第89話 罠?

 ヒョーは、ウサギ式神を指しながら僕の方を振り向いた。


「あの式神は、君の仲間だろ?」


 僕は無言でうなずく。


「つまり、この式神を通して、私の要求を伝える事ができるというわけだな」


 いったい、何を要求する気だ?


「御神楽芙蓉よ。久しぶりだな」


 ウサギ式神が、ヒョーの前に降り立った。


「ヒョーさんですね。あるじから、伝言があります」

「身神楽芙蓉は、なんと言っている?」

「挨拶などいい。さっさと、要求を言えと」

「せっかちな奴だな。では、要求する。御神楽芙蓉。五年前の決着をつけたい。この場所で私と勝負しろ」


 勝負なら、さっきからやっているじゃないか?


 ハッ! きっとこの場所では、芙蓉さんに不利な何かがあるんだ。


 ヒョーが僕を人質に取った本当の目的は、芙蓉さんをおびき寄せるため……


「芙蓉さん! 来ちゃだめだ! これはきっと罠だ!」

「優樹キュン。罠なんかないよ」

「じゃあ、なんでここで戦いたいのです?」

「それはだな……」

「ここじゃなくても、さっきから庭で戦っているのでしょ。こんな狭いところで、戦う必要がどこにあるのです?」

「私が、ここで戦いたいのだ」

「なぜ? 理由は?」

「私は……ここが好きなんだ」


 やっぱり、何か罠があるんだ。


「芙蓉さん! 僕はどうなってもいいです。ここへ来ちゃダメ! 罠です」


 不意にヒョーが、僕を抱きしめていた腕に力を込めた。


 怒らせてしまったかな?


「優樹キュン。君は今『僕はどうなってもいいです』と言ったね?」


 え?


「言ったよね?」


 僕は無言で頷く。


「では、私が君にどんな事をしてもいいのだね?」


 えええええ! 危害は加えないって、言ったのに……


「では、こんな事もしてよいのだな」


 何されるの? 怖い!


 恐怖のあまり、僕は目をつぶる。


 その直後……


 ムニュ!


 ん? なんだ? くちびるれるこの柔らかい感触は……


 まぶたを開くと、覆面に包まれたヒョーの顔が、すぐ目の前にあった。


 えええええ!?


 …

 

 ……


 ………


「プハ」


 一分ほどして、ヒョーは僕から口を離した。


「ふふふ。キスは初めてだったかな?」


 初めてじゃないけど……樒にされた時は舌を入れては来なかった。


 ヤバ! 今のって、式神を通じてミクちゃんに見られている。


 当然、樒にも知られてしまっただろうし……いや、別に樒なんか好きじゃないけど……やっぱり、樒は僕の事が好きなのかな? 


 でも、僕は……僕は誰が好きなのだろう?


 氷室先生……


 ヒョーにキスされている間、僕の脳裏には氷室先生の顔が浮かんできていた。


 僕……氷室先生が、好きになっちゃったのかな?


「さて、優樹キュン。お姉さんと、もっと良いことをしよう」

「やめて!」


 僕はヒョーの腕の中でもがいた。


 しかし、元々非力な上に手首を縛られている状態では逃れられない。


「だめよ。君は『どうなってもいい』と言ったのだから」

「やめて下さい。僕……好きな人がいるんです」

「え!? だ……誰!? そのうらやましい女は?」

「そんな事、言えない。言ったら、呪う気でしょ」

「う……そ……そんな事はしない」

「否定する時に、ちょっと間が開いた。呪う気だ」

「う! いや、私はプロだ。金にならない呪いはしない」

「嘘だ」

「では聞くが、君とその女は両思いか?」

「片思いです」

「なら、問題はないな」


 そう言って、ヒョーは僕を強く抱きしめてきた。


「その女の事は、あきらめなさい。君には私がいるから……」


 ヒョーは口を近づけてきた。


「待って! その前に話を聞いて」

「なんだ?」


 僕はウサギ式神の方を向いた。


「その式神を操っているのは、芙蓉さんじゃないんです」

「なに?」

「子供なんですよ。こんなのを、子供に見せちゃダメでしょ」

「子供だったのか。それは教育上よろしくないな」


 このまま止めてくれるかな?


「そこのウサギ。これから大人の時間になる。子供は帰りなさい。帰って御神楽芙蓉に伝えるのです。早く助けに来ないと、優樹キュンが大変なことになるぞと」


 ウサギ式神は、ヒョーの眼前にきた。


あるじからの伝言です。馬鹿にしないで。あたしはそんな子供じゃないと」

「歳はいくつだ?」

「十二歳です」

「十分子供だ。帰って勉強でもしていなさい」

「イヤだ。帰らない。と言っております」

「ダメです。これから、私が優樹キュンにする事は、子供が見ていい事ではありません。帰りなさい」

「ヤダと言っております」

「ぐぬぬ。ならば、強制排除するまで」


 ヒョーは僕のブレザーに手を入れると、ショルダーホルスターに入っていたエアガンを抜き取った。


「これでも食らえ!」

「それだけはご勘弁を!」


 エアガンを撃たれて、ウサギ式神は逃げていった。

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