第4話反乱の火種

 村での農業改革の初動は予想以上に順調に進んでいた。


 灌漑システムの設計図を元に、領民たちは少しずつ協力し始めていたし、病害虫対策に使う農薬の準備も進んでいた。


 村長トーマスの協力もあり、農民たちの信頼を徐々に得つつある。


 しかし、俺の頭の片隅には、常に一抹の不安があった。


「……このまま順調に進むわけがない」


 領地の改革を進める中で、俺は歴史の教訓を思い出していた。


 どんなに素晴らしい計画や施策でも、それに反発する者が必ずいる。


 特に、過去の悪政によって得をしてきた者たちは、自分たちの特権が脅かされると感じれば、必ず声を上げるものだ。


 改革の初期段階にその兆しが見えないことの方が、むしろ不気味だった。


「若様、少々お耳に入れておきたいことがございます」


 執事のグレゴールがそっと俺に近づき、静かな声で告げた。


 彼の顔にはいつものように感情はあまり表れていなかったが、わずかに眉間に皺が寄っている。


「何だ、グレゴール?」


「実は、領内の貴族の中には若様の改革に不満を抱いている者が出てきております。


 特に、ラトン卿やセブルト侯爵といった富裕層の方々は、改革に対して懸念を表明しているようです」


 グレゴールの報告に、俺は予想通りだというように頷いた。


「やはりか……。貴族や富裕層は現状に満足している。彼らからすれば、俺の改革は面倒なことこの上ないだろうな」


 俺はそう言いながら、窓の外を眺めた。


 街の外れに広がる貴族たちの屋敷が見える。


 領地内の貧困層が苦しんでいる中で、彼らは安定した生活を享受している。


 その不満が少しずつ表面化し始めていることは、改革を進める上で大きな障害となる。


「ラトン卿やセブルト侯爵が特に反対している理由は何だ?」


 俺はグレゴールに尋ねた。


 彼らの懸念を理解しなければ、無用な衝突を避けることはできない。


「彼らの主な不満は、税制改革と治安強化のための予算配分に関するものです。


 特に税金の使い道が変わることで、これまで享受していた特権が脅かされることを懸念しているようです。


 また、農民への支援を増やすことが、自分たちの利益を損なうと考えているようです」


「つまり、彼らは自分の利益が減るのを嫌がっているだけか……」


 俺は軽くため息をついた。


 貴族たちの反発は予想通りだったが、それが実際に形となって現れると、やはり対策が必要だと痛感する。


「グレゴール、ラトン卿とセブルト侯爵に会いたい。すぐに彼らと話し合う場を設けてくれ」


「かしこまりました。手配いたします」


 グレゴールは一礼して部屋を出て行った。


 俺はしばらくの間、窓の外を見つめて考え込んでいた。


 改革を進める上で、どうしても避けられない対立がある。


 しかし、無理に押し通せば反乱の火種になる。


 いかにして彼らの協力を得るかが、今後の鍵となるだろう。


 ---


 翌日、俺はラトン卿とセブルト侯爵を迎える準備を整えた。


 彼らはそれぞれ領内で大きな権力を持つ貴族であり、俺の改革に対して強い懸念を抱いている。


 応接室には重い空気が漂い、貴族たちの到着を待つ緊張感が漂っていた。


「若様、ラトン卿とセブルト侯爵がお見えです」


 グレゴールが静かに告げると、扉が開き、二人の貴族が部屋に入ってきた。


 ラトン卿は中年の男で、精悍な顔立ちをしているが、その目には冷淡な光が宿っている。


 一方のセブルト侯爵は少し太り気味で、豪奢な衣装を身にまとい、表情には不満と苛立ちがありありと浮かんでいる。


「お会いできて光栄です、ラトン卿、セブルト侯爵」


 俺は丁寧に一礼し、彼らを席へ案内した。


 しかし、二人の表情は冷ややかであり、すぐに核心に触れるような険悪な雰囲気が漂っていた。


「領主様、何故我々が今日ここに呼ばれたのか、ご説明いただけますか?」


 ラトン卿が静かに口を開いた。


 その言葉には隠しきれない不信感が漂っていた。


「もちろんだ。お二人が今の領地の改革について不安を抱いていると聞いた。


 それについて直接話し合いたいと思ったのだ」


 俺は慎重に言葉を選んだ。


 ここで彼らの不満を無視して押し切ることは、領地全体を混乱させる危険がある。


「不安? それは違います、領主様。我々は不安を抱いているわけではありません。

 ただ、あなたの行っている改革が、果たして本当に領地のためになるのか疑問を抱いているだけです」


 セブルト侯爵の声は鋭く、彼の言葉の裏には明確な批判が隠されていた。


「改革は必要だ。現状のままでは領地は衰退する一方だと分かっているはずだ」


 俺は毅然とした態度で応じた。


 俺もまた、この場で引くつもりはない。


「確かに領地は困難に直面している。

 しかし、若様の提案する方法では、富裕層や貴族たちが今まで築いてきた安定を壊すことになりかねない。

 我々はそのような無謀な賭けを許容できる立場にはないのです」


 ラトン卿は静かに、しかし鋭い目つきで俺を見据えた。


 その目には、彼自身がこの領地の安定を守ることが最優先だという強い意思が込められている。


「安定を守るためには、変化が必要だ。それを理解しなければ、いずれ全てを失うことになる」


 俺は力強く言い放った。


 俺の言葉に一瞬、二人の貴族は驚いたような表情を見せたが、すぐに再び冷たい目を向けてきた。


「領主様、その理想主義では領地を守ることはできません。我々が望むのは、確実な結果です。

 無謀な改革ではなく、現実的な解決策を望んでいるのです」


 セブルト侯爵はそう言って立ち上がった。


 話し合いが平行線を辿っていることを悟ったのだろう。


 ラトン卿も静かに席を立ち、俺に一礼した。


「お考えを尊重しますが、我々も自分たちの立場を守るつもりです。どうか、改革が行き過ぎないようにご留意ください」


 そう言い残し、二人の貴族は部屋を後にした。


 ---


「……やはり簡単には、いかないか」


 俺はため息をつき、背中の力を抜いた。


 グレゴールが近づき、静かに話しかけてきた。


「若様、お話し合いはどうでしたか?」


「難航した。しかし、俺の改革に対する彼らの懸念は理解できた。

ただ、どこかで妥協点を見つけなければ、領地全体の安定が脅かされる」


「今後の対応について、何かお考えでしょうか?」


「まずは、彼らが懸念している点を明確にし、それに対する対策を検討する必要がある。

 そして、可能ならば貴族たちに協力を求める形で、改革の進行をスムーズにする方法を探る」


「承知しました。今後ともご支援を惜しまぬ所存です」


 グレゴールは深く一礼し、部屋を出て行った。


 ---


 俺は一人、窓から外を眺めた。


 改革を進めるには、まだまだ多くの試練が待っている。


 しかし、今はその一つ一つを乗り越えていくしかない。


 俺の領地が安定し、全てがうまく進む日を信じて、さらに努力を重ねていくしかないのだ。


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