第17話 迎えの準備

「セレステア様ご一行はケンディムの街を出発したようです。魔導車でコモートに向かっています」



 側近ラートルの報告に、リダールは顔を綻ばせた。



「何事もなかったようで良かった」



 勇者ルシオンの失態で一時はどうなるかと思われたが、セレステアたちは順調に進んでいるらしい。コモートに向かっているということは、迂回路で都を目指すのだろう。落石で塞がった道は、復旧に一週間はかかると報告を受けている。


 セレステアに「国を見て回りたい」と言われなければ、リダールはすぐにでも迎えに行くつもりだった。だが、彼女がそれを望まないのなら仕方がない。


 国に縛られて生きてきたセレステアを、自由にさせてやりたい。それがリダールの願いだ。彼女が願うことはこの手ですべて叶えると、そう誓ったのはずっと昔。だからこそ、魔族と人間が手を取り合える世界を目指すと決めた。


 もちろん、セレステアの安全は第一だ。だからこそ、あらゆる可能性を念頭に置いて策を練らねば。



「何かあれば、すぐに報告をするように」


「御意。それでは、失礼いたします」



 執務室を退出していくラートルと入れ違いに入ってきたのは、秘書官のオルヴァンだった。横目でラートルを見送り、にやりと笑う。



「調子はどうだ?」


「上々」



 秘書官とはいいつつ、オルヴァンがリダールにへりくだることはない。彼はリダールが十四歳で王位を継承する以前、先代の魔王として国を率いていた人物だ。


 これまでの歴代魔王は、そのほとんどが死をもって代替わりをしていた。けれど先代のオルヴァンは、一目見てリダールの才能を見抜き、さっさと王位を譲った変わり者だ。


 若すぎる魔王を補佐するため、王位を退いたのちもこうして城に留まってくれている。リダールにとっては良き師であり、頼れる兄のような存在でもあった。


 先ほどまで執務室にいたラートルも、先代の頃からここで働いている。長く仕えているだけあって内務のほとんどを把握しており、リダールも城に来た当初はラートルから仕事を教わった。


 オルヴァンは大股で部屋を横切り、壁沿いに置かれているソファにどっかりと座り込んだ。



「聖女には昨晩も会いに行ったんだろ? どんな様子だった」


「不安そうではあったな。でも俺が連れてくるのは断られた」


「実は嫌われてんじゃねえの?」


「そんなことはない!」



 反射的に言い返すと、オルヴァンは意地が悪そうにくっくっと笑う。ムキになるリダールを見て楽しんでいるだけだとは分かっていても、セレステアのこととなると子供じみた反応をしてしまうのだ。


 リダールは眉間を指でぐりぐりとほぐしながら、「それで」と報告を促した。



「お前の予想通りだな。仕掛けるなら多分、コモートだ」



 すっと真面目な顔つきになったオルヴァンが、窓の外に視線を投げた。その方角には、今セレステアたちが向かっているコモートの街がある。



「そうか。今夜あたり、またセレアのところに行ければいいんだが……」


「無理なら手紙でも書いとけ。城の方も手抜きはできねぇんだ」


「そうする」



 執務机の引き出しから便箋を取り出し、ペンを手に取る。丁寧に文字を綴るリダールに、オルヴァンが楽しそうな声を上げた。



「そういや、広間がエラいことになってたな」


「広間……?」


「随分可愛らしく飾られてたぜ。お出迎えの準備はばっちりだな」



 真面目な態度は一瞬だった。リダールはため息をつき、人差し指を忠実な秘書官に向ける。


「馬鹿なこと言ってないで、仕事してこい」


「あ、ちょ――」



 魔法でオルヴァンを執務室から追い出して、書きかけの手紙に向き直る。恋人に宛てる手紙なのだから、どんな内容であっても集中して書かせてほしい。



「もうすぐだな……」



 呟いた声は、自分でも分かるくらいに弾んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る