「……来る。」


 するとエー太くんは意外な言葉を返しました。

「何がだい? 俺には見えない……。」


「大丈夫、落ち着いて。いつも通り、見えないものを見、聞こえないものを聞くのよ。心の目と心の耳でね。……アンタにならできるわ。」

 ビー子ちゃんは優しく微笑みます。


 するとビー子ちゃんの応援に力をもらったように、エー太くんの心の目がより遠くの景色を捉えました。

「見えた! 本当だ、こっちに来る!」



 そばではまわりの人が賭け事をしています。


「来るってさ。今度は何だと思う? 鳥? 虫? ボール?」


「ボールに一票。」


「じゃ、僕は虫かな。大きなハチとかかも。負けた方はジュース奢りね」



 その時、ドーンと鈍い音が地上に響き渡りました。

 破壊的ではないけれど、重い何かが大地に降り立ったような、ただ事ではなく大きな音です。



「なんだなんだ!?」



 音がしたのは学校の運動場。人々は音のした方へ目をやり、集まってゆきます。するとそこには、運動場を覆い隠すほど巨大な、見たこともない乗り物がありました。



『誘導ありがとうございます』


 乗り物の中から、エー太くんとビー子ちゃんにだけ聞こえる声がします。



『いえいえ、お役に立てて光栄です。乗り物が故障してエネルギーが漏れ出し、エネルギータンクが空っぽになってしまったなんて大変だったでしょう。どうぞ直るまで、ゆっくりしていってください。アンドロメダ銀河からの旅人さん。』

 エー太くんとビー子ちゃんは意気揚々と、声の主に返事をしました。



 それから彼らは超能力を使って種を超えた交流を始めました。

 もはや何がどうなっているのか分からず、他の人は誰もどうすることもできません。


 謎の交流はそれから何日も続いたのでした。

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