第88話 聖歌隊 後編


 俺とオーウェン、シュミーを取り囲む、合計して10個の人影たち。

 全員が『聖歌隊』だ。


「オーウェン」

「問題ない。警戒するべきは…3人程度だ。隊士のなかでも、おおきく実力差があるように思える」

「そうか。なら、とりあえず撃ってみる」


 耳打ちし終えると、さっそく最初の隊士が魔力で杖身を編んだ金属杖を構えて突っ込んでくる。

 連携して、空間系スキルホルダーの刈り上げ頭の巨漢が、空間の狭間に消える。


 オーウェンは飛び込んでくる隻腕の男を隊士を迎えうつ。

 あの隻腕剣士はかなりの武闘派なのか、腕一本で我らの剣豪に剣の勝負を挑むらしい。


 っと、こっちに集中しないとだ。


「異端者を抹殺する」

 

 木の影から飛び出してきた隊士が、紫色に輝く短剣を突き出してくる。間違いなく彼のスキルで強化されてる得体の知れない刃だ。


 俺は構わず、全力の乱気流で隊士を吹っ飛ばして遙か彼方へ戦線離脱してもらう事にした。隊士はうめき、体をひねって攻撃の力を柔らかく受け流す。


「っ」


 次に襲ってきたのは、水だった。

 縦横無尽に暴れまわる超高水圧の死の旋風だ。

 それは、大木をやすやすとぶった切りまくり、森を更地に変えながら、俺を斬り殺さんと乱舞をはじめる。


「危なッ?!」


 俺は自分に当たりそうになった刃を避ける。えげつない攻撃をかわしながら、木の根から水を吸い上げて、凶器に変えているスキルホルダーを突き止めた。

 一本だけ無事な木の裏に隠れてるそいつごと、圧縮した空気の弾丸で木の幹を撃ち抜いた。


 すぐに次の敵がくる。

 

「こっちだ」


 またしても声が聞こえて、刈り上げ頭の巨漢が仕掛けてきたと察する。

 しかし、さっきと同じように、声だけ空間移動させて、本命の金属杖の投擲を行ってくると思ったが、今度はなかなかアタックがなかった。


 ただ、声だけを耳元に空間転移させてくることで、集中力を慢性的に奪う気らしい。

 

 自分が討たれたらいけない、大事なポジションなのをわかってるようだ。

 

 だが、分かってない事もある。

 奴は俺の集中力の高さを分かってない。


「速い」

「スキル発動すら、させて、もらえんか…」


 どうやら、俺の指パッチンによる乱気流の射出は『聖歌隊』の多くの隊士すら、まったく近づけないくらいの、極小時間のインターバルしか存在しないらしい。


 風の弾では、彼らを気絶させることは叶わないが、それでも接近させず、すべてのスキル攻撃を撃ち落とし・収納していけばいい。

 ダメージは確実に蓄積してる。

 すでに2人の隊士は膝をついてる。

 俺は岩の裏にかくれて、いったん休憩しようとする隊士の足元へ『巨木葬』を撃ち込んで、爆風で完全にノックアウトさせた。


 焦りをはらんだ刈り上げ頭の巨漢の声が、聞こえてきた。


「どうして、押しきれない……? ありえない、ありえないぞ、そんな連続での空間の開閉など、そんな攻撃速度は実現不可能だ」

「でも、出来てる」

「くっ……」

 

 俺は現場で俺と戦う隊士を、余裕の表情で眺めている2人の″別格のオーラ″をまとう者たちへ視線を走らせた。


 あいつらは何故か参戦してこない。

 戦う気がないようだが……,



 ─────────────────────────────────────



 その白いコートに身を包んだ2人は、数十メートル先で『聖歌隊』の隊士4人を相手取って、にすべての攻撃をさばききる男を眺めていた。


 すでにひとりが倒された。

 

 最強のスキルホルダーにして、それぞれが『限定法』の使い手であり、またレベルも皆が220レベルを越えるバケモノ集団。

 それが女神ソフレトの懐刀『聖歌隊』だ。

 

 本来、一対一を好み、すべての隊士が単騎での戦いでこそ真価を発揮する性質があるとはいえ、眼前で隊士4人の攻撃を防ぎ切る青年は″異常″と言わざる負えない。

 

「『剣聖けんせい』……あれをどう思う?」

 彫りの深い顔の男はたずねる。


 隣でつまらなそうにする少女は「別に」と答えるだけだ。


「地獄から帰っただけ、あの男は」

「ほう。また面白いことを言うねぇ」

「何も面白くないよ。そのまんまの意味」

「わからないねぇ。指パッチンをスキル発動の起点としてるようだが……あの動きは″おかしい″。無駄が多くないかい?」


 彫りの深い顔の男は、最近薄くなってきた金髪の髪の毛をなでて、隊士相手に粘り続ける異端者を指差す。

 

 少女は答える。


「だからこそ『限定の極致』なんだよ。右腕を持ちあげて、指を擦り合わせて鳴らす。何のこともない普通の動作。戦いにはなんの役にも立たない。だけど、それは『聖歌隊』をしりぞける武器として成立してる。理由はあのルーティンワークを、あの速さでこなせる人間がこの世界にいないことだけ……」

「シンプル過ぎる。だが、同時に強力すぎる限定だ…まったく、『聖歌隊』じゃそんな『限定法』は教えないのに……彼に『限定法』を伝えた人間はさぞ発想が狂ってたに違いない」


 彫りの深い顔の男は、そう言い、肩をすくめる。

 黒髪の、冷めた表情の少女は、倒れゆく隊士の真んなかで、まだ立っている青年を見つめる。


「5年間、10年間、あるいはもっと長い時間、没頭した。そして、冬を越えた。……いや、覚悟次第じゃ、時間なんて関係ないかもね」

「水滴岩を穿つ、指パッチンも極めれば『聖歌隊』を打ち負かす。はは、これは傑作だ」


 黒髪の少女と、彫りの深い顔の男は呆れた眼差しで青年を見つめた。


 ──────────────────────────────────


 

 オーウェンは迫りくる隊士をものともしていなかった。

 

「強いな」


 隻腕の男は、片手に剣をもったまま、ただいま隊士2人を斬り捨てた剣豪を見つめる。

 刀についた血のりを払い、オーウェンは隻腕の男へ向き直った。


「『聖歌隊』とはこんなものか。すこし失望したな」


 オーウェンは挑戦的に喋りかける。


「実を言えば、そいつらは『聖歌隊』じゃない。頭数揃えるために採用されただけの隊士だ」

「そうか。──ならおまえは?」

「俺はどうだろうな」


 隻腕の男は薄く微笑む。

 瞬間、オーウェンは踏みこんだ。


 ──ガギンッ


 オーウェンと隻腕の男の剣が交差する。

 鋼と鋼が触れ合う時間が極端に短いゆえに、そこに腕力差は存在しない。それを成せるだけの技量、そして、剣の重量にまかせて振り回し続ける剣技にこそ秘密はあった。

 

「くっ…!」

「どうした刀使い、俺より遅いぞ」


 オーウェンは隻腕の男のに眉をひそめる。

 片腕で絶えず振り回されて、一撃を受けるたびに、剣の速度は増していく。


(レベルを解放するか…)


 オーウェンは前髪を剣がかすめた段階で、彼は重要な決断をくだした。


「っ!」


 隻腕の男がオーウェンの首筋に最速の剣を打ち込もうとしたとき。

 オーウェンの体から蒼い波動が起こった。


「雰囲気がすこし変わった…?」


 隻腕の男は剣の振りをとめて、わずかに″蒼いオーラ″をまとったオーウェンを見つめる。


「レベルを『50』まであげた。これでお前を殺せる」

「レベルを調整するスキルか? ふむ、となると普段のお前はレベル50以下に抑えていたと? 剣術だけで仮にも『聖歌隊』の審問者を倒したわけか」


 隻腕の男は興味深そうに聞く。

 オーウェンは「はて、どうだろう」と軽く受け流して、素早く隻腕の男に斬りかかった。


「ぬぐっ! パワーがあがったか…!」


 隻腕の男はレベル解放を行ったオーウェンの初太刀に吹っ飛ばされた。


 大木をへし折りながら飛ばされた先。

 オーウェンに先回りされたことを悟り、隻腕の男は、不意打ちに剣を間に合わせる。

 オーウェンは自分の見込みより、隻腕の男の対応力が高いことを知った。


 レベル解放を行ったオーウェンであったが、腕力が上がったところで、隻腕の男の得意な剣術のまえに有効打を与えられない。

 しまいには、オーウェンの現在やレベルのパワーと太刀筋に慣れてきた隻腕の男が、ふたたび剣の速さを加速させはじめる。

 オーウェンは頬や脇腹、肩に腕などを斬り裂かれながら距離を取った。

 オーウェンは思う。


「お前、当代の『血鬼けっき』か……?」

「はて、どうだろうか」


 隻腕の男はオーウェンの確信めいた物言いに、薄く微笑みかえすだけだ。

 数メートルの距離から、もはや何も見えないほどに刃を加速させる隻腕の男が近づいてくる。

 

(片手で扱う剣術が特徴の血鬼流。隻腕だからこそたどり着ける、矛盾した伝説の神速を、この男が体現してるとしたら──)


 オーウェンは険しい顔で、ゆっくりと刀を鞘に納め、左手を鞘に、右手で刀の柄に手をそえた。居合斬りの構えを取ると、オーウェンの体の蒼いオーラが沈静化していく。

 もうレベル『50』じゃない。


「どうした、わざわざ居合で速さ勝負に参加するのか?」

「これはただのルール。お前の起点に反応する。俺の剣術の″限定″だ」


 オーウェンの静かな物言いに、隻腕の男は口元をゆるめ、好奇心満々の顔になった。

 荒れた森のなか、拭き抜ける風を感じながらオーウェンはただ居合の構えで待つ。

 隻腕の男は剣の速度が、いよいよ最高速に達しようとするタイミングで究極の奥義を繰り出した。


「秘剣──『血尸斬ちかばねぎり』」


 隻腕の男の体が爆発的な血の香りにつつまれた。

 神速を越えた速さにより、もはや残像ではない、実態と変わりない、無数の剣が、現実という事象の連続性を破壊して、オーウェンの前面から襲い掛かる。

 血鬼流を極めた者がたどり着く、初代が使ったという伝説の秘剣であった。

 放たれれば敵の死は確定する技。


 ──だが、隻腕の男には言い知れぬ不安があった


 目の前の天才剣士は何かするのではないか、と。

 その予感は正解する。


 真っ向から受けるオーウェンの体。

 さきほどまで、彼をあわく包み込んでいた蒼のオーラが内側から膨れあがったのだ。


 その瞬間。


 隻腕の男の剣は、オーウェンの姿をすり抜けるように空を──否、真空を斬っていた。


 隻腕の男は目を見開き、口から吐血する。

 彼は自分の身体が逆袈裟に斬られていることに気がついた。


 隻腕の男の背後で、オーウェンは血のついてない刀をゆっくりと納刀し、ちいさな声でつぶやく──『神格狩しんかくがり』と。

 オーウェンの体はもう、蒼いオーラには包まれていなかった。


「伝説では血鬼流開祖は、四十四の斬撃を重ねて放ったという」

「……そうだな。俺は、まだ、剣神の域に半分も到達していない……」


 隻腕の男はもはや力が入らない手から、剣を取り落とした。


「だが、最速にして、最高の『血尸斬り』だった……」

「そうか」


 オーウェンは淡白な声で応える。

 隻腕の男は乾き、疲れた小さな小さな笑い声をあげながら、地面に倒れ伏した。


「剣神に傷をつけれたなら…十分だ……」


 隻腕の男はそう言って、安らかな顔でまぶたを閉じた。

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