第2話 冬の惑星マレエフのヴィクトール市にて
エセセセール系第四惑星のマレエフは、「冬の惑星」と言う通り名で知らている。
その通り決して暖かい星ではない。少なくとも平均的な居住可能惑星と比べては、格段に寒いと言ってもいい。
居住可能なのは赤道付近の大陸の一部地域だけだったし、そこにしても、平均的居住可能惑星の「夏」は存在しない。あるのは「寒期」と「暖期」だけだった。
だがその地域に限って言えば、ドーム都市を作る程の厳しさでもなかったし、他の地区にしても、果たしてそういった閉鎖都市を作るだけのメリットは無かった。鉱産資源がある訳でもなく、海産資源がある訳でもない。
従って、この惑星は、当初、ほんの一部の地域にさして多くもない、裕福でもない人々が住んでいるだけの場所だった。
だが転機はどんな惑星にでもある。
この「冬の惑星」マレエフの場合、転機の原因は、レプリカントだった。
このひどくデリケートな商品を扱う星間最大唯一の大手、SL財団の本拠地が、長引く戦争のせいで、それまでの場所から移転したのだ。
移転と言っても単純に、一つの惑星の上の大陸から大陸といったちゃちな単位を考えてもらっては困る。星間指折りの企業体であるSL財団は、戦争の激しい地域全体を見放したのである。それ程に、この戦争は始まってから長く、また終わる見通しも全く立っていなかったのだ。
そんな事情もあって、財団は、各地に点在していたレプリカント製造工場を統一させ、この地価の安い、さほどのメリットもなさそうなマレエフに移したのである。
そして現在、レプリカントがレプリカントであるための「材料」
「だから、ここを落とさなくてはならないんだ」
低く、乾いた声が暖かくはない風に乗った。
薄茶色に枯れた草を踏んで、キムがその日、彼の首領に連れて来られたのは小高い丘だった。ヴィクトール市のはずれ、そこからは遠くにその工場が一望できた。
ハルは広大なファクトリィを指さす。
それは一つの町と言って良かった。人間はそう多くはないから、それに対する保養施設等が少ない。そのせいか、眼下に広がるその「町」はキムの目にはひどく無機質なものに見えた。
「ここにしかない。と言うことは、ここを落とせば、全星域中のこれから作られるレプリカントを手に入れたと同じなんだ」
確かにそうだ、とキムは思う。
「だから、今度の作戦はなかなか重要だよ」
彼はうなづいた。その拍子に、この惑星特有の暖かくはない風が、ゆるやかに吹いて長い髪を揺らせていく。やや煩げにそれをかき上げるのを見て、彼の首領であるハルは、それまでとやや口調を変えて訊ねた。
「あのさぁ、前から俺思ってたけど、お前その髪重くないの?」
「え?」
「そんな長さ、人間でも滅多にやらないよ」
「そう?」
「そう」
「そうかなあ」
「そうだよ」
彼は自分の栗色の長い髪を一房持ち上げてみる。まっすぐなその髪は、手入れもそうしないくせに、傷みもなく、さらさらと彼の手からすべり落ちる。
誰の趣味なのか判らなかったが、ぼんやりとしていながらも、意識づいた瞬間から、彼の記憶の中の自分自身は長い髪だった。それ以外の自分は考えられなかった。
「……まあ一度伸ばしてしまうと、そう切れないってのはあるだろうけどな」
「付ければいいじゃん。別に……」
そういう技術は何処にだってあるのだ。
「だったらお前、いっそその髪、切っちゃえば? 結構、俺見ててうっとぉしいよ?」
キムは黙り込んだ。そしてやや眉根を寄せて哀しげな顔になる。彼の首領は、時々こう言った意地悪を言うのだ。そして彼がそんな表情をする頃には、既に彼の方から視線を飛ばしているのだ。
卑怯だよ、と彼は時々思う。自分にこんな顔をさせるくせに、その顔を見もしない首領に、時々、もどかしさを感じる。
最初からそうなのだ。首領は自分が何を考えてるのか、結構見通しなくせに、自分には首領の考えていることはさっぱり判らない。
何故だか判らないけれど、ひどくもどかしい。
「……それでハル、俺は何をすればいいの?いつもの通り、皆殺し?」
キムは髪を後ろを回すと、ぼんやりとそのままファクトリィに視線を飛ばしている首領に訊ねた。
「それもあるけど」
ハルは彼の方に向き直った。
「今回はそれだけじゃないんだ」
「それだけじゃない?」
ああ、とキムの問いにハルはうなづくと、やや気だるげに長い前髪をかき上げた。
「派手に宣伝したからね。向こうさんも出てくる」
「向こうさん」
「駐留軍だよ。マレエフには、アンジェラスの連中が居座ってるはずなんだ」
「へえ」
それは彼には初耳だった。
「アンジェラスって言うと、あの、天使種って奴?」
「そう、その天使種」
ああ、と彼はうなづいた。キムも噂には聞いていた。長く続く戦争の中で、戦争だからこそ見いだされた、「優秀な兵士」の種族。
「殺されても死なないっていう連中だよ」
「レプリカのように?」
「そう俺達のように。切り倒したくらいじゃあ、突き落としたくらいじゃあ簡単には死にゃしない。何がどうしてなのかは、全然明らかにされてないけどさ……徹底した種族的秘密主義だよ。だけどただ一つだけ言えることがあるよ」
「何?」
「連中も、俺達同様、人間じゃあないってこと」
冗談、とキムは笑った。冗談だよ、とハルは口元だけを上げた。笑っているように見える。だが目は笑っていない。
尤も、そんな表情は出会ってこの方見たことが無いのだが。
「ま、それはそれとして、連中も仕事は仕事だからさ、出てくるよ。俺達を止めるためにね。そこでお前の役目なんだけど…… 向こうの佐官を一人、生け捕りにしろ」
「生け捕り」
キムは目を大きく広げた。
「何か俺、ずいぶん聞き慣れないコトバを聞いた気がするんだけど」
「俺もそう思うけどさ。だけど必要だからね」
「必要」
「そ。必要。情報源だよ。そいつなら、大丈夫だ、と俺は聞いているから」
「誰から」
「さあ」
ハルはそういうと、再びぷいと背を向けた。
この首領は、そういう肝心なことを決して自分には口にしない。だからそういう態度をとられるたびに、キムはもどかしく感じる。
最初からそうだった。出会った当初から妙に自分に構うくせに、この首領は、大切な部分でははぐらかすのだ。絶対に本当のことを告げない。
とは言え、首領にも言い分があるらしい。あの何処か、外見とよく似合った少年めいた口調で、含み笑いを時々差し挟みながら首領は彼に繰り返した。
「だってお前は変わってるんだもん」
そしてさすがに言われるだけでは何やらしゃくなので、キムも時々問い返してみた。俺の何が変わってるのよ、と。
「だってお前には、俺の『命令』効かないじゃない」
言われるまで気付かなかったのは果たして幸運だったか。
「だいたいお前、どーして俺が首領なんかやっているのか知ってる?」
ハルは逆に訊ねた。無論その時のキムは知らなかったので、素直に首を横に振っていた。するとハルは、実に楽しそうな口調でこう答えた。
「あのねキム、俺が首領やってるのは、俺が『命令』できるレプリカだからなんだよ」
ハルはあっさりとそう言ったのである。さすがにその時、キムはその言葉の意味が掴みきれなかったのを覚えている。もう結構前の話だ。
だが今ではその言葉の意味も判る。それがどういう意味を持っているのかも。
「……で、どういう佐官なのさ」
自分に背を向け続ける首領に向かってキムは訊ねた。
「可愛い奴だよ」
「可愛い奴?」
「そう。お前と同じくらいね」
何言ってるんだあんた、とキムは口をとがらせた。くっくっ、という笑い声とともに、首領の肩が軽く上下した。
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