第83話 女神シュミー捕獲

 

「『黒いロザリオ』……間違いない、これは夜の女神シュミーのもとへ、俺たちを導いてくれるはずだ」

「そういえば、そんなの拾ってたっけ」


 遠い昔の記憶を思い起こす。


「マックス、飛ぶぞ」

「ん?」


 オーウェンは『黒いロザリオ』を口にくわえ、刀で無造作に空間を斬りつけた。

 『亜空斬撃』だ。次元の裂け目が再び現れてオーウェンは俺にうなずいてくる。

 

 まったく便利な能力だ。

 俺とオーウェンは次元の裂け目に飛び込んだ。


「ん、なんか妙にぬくいような…」


 黒い光のさき、その出口の先から湯煙のようなものを感じとった。

 すぐに視界がひらけて、俺とオーウェンは次元の裂け目をぬけた。


「ああ〜やっぱりお風呂は最高よねえ! アタシみたいな謎の美女神の禁断の誘惑、ふふん、こんな現場、信者たちには見せられないわあ〜」


 懐かしい声が耳に聞こえてくる。

 すぐ横を見ると、ちょうどこちらへ顔を向けてくる美しい少女と目があった。こんにちは。

 

「へ?」


 あられもない姿の少女は、目をパチクリさせて惚ける。

 が、それも、数秒のこと。


「ぁ、ぁ、ああああああ!? チャチャチャ、ちょっとー! なにしちゃってんのよ、アンタ! 女神のお風呂をのぞくなんて、うわぁああああ、ど変態たちだぁあ?!」


「マックス、女神だ。捕獲するぞ」

「ぇ、えぇ……」


 冷静なオーウェン。

 俺はそうはいかない。

 ドギマギしてしまって、とてもこんな姿の少女を捕獲、というか保護出来そうにはない。


 なにより、マリーに怒られてしまう……。


 俺はまぶたをぎゅっとつむって「助けに来ました、女神様!」と堂々たる宣言をした。


「寝言は寝ていえい、賊どもめぇえ! 可愛い女神様を襲いに来たの間違いでしょーが!」


 その女神はたいそう怒っていた。

 やがて、小さな風呂場の外から「女神様あああ!」と叫びながら、走ってくる足音が聞こえるようになってきた、


 俺はオーウェンとお互いに顔を見合わせ、オーウェンには女神をまかせ、俺はむかってくる敵性存在を排除しにかかった。


 俺は風呂場から胸を張って堂々と退出する。


「ええええ?! 貴様、なんて自信満々に犯行現場から逃れようとしてんだ!」


 黒いローブを来た集団のうち、先頭にたつハッキリした顔の男は言った。


「信じて欲しい。俺たちは女神を捕獲……じゃないや、保護しにきたんだ」


「ダメだダメだ、こいつ本音が漏れてましたよ! やってしまいましょう!」

「うむ、どうやって侵入したか分からないが、シュミー様の裸体を見たのは事実。すなわち万死に値する大罪なり。──貴様はここで炭になれぇい!」


 男のひとりが腰に下げたランタンを手にとり、高くかかげた。

 何をするつもりなのか、腕を組んで見守っていると、ランタンに炎が勝手に灯る。

 男の「キェェエイ!」という奇声とともに、ランタンは振られて、その中の炎が、意志を持ってたかのように襲いかかってきた。


「面白いアイテムだ」


 ──パチン


 俺は指を鳴らして、炎をすべてポケット空間に閉じこめて無効化する。


「…………は?」


 男たちは惚けて、目を見開く。

 

「ぐっ、まだまだああ!」

「俺たちの本気を見せてやろう……っ!」


 男たち皆、黒いローブの内側からランタンを取り出し、その中に轟々と燃え盛る炎を灯した。


「いいさ、飽きるまで付き合おう」

「「「「キェェエイ!」」」」


 俺は男たちの謎のアイテムによる着火活動を指を鳴らしながら見守った。


 ──しばらく後


「どうへぇお、おえぇ…」

「司祭様、むりです…気持ち悪いです……」

「魔導具の使いすぎで……もう、僕、耐えられません…」


 黒ローブの集団は、風呂場の前でみんなぐったりとして死にかけていた。

 俺は攻撃を回収してただけで、何もしていないのだが、どうやら自滅してしまったらしい。


 意図せず無力化が完了した頃、風呂場から濡れ髪をタオルで拭きながら女神シュミーが走って出てきた。

 頬に叩かれた跡が残ってるオーウェンの頑張りによって、ある程度説得は成功したことがうかがえる。


「アンタ、アタシの数少ない信者に何してくれてんのよぉお!? 最後の信者なのに!」

「痛っ…」


 シュミーは俺の顔を流れるようにビンタして、倒れている司祭と呼ばれていた男に近寄った。


「何もしてない。たぶん、生きてるさ」

「死んでたら、女神の全神格をつかってアンタを──」

「……呪うとか?」

「──違う。アンタをアタシの新しい信者にするからね、覚えておきなさい。もうソフレトなんか拝ませないから」

 

 信じる神くらい選ばせてほしい人生だった。


 ──しばらく後

 

 俺たちは落ち着いて話をすることになった。

 黒いローブを着た怪しげな男たちが床に転がるなか、木製のイスが並べられた聖堂にお邪魔する。

 

「で、危害を加えてこないっぽい事はわかったけど、アンタたち何しに来たわけ、ていうかどうやってこの教会にやってきたわけ」

「次元の裂け目を通って」


 オーウェンは嘘偽りなく答える。

 が、シュミーは無言で木製の十字架をつかってオーウェンの頭を叩いた。


「真面目な話してんですけど! このクールイキりど変態! すこし顔がいいからって女神の風呂場のぞいたこと許されると思ってるわけ!」

「クールイキりど変態……」


 オーウェンは消沈した。

 使い物にならなそうなので、俺から話す。


「んっん。あーあー。女神様、お久しぶりです」

「なに旧知の仲っぽさだしてんのよ。アタシ、アンタみたいなミルク臭いガキ知らないわよ」

「ミルク臭い……」


 美少女に罵倒されて、何かに目覚めそうになる。

 いかんいかん。そうじゃないだろ。


「覚えてませんか? 冬の森で蛮族から助けてあげたこと」

「冬の森…蛮族……ああー?! もしかして、あの時のアタシを救出するより、食欲を優先した不埒男ー!?」

「命の恩人って覚えてて欲しかったですけど……まあ、そういうことです」

「…………名前なんだっけ。たしか聞いたような気はするけど…」

「マクスウェル・ダークエコー。みんなはマックスって呼びます」

「そう。それじゃ、アタシは女神だからマクスウェルって呼ぶわね!」


 シュミーは薄い胸をはって、にかーっと楽しげに笑う。


「それで、アンタたち何しにきたのよ。冗談じゃなくて、ここには普通の方法じゃ、絶対に辿り着けないんだけど……」

「俺もよくわからないんですけど、この『黒いロザリオ』とオーウェンの『亜空斬撃』があったら、簡単に辿り着けました。こう、次元の裂け目を通って……」


 シュミーへ『黒いロザリオ』を渡す。


「……これを持ってた男はどうしたの?」

「? いえ、地面に落ちてました。森を歩いてたら偶然見つけたって感じで……いや、ライトたちが落としたのかな?」


 俺はかつて崖下の森に囚われ、そこで初めて出会った少年少女たちの姿を思い出す。

 『キリケリの刃』は今ではオーガ級冒険者となり、大躍進をしている。ジークタリアスでギルド顧問ザッツが推してる激アツ新人冒険者パーティだ。


「そっか。アイツ、死んだんだ……」


 シュミーは寂しそうなにつぶやいた。

 この『黒いロザリオ』の前の持ち主は、彼女にとって特別な人だったのかもしれない。


「まっ、ロザリオがあんたの元にたどり着いたのなら、それが運命だったんでしょ。はい、それじゃ、マクスウェル、アンタは今日から『夜の教会』の会員ね。ちゃんと毎晩、アタシに祈りを捧げてね♪」


 シュミーの白い手が俺の手に絡みついてきて、彼女は手の甲にそっと口づけしてきた。


「うええ?!」

「なに、その反応、すっごい失礼じゃない?」

「俺、彼女いるんですよ……! やめてください、本当に、マリーに怒られる…」

「本気で嫌がらないでよ。アタシだって傷つくじゃない」


 シュミーはしゅんとして、頬を膨らませて、拗ねてしまった。ちょっと言い過ぎたかも。

 

「マックス、そろそろ本題に入ろう」

「ん、ああ、そうだな」


 場が和んで来たところで、話をオーウェンにバトンタッチする。


「夜の女神シュミー、俺とマックスは、実は『左巻きの魔女』と『朝の教会』の刺客たちからあんたを守るために参上した」

「刺客に、魔女ねえ……」


 シュミーはため息をつき「やっば、アタシ恨まれてるのかなぁ…」と長椅子に寝転んだ。


「そういえば、魔女って『夜の教会』の所属なんですよね。女神様がこの教会トップなら、魔女に悪行をやめるようお願いすればなんとかなるんじゃないですか」

「そうならないから厄介なのよ。いいこと、マクスウェル、『夜の教会』にとって魔女たちは、『朝の教会』の聖女みたいなモノだけど、持ってる力は比較にならないわ。聖女がお飾りになのに対して、魔女は『夜の教会』の主戦力なんだから」

「夜の軍事力が勝手に暴れだした、と?」

「んー、というか、ずっと放置してて″独立″したって言ったほうが正しいかなぁ〜…」

「独立……?」

「もしかしたら、マクスウェルは『夜の教会』と『朝の教会』が今日にいたるまで争いを続けてきた、みたいに思ってるかもしれないけど……実はそんなことないのよ。アタシは争いを放棄した……だって、くだらないんだもの」


 シュミーは聖堂の天井を見つめながら、悲しそうな、寂しそうな、虚しそうな、空っぽの穴を見つめるような、諦め切った目をしていた。

 絶大すぎる強敵、すべてが無駄にしかならない──そんな、努力を無に還すような、おそまつな結果を知っているのかのような。


「こんな小さな国のなかで宗派争いなんてしてもね、外側のおおきな大勢力に、結局、アタシたちは″飼われてる″だけなんだから」

「外側の、大きな勢力? 外国のことですか?」

「純正ソフレト国民は知らなくていいわよ……どうせ、アンタもあの巨乳女神派なんでしょ、この敵! 裏切り者! 最低!」


 シュミーが木製十字架を投げつけてくる。

 オーウェンは俺の顔のまえで受け止めた。


「俺は小さくても可愛いと思う」


 オーウェンは静かにつぶやく。

 この男、実は貧乳派だったらしい。


 ──ガダン!


「よーい、邪魔するぜー!」


「「「ん?」」」


 突如として、聖堂の扉が開け放たれ、チャラけた声が聞こえてきた。


「え、え? ちょっと、アンタ誰!? 今日、勝手な侵入者多過ぎなんだけど!」


 シュミーは起きあがり、ぷんすか怒り始める。

 侵入してきた金髪の男は「お、当たり〜! 夜の女神発見でーす!」と楽しげに言った。


「洞窟のなかに怪しい教会があると思ったら、こんなところにいたなんてな」

「もしかして、アタシを探してた…?」


 シュミーの問いかけに、金髪の男は歯を見せて爽やかに微笑んだ。

 彼は白い分厚いコートをひるがえす。

 すると、彼の両手には薄めのショートソードが3本ずつ指にはさまっていた。

 それはまるで鉤爪のように握られていた。


「『聖歌隊せいかたい』第七審問者──ナイスガイ、これより異端者を抹殺するぜ、と」


 その言葉を受けて、オーウェンと俺は静かに立ち上がった。

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