第35話 同期魔法
理性を失い、私は獣のように、叫び、
エウロパは光の矢に射抜かれた。泣くのを止め、動くことも止め、壊れた人形のように、そこに
私は声を失った。信じがたい光景が私の目の前に広がっておる。
間も無くして、黒い靄が、エウロパに凝縮し、そして、爆ぜるように、広がった。靄を発しておったのは、私ではない。エウロパだ。
膨張する靄に、私も勇者も、もちろん女神も吹き飛ばされ、地面に倒れこむ。
「魔法を封じます!」
女神の叫び声と共に、私は音を取り戻した。爆風が吹き荒れるかのような轟音が、ゴウラに響き渡る。
か黒い靄が、再び、凝縮する。靄の中心におるであろうエウロパの姿は、もはや輪郭すらも見えない。
魔法を発動せんと構える二人に、魔法陣が開く。魔法陣と共に現れた黒い点が、二人を縛り付けるように、不規則に折れ曲がった線を描き始める。
「こ、これは」
ランダム魔法。勇者も、女神も、その魔法に
今度は、球状に丸まった黒い靄から、きらきらと光が瞬く。
意識を集中し、身構えた時、既に、勇者の片腕が吹き飛び、女神は、真っ赤な血をぶちまけていた。
私は、両脇に二人を抱え、その場を飛び去った。
必死に、逃げるように、黒い球体から遠ざかった。
途中、不快な低音とともに、またも、地面に引っ張られ、推進力を失った。
私は、身を潜めるように、山肌の影に身を寄せた。
両脇に抱えた勇者と女神を、そっと、地面に寝かせ、私は、二人の治療を始めた。「――ダンテ」
勇者が話し掛けてくる。既に虫の息だ。勇者は、片腕を失い、脇腹もえぐられておる。
「黙れ」
「ダンテ……、僕はもうだめだ」
「黙れと言っている」
私は、勇者の言葉を無視して、手をかざし、治癒魔法を続けた。すると、勇者が私の腕を掴む。
「大丈夫、いいことを思い付いたんだ」
私は、勇者の目を見ていた。額に汗がにじみ、瞳は細かく震えている。
「僕が、どうして君に勝てたか、話したろ。憶えているかい」
「ああ」憶えているさ。「もう話すな」
「最後だから、言いたいは言わせてもらうよ」といい、いつものように笑ってみせたようだが、この時ばかりは、少し頬が震えただけだった。
「仲間の一人が」
勇者がそこまでいい、血反吐を吐く。
「仲間のひとりが、お主に力を授けた。命をなげうってな」
私は、勇者の代わりに、言葉を続けた。そしてこう付け加えた。「もう黙れ」
「そう。あの時」途切れ途切れに、勇者が言葉を絞り出す。「彼女は、どんな気持ちだったのか、僕にはわからなかった。でも……」
「わかった。その話はあとで聞こう」
「今ならわかるんだ」
勇者の握力が、少しずつ弱くなっている。私は、治癒を急いだ。
「ダンテ」
私の名を呼びながら勇者が体を起こそうとする。私は制するように、勇者の胸に手を置く。
「僕を取り込むんだ」
その言葉に、私は「馬鹿を言え」とすぐに返した。
「僕を同期するんだ。そうすれば、君は最強だ」
息を荒げる勇者は、私の目を見ている。
「そのあと、やることはわかっているね」
私は、口を固く閉ざした。
「さあ早く」
勇者の瞳を見つめた。
「時間がない」
「……アラン」
アランがまた、笑おうとする。
「さあ。僕をこのまま、死なせるつもりかい」
アランの手が、私の腕から、はがれ落ちようとしている。
その時、一瞬だけ、勇者の顔に、いつもの笑顔が輝いた。
私にはそう見えた。
「……シンク」
私は、同期魔法を発動した。
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