第11話 農業改革の第一歩
「領主様、本日は予定通り、農民たちとの会議が行われます。現地にはすでに準備が整っております」
グレゴールの声に促され、俺は頷いた。
農業改革は領地の立て直しにおいて重要な柱となる。
この領地は長年、農業が衰退しており、収穫量が大幅に減少していた。
天候の問題だけでなく、古い農法や非効率な管理体制が原因だ。
俺はこれまでに学んだ現代の知識を駆使し、この状況を打開しようとしていた。
「分かっている、グレゴール。農民たちの協力なしでは、この改革は成功しない。今日は彼らの信頼を得るための第一歩だ」
俺は領主としての責任を重く感じていたが、それと同時に自分の目指す「スローライフ」がいかに遠いものであるかも痛感していた。
だが、まずは領地を安定させることが最優先だ。
領主の馬車が揺れる中、俺はこれからの話し合いがどのように展開するかを考え続けていた。
俺の提案する新しい農法や灌漑技術は、長期的にはこの領地にとって有益であるはずだ。
しかし、農民たちがそれを簡単に受け入れるかは別問題だった。
過去の領主たちは、農民を酷使しながら自分の利益しか考えてこなかった。
俺の改革案も、彼らにはまた別の搾取の手段に映るかもしれない。
馬車が止まり、俺は外に出た。
会場となる農地には、すでに集まった数十人の農民たちが俺を待っていた。
彼らの表情は一様に硬く、警戒心が見え隠れしている。
「皆さん、今日は集まっていただきありがとうございます。私はこの領地をもっと豊かにするために、皆さんと協力したいと考えています」
俺の言葉に、農民たちは互いに顔を見合わせるだけで、すぐに反応しなかった。
誰もが俺を試しているような雰囲気だった。
しばらくの沈黙の後、一人の農民が口を開いた。
「領主様、私たちはこれまでずっと苦しい生活を送ってきました。あなたの前の領主様も、最初は良いことを言っていましたが、最終的には私たちを苦しめるだけでした。今回の話も、どうせまた私たちを搾取するためのものじゃないかと不安です」
その農民の言葉に、他の者たちも頷きながら口を開いた。
「そうだ、私たちはもう信じられない。新しい農法? それがどう私たちの生活を良くするんだ?」
彼らの不安や怒りは、俺が予想していた以上に深刻だった。
俺は改めて、この領地の過去の悪政がどれほど人々を傷つけてきたかを実感した。
しかし、それでも後退するわけにはいかない。
俺にはこの改革を成功させる使命があった。
「確かに、これまでの領主たちは皆さんを裏切ってきた。それは認めます。しかし、俺は違います。俺はこの領地を本当に豊かにしたいと考えています。そして、そのためには皆さんの協力が必要です。俺の提案する新しい農法は、皆さんの収穫量を増やし、生活を安定させるためのものです」
俺は農民たちに向かい、灌漑技術や作物のローテーションを取り入れた農業改革の具体的な案を説明した。
俺の言葉は明確で、合理的だった。
だが、農民たちはまだ懐疑的だった。
何か具体的な行動を見せない限り、彼らの信頼を得ることはできそうになかった。
「領主様、口だけでなく、実際にそのやり方を見せてくれませんか?」一人の若い農民が声を上げた。
「もちろんだ。そのために、俺は皆さんと一緒に農作業を体験しようと思っている。新しい農法の効果を自ら確認し、改善できるところがあれば共に調整していくつもりだ」
その言葉に、農民たちは再びざわめいた。
領主が自ら農作業を手伝うなど、今までの領主たちでは考えられないことだった。
彼らの中には、これがただのパフォーマンスではないかと疑う者もいたが、少なくとも俺が口先だけで動くつもりではないことが少しずつ伝わり始めた。
「それじゃあ、今すぐにでも始めよう。どこに行けばいい?」
俺の決意に、農民たちの態度は少しずつ変わっていった。
彼らは恐る恐る俺を畑の方へ案内し、俺自身が農作業に手を出す準備を始めた。
初めての農作業は、思った以上に過酷だった。
俺は現代の知識を持っていたが、実際に体を動かすことは別問題だった。
暑い日差しの下での重労働に汗をかきながら、俺は一心不乱に土を耕したり、灌漑用の溝を掘ったりした。
一緒に作業をしていた農民たちも、最初は俺がいつ諦めるかと冷ややかな目で見ていたが、次第にその姿勢に感心し始めた。
俺が本気で領地の改善に取り組んでいることが、ようやく伝わり始めたのだ。
「領主様、思った以上に働きますね」年配の農民が笑いながら言った。
俺は息を切らしながらも、笑顔で答えた。
「領地の未来のためなら、これくらいのことはするさ。皆さんも一緒に頑張ってくれれば、きっともっと良い結果が出せるはずだ」
その言葉に、農民たちは静かに頷いた。
少なくとも、この領主は前の者たちとは違うかもしれない。
そんな希望が、彼らの胸の中に少しずつ芽生え始めていた。
作業が終わり、俺は泥だらけになりながらも満足げに立ち上がった。
「これが俺の提案する新しい農法だ。これを続ければ、来年の収穫量は大幅に増えるはずだ。皆さんと共に、この領地を変えていこう」
農民たちは再び顔を見合わせ、そして一人、また一人と拍手が起こった。
彼らの信頼を完全に得たわけではないが、俺の真摯な姿勢は確実に彼らの心を動かし始めていた。
「ありがとうございます、領主様。これからも私たちと一緒に歩んでいただけると信じています」
俺は深く頷いた。
これが俺にとっての農業改革の第一歩であり、領地再建の始まりだった。
まだまだ道は長いが、確実に一歩を踏み出したのだ。
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