第75話 神聖祭パレード 準備


「それじゃ、マックス。また明日ね♪」


 マリーに宿屋まで送られた俺は、手枷がつけられた手をふり、神殿へ帰っていくマリーを見送った。


 ーーカチッ


 時刻は22時49分。


 前夜祭もだんだんとお開きムードとなり、残っているのは明日に備えて仕込みする屋台の主たちと、宴の余韻を楽しむものたちだ。


 皆が通りのわきに腰掛けて、酒瓶を片手に静かに友や恋人と語らい、熱のさめていく時間を過ごしている。


 祭りの後の、なんとも感傷的な空気に、俺は、今日が日常から逸脱した非日常になる可能性が、日々のなかに潜んでいることを、浮ついたフワフワとした頭で思っていた。


 朝はこんな事になるなんて、思ってもいなかった。


「マリーと……キスしちゃった……」


 俺は宿屋にもどりながら、自分の唇を指でなぞった。

 

「マックス、遅かったな」

「オーウェン……俺、凄いことになった」

「なに?」

「マリーと、マリーと……」


 俺は口走りそうになり、ふと冷静になる。


 俺とマリーは付き合うことになった。

 親友からのアルティメットハイパー昇格し、見事『恋人』の称号を獲得したのだ。


 だが、この事は他言するべきではないのではないか?


 たとえ、オーウェンでも、こいつは俺を一度裏切った人間なことを忘れちゃいけない。


 マリーと付き合っていることは、トップシークレットとして扱わなければいけない。


「やっぱり、なんでもない」


 俺は口を閉ざして、オーウェンの横を抜けて部屋にはいった。


「……」


 オーウェンは黙って俺を見つめ「そうか」と一言こぼした。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーー翌朝


 

 今日、ついに『神聖祭』がはじまる。


 そのはじまりは、国中からつどった聖女と巫女たちによるパレードから始まる。


「マックス? 緊張してない?」

「大丈夫です、マリー様」


 パレード隊の神殿勢力控え室で、俺はマリーにいじめられていた。


「マックス? ほんとうに大丈夫?」

「大丈夫ですって、マリー様」


 昨晩、密かに恋人となった俺への聖女スキンシップは、これまでの比ではなかった。


 俺を困らせたくてしょうがない、いたずらっ子な笑顔をうかべながら、マリーは事あるごとに腕や背中に、その大きなお胸を押し当ててくる。


 現に、今こうして俺の精神力を試すように、マリーはおでことおでこを突き合わせて、熱がないか測るとか言って、10分以上も顔を至近距離がでキープしている。


「マックス、やっぱり熱があるんじゃ……」

「熱があるとしたら、これが原因です」


 やれやれ、仕方がない。

 ここは俺も尊死を覚悟した攻勢に出なければいけない。


 俺はあたりをチラチラと見て、万が一にも控え室の中に誰もいないこと確かめる。


 そして、おでこを突き合わせてきて、キス我慢させてくる彼女のほっぺに素早く口づけをした。


 マリーはほっぺを押さて、途端に真っ赤になり静かになってしまう。


 同時、俺も本格的に熱くなってきた。


 わかりきった自滅であった。


 ーーコンコンっ


 控え室のふわふわした花色の空気のなかに、扉のノック音が響く。


「失礼します。【施しの聖女】様、そろそろ出番でございます。移動の準備をお願いいたします」

「ええ、わかったわ」


 連絡係りの神殿騎士は一礼して、下がっていった。


 これから聖女・巫女を筆頭とした高位聖職者たちは、約5時間かけて、アクアテリアス中をゆっくり馬車でまわる。


 とても大変な仕事だ。

 『神聖祭』のスタートを飾る大事なイベントでもあるし。


「マックス、行くわよ」

「はい」

「……ねえ、マックス、手を繋がない?」


 部屋を出ようとすると、マリーは可愛い眉をさみしそうに寄せて、聞いてきた。


 だめだって、ズルイよ。

 そんなお願いの仕方は卑怯だ。


「だめです、マリー様。それは、恋人っぽすぎます」


 俺は心を鬼にして、マリーの申し出を突き放す。


 マリーは「ちぇー」と言って頬を膨らませ、ちょっとだけ怒ってしまった。


 結局、何しても可愛い、聖女様だった。


 


 

 その後、俺たちは控え室からパレード隊を構成する、天井の取り払われた馬車に乗りこんだ。


 聖女の身を一番近くで護衛するのが、俺のもつ肩書き『聖女の騎士』というものだ。


 オープン馬車に乗りこんで、パレード隊のルートの最終確認をする。


 もし何かがあった場合にそなえて、俺や他の『聖女の騎士』たちは、何十通りにもおよぶ避難ルートと、緊急事態マニュアルを読み込まされている。


 俺はマリーを絶対に守る。

 この世のどんな災害がふりかかろうとだ。


 恋仲となったからと言って、この信条だけは何も変わらない。


 むしろより強固となったと言ってもいい。


「まあまあ、見て見てロン。あちらの聖女様と騎士様はなんとも仲が良い様子なのですよ」


 資料に目を通していると、オープン馬車の外から声が聞こえてきた。


 見ると、ウィンダとその騎士ロンギヌスがたっていた。


 ロンギヌスは俺を見て、浅く、けれどじっくりと頭を下げてくる。


 ロンギヌスは聖女が高位神官による、非道な仕打ちを受けていた事を認知していなかった。


 彼はその自責の念から、しばらく塞ぎ込んで、自殺を図ろうとしていたようだったが、どうにか朝までには持ち直したらしい。


 あいつは悪い奴じゃない。

 ただ、聖女ウィンダのことを本当に大切に思いすぎているだけの、馬鹿野郎なだけだ。


「ねえ、ロン、ウィンダたちもあれくらい近く隣り合って座りましょう!」


 ウィンダはピッタリとくっついて座る俺とマリーを指差し、自分の騎士を困らせはじめた。


 ロンギヌスは何とも反応しづらそうに、ウィンダをいさめながら、自分たちの馬車へと向かっていった。


 どこの聖女様も、騎士を困らせるのが趣味のようだ。


「あ、あれは……!」

「伝説の英雄が来たぞ」

「相変わらず凄まじいオーラだ」


 パレード隊の待機場が騒がしくなる。

 誰か大物が現れたのか。


 俺はあんまり興味がない。

 それより、今はフワフワして浮かれたこの頭にマニュアルを完全に覚え込ませないと。


「おお、これはこれは、【施しの聖女】様、そしてマックス君」


 聞き覚えのある声だった。

 懐かしいその声に顔を向けると、そこには筋骨隆々の無双の鎧に身を包んだ2m近い身長の男が立っていた。


「アルゴヴェーレ様、ご無沙汰しています」

「ジークタリアスではありがとうございました」


 俺とマリーはそろって、立ちあがり、馬車を降りるとアルゴヴェーレへ挨拶した。


 同じ聖女同士、騎士同士なら別に馬車を降りる必要などないが、流石に『神威の十師団』が誇る『超人』アルゴヴェーレ・クサントスの前ではかしこまらずにはいられない。


 続いて俺たちは、アルゴヴェーレの隣の、背の小さな美しい女性に頭をさげる。


「こんにちは、【華の聖女】様」


「あらあら、きちんと挨拶できるなんて、とても偉い子たちだわ。えらいえらい♪」


 その女性【華の聖女】ユーラ・テンシアは、慈しみの笑顔をたたえ、ちょこんとつま先だちして俺とマリーの頭を撫でてきた。


 ただ、身長がそれでも足りない。


「むぅっ、アルゴー!」

「ははぁー」


 ギリギリ手が届くか届かないかの境界線を、となりのアルゴヴェーレがユーラの脇に手をいれてもちあげてフォローする。


 何とも聖女に対して不遜な行いに思えるが、これはアルゴヴェーレとユーラだから出来ることだ。


 なにせ彼らは、ソフレト屈指の知名度をもつ20年来の夫婦カップルなのだから。


「よしよし♪」


「ありがたき幸せです」

「ありがとうございます、ユーラ様」


 アルゴヴェーレに抱えられて、無事ユーラに頭を撫でてもらえて、光栄の極みにいたる。


 かつてアルゴヴェーレが悪しき竜との一騎討ちで助けだし、そのまま妻としてめとったおとぎ話のヒロインとも言える女性に褒めてもらえるのだ。


 本当に感激だ。


「ふふ、それじゃ、行きましょ、アルゴー。若い子たちを邪魔してはいけないわ」

「はぁー、了解でありまーす、聖女様」


 アルゴヴェーレの腑抜けた、ちょっとふざけた態度も仲良し夫婦ゆえのものだ。


 いつか俺も、あんな風になれるだろうか。


「では、皆様! そろそろ、パレード隊の先頭車両出発します! 最終準備をお願いしまーす!」


 先頭車両のほうから、若い神官走りながら、大声でさけんで、後方へと駆けて行く。


 いよいよ、パレードが始まるようだ。

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