第6話 「お前はどうして、戦ってるの?」
ありがと、と防寒服を手にしたGは言った。
「お前はいいの? キム」
「俺は別に。確かにその服は温度を保つよね。だけどG、そんなにここは、人間には厳しい温度?」
「え? 何で」
「お前だって、ずいぶん寒い寒いって言っていたじゃないの」
「……ああ」
Gはうなづいた。キムは何となしその口調が、先刻の首領のものと似ているような気がする。
「寒いよ。……でも、気温だけじゃないから……」
「そこが俺には判らないけど」
「判らない方がいいよ」
「何で? 確かに俺は判らないことが多いけど。でも判らないよりは判った方がいいじゃん」
Gは首を力無く横に振る。
「そうとも限らないさ」
「そういうもの?」
「俺はね」
受け取った服を手に取ると、Gはそれをふわりと羽織る。やっぱりちょっと大きかったかな、と横に掛けながらキムは思った。だがGはそんなことはどちらでもいいように、微かに笑った。
「……ああ、暖かいね」
それは良かった、と彼もつられて笑った。Gは両手を通して、ぎゅっと自分自身を抱きしめるような格好になる。そしてそれを見ながら、キムはずっと思っていた疑問を口に出した。
「ねえさっきはずいぶん寒そうだったけど、どしたの?」
「……え?」
「何か、すごく」
「……ああ」
そうだったかな、とGはふらりと首を傾げ、目を伏せた。
「……うん、何かね。寒い…… うん。すごく寒かったんだ」
「今は?」
「今はそうでもないけどね。……ちょっとさ、思い出したくないこととか、いろいろ頭の中を駆け回ってたから」
「……?」
キムは露骨に眉間にシワを寄せる。どうしてこの人間は、自分にこうも判らないことを色々言うのだろう。
「思い出したくないことをどうしていちいち思い出す訳?」
「別に俺は思い出そうとして思い出してる訳じゃないよ」
「変なの」
間髪入れずにキムは言った。反論が来るのを多少期待はしていた。だがGは軽く苦笑しただけだった。
それなら、とキムは同じ簡単な口調で別の質問を用意した。おそらくこの人間は、自分のことを単純な奴だと考えているはずなのだ。だったらそれを利用しない手はあるまい。
そしてどうして自分がこうもむきになって知りたいのか、キムはさっぱり判らないまま、用意した質問を口にしていた。
「どういう思い出したくないことよ」
ん? とGはちらりとキムを見る。
「お前には関係ないだろ?」
「関係はないけど、聞きたい」
物好き、とGは苦笑する。そして軽くうつむくと、それでも話し出した。
「味方を裏切ったことに関しては、俺は、そんなに辛くはないんだ」
「結構冷たいんだ?」
「かもね。妙な話、……ああキム、お前聞いたことないか? 誰が俺をここによこしたか」
「何となく聞いたけど」
間違いではない。彼の首領はそれらしい人物のことは示唆していた。それが誰であるのかは口にしてはいないが、確かにそういう人物が居ることは。
「俺はね、あのひとのためなら、別にいいんだ。それはそれで。ただ……」
「何かあるの? まだ」
「悪いことをしてしまった、なと。そういう奴が、居たから」
「好きだった?」
「たぶんね」
「自分のことでたぶんは無いでしょ」
Gは力無く首を横に振る。その拍子に、長い前髪が揺れて、キムの視界からは表情を隠してしまった。
「俺には判らないんだ」
「どーして」
「すごく、一緒に居る時間は楽だったんだけど」
「それじゃあまずかったの?」
「……どうだろね」
はっきりしないなあ、とキムは何となく苛立ちを覚える。
「じゃあその、お前に命じたひとのこと、お前はその相手より好きなの?」
「それもよくは判らないんだ」
「おい」
「お前達にとって生きるか死ぬかの問題に、そんな曖昧な理由で参加するからって怒られるかもしれないけど……」
「うん」
確かにそうだ。そんな曖昧で甘い理由で参加されてはたまったものではない。自分達は、生き残りがかかっているのだ。
「怒る?」
「うん」
キムは即座に首を縦に振る。だろうね、とGはつぶやく。
「だってそれじゃお前はそのひとと、そのお前の裏切った相手のことしか考えてないってことにならない?」
「そうだろうね」
ふう、とGはため息をつく。
「でもさキム、俺は、あのひとが未来を見せてくれたから、生きててもいいんだ、って思えたから」
「どういう意味?」
「またこういうこと言うと、お前に怒られるけどさ」
「うん」
「俺はね、居るのが辛かったの。この世界に」
次の瞬間、キムはGの頬を殴りつけていた。
痛いなあ、とそれでも怒りもせずにGはつぶやき、殴られた頬を撫でる。
「お前それって……」
「うん。お前には、怒られても仕方ないな、と思うよ。だってね、お前は、生き残るために活動してるだろ」
何となく、その言い方には、ひっかかるものがあった。だがとりあえずキムは、そのひっかかりは無視することにした。
「当然だろ」
「だからさ、俺はそうじゃなかった訳」
「何で」
「訳がさ、これこれどうこう、言葉にできたら簡単だよね。……真綿で首を締められている感覚って、お前判る?」
「? 真綿で……?」
「別にさ、特別これという理由はないんだ。だけど、俺は自分がこういう生物であることが、何か、ひどく苦しかったから。俺が選んだ訳でもないのに、こういう、天使種みたいな」
「天使種みたいな? それであることが、嫌なのか?」
「嫌な訳じゃないんだ。ただ、俺が、それであることが、ただ苦しいんだ。そしてそのまま、ひどく長い時間を生き続けなくてはならない、ということが、俺には苦しかったんだ」
「……判らないよ」
キムは言葉を絞り出した。
「だってお前、お前がどうこう言ったって、そう生まれてきてしまったものは仕方ないじゃないか」
「そうだよ。だから、救いようが無いだろ?」
「お前、それ何か、間違ってる」
そうだ確かに。キムは確信する。その言い分は間違ってる。生まれてきたからには、生きなくてはならないんだ。たとえそれが自分の意志なんかじゃなくても。
それが当然じゃないか。自分の中で、声が響いた。
「うん。だから、さ。俺は、あのひとが、俺には未来にまだやることがある、と見せてくれたから」
「見せてくれたから?」
「……だからさ、俺は別に俺のために生きなくてもいいんだな、と思ったわけ。……でもさキム、お前は俺がそのひとのことしか考えてないって言ったけれど、お前はどうなの?」
え、と彼は思わず問い返していた。
「お前はどうして、戦ってるの?」
「どうしてって…… レプリカの……」
「そういう理由のため? それとも、それを唱えている人のため?」
それは、と彼は言いかけて口ごもった。
そう言えばそうだ。彼は自問する。
俺は一体何のために戦ってるんだ?
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