第72話 聖女解放と前夜祭


「なにしてんだ、おまえ……?」


 ルグニスがズボンを急いで履こうとしているところへ、俺は彼の胸ぐらをつかんで壁に叩きつけた。


「うぐ?!」

 

 背中から走る衝撃に壁にわずかに亀裂がはしり、ルグニスは口から血を吐いた。

 脱ぎかけていたズボンがおちて、下半身だけ裸になる、見てられない痴態をさらす。


「ぐ、貴様、このワシにこんな事をしてーー」

「あの方に、ウィンダ様になにをしようとしてたんだよ」


 俺はいったん壁から離して、もう一度叩きつけた。


「ぐはっ! ぅ、ぐ、荒野を緑化させ、再生しおえた聖女など、もう用済みなんじゃ……使い終わった道具など、捨てるまえにどう使おうワシの勝手じゃろうが……! 幸いにも、慰み者にするには最適な身体だしの!」


「ッ、ゴミクズが……っ」


 もう完全にキレた。


 新興都市ミラエノアス。

 またの名を『緑の都市』とも呼ぶ、かの都市は、俺が子供の頃にはなかった新しい都市だ。


 かつて枯れた土地だった、その荒野は今では再生し、貧困に苦しんでいた近隣の村々は、がっぺいして未来をつくりあげた。


 それが、今のミラエノアスだ。


 それなのに、緑化が終わったら用済み?

 

「ぐっ、ぅぅ」


 俺は煮えくりかえる胸の内を押さえる。


 それを見てニヤリと笑うルグニス。


「馬鹿者めが、ワシが高位神官であることをようやく思い出したようじゃな。だが、もう遅いぞ、貴様は八つ裂きにして、海にでも撒いてやるわい!」


 ルグニスはそう言って、手のなかに火炎の球をつくりはじめた。


 俺は自分の怒りを抑えに、抑えて……なんとか殺さないよう力を制御する。


「このゴミクズが……ッ」

「はっは、口だけならなんとでもーーえ?」


 俺は腕をふりかぶり、呆けた顔をするルグニスの顔面をぶんなぐる。


「あ、が……ッ?!」


 壁を突き破って、下半身裸のままルグニスが部屋の外に吹っ飛んでいった。


 穴の空いた向こう側では、痴態をさらしたまま気を失うルグニスを、神官や神殿騎士たちが見て、驚きに目を見開いている。


 そして、すぐに、とんできた方向である、こちらを信じられないと言った顔で見てきた。


「マクスウェル様……!」


 俺は力なくふりかえり、涙をうかべて、その場に崩れ落ちたウィンダを見つめた。


「マックス! 神殿騎士を連れてきたわ!」


 部屋の外からマリーが、アクアテリアスの神殿騎士たちをつれて入ってきた。


 マリーはそのまま、泣き崩れるウィンダに駆け寄り、彼女をそっと抱きしめてあげてくれた。


「お姉ちゃん……っ!」

「ウィンっ、大丈夫なの、ですよ……それより、これではマクスウェル様が……」


 ウィンダの憂いの表情が、入ってきた神殿騎士を見る。


 彼は穴の開いた壁の向こうで気絶するルグニスを見て、こちらを見てくる。


「マクスウェル・ダークエコー、事情を説明できるか?」


「……はい」


 俺は務めて、事務的に答えた。

 


         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ルグニスをぶっ飛ばした後、俺はアクアテリアス神殿の一室で長い事情聴取を受け、部屋に閉じ込められた。


 俺が手をだしたのは、高位神官だ。

 階位的に俺よりずっと高い位置にいる、そのものを加害したのなら、ただではすまない。


 下のものが上のものに手を出す事が許された前例をつくれば、それは漠然として上位層全体の不利益となる。


 だからこそ、階位とは大きな意味をもつ。

 だからこそ、身分の違いは重んじられる。


 ただ、今回ばかりは流石にわけが違った。


 アクアテリアス神殿へ、ウィンダが勇気を持って進言してくれたのだ。


 これまで彼女はルグニス何度も肉体の関係を強要され、性的虐待を受けていたという。


 ウィンダは都市のために、象徴でありつづけようとした。

 しかし、自分と神殿が不仲になれば、それだけで生まれたばかりの新興都市ミラエノアスは崩壊してしまうと思ったいう。


 現に、ルグニスはウィンダが身体を差し出さなければ、彼女の故郷も含まれているミラエノアスは内部分裂するとか、もう汚れのない聖女であることをバラすだとか、卑劣な脅しをくりかいしていたという。


 この事は神殿内でルグニスの身を破滅させるには、十分すぎる罪であった。


 現在、アクアテリアス神殿は、ルグニスを神殿地下牢に監禁し、現在は関係者を洗い出している。近々、この件を知っていながら、止めなかった者も制裁対象にふくめるために、ミラエノアスへの調査も入るだろう。


 聖女ウィンダの名誉を守るため、そして″聖女としての求心力″を維持するために、ウィンダが被害あったことは闇にふせられる。


 だが、ルグニスと共犯者たちのオーメンヴァイム送りは確定的である。


 奴は、越えてはいけない一線を越えた。

 



 上記のような四苦八苦があって、俺が神殿から解放された頃には、すでに日は沈み、街は最悪な事件を知らずに、前夜祭モードへと突入していた。


「マックス、いろいろ美味しいものを買ってきたわ!」


 『灯台』の外壁テラスで、マリーの帰りを待っていると、手すりの方から声が聞こえてきた。


 手すりの向こう側は、もちろん宙空だ。


「フシュルぅ!」


「あ、ジーク」


 ドラゴン形態でバサッバサッ空へ登って行く過程で、ジークの足の爪につかまっていたマリーは飛び降りて、外壁のテラスに華麗に着地した。


「楽しんでますかー!マクスウェル様ー!」

「ん、どこから声が?…………え゛?!」


 声を聞こえて、星空に登っていくジークを見上げると、その背中のうえに緑髪の少女が2人ほど乗っているのが見えた。


「ウィンダと、妹のウィンよ。ウィンダがジークの事えらく気に入っちゃって、ああして空を飛んでみたいって、わたしにお願いしてきたのよ」

「それで、いいよって言っちゃんだね。マリーらしいや」


 マリーは「てへっ」と舌を出してわらい、オーウェンや他のジークタリアス遠征隊のみんなと、まわってきた屋台の成果を俺に披露してくれた。


「これが『余剰街』北側で食べた中で一番美味しかったプチパンケーキね。それで、こっちが『灯台』内周で一番美味しかったプチパンケーキ。こっちが『灯台』外周で一番美味しかったプチパンケーキよ!」

「へえ……今夜ってプチパンケーキ大会やってたんだぁ……」


 俺はプチパンケーキがマリーの手荷物の八割を占めていると知って、この祭りが確実にマリーをターゲットにしたビジネスを始めていると確信する。許せない。

 けど、マリーが楽しそうだからヨシっ。


「マックス、あーん♪」

「恥ずかしいよ、マリー……」

「誰も見てないでしょ? それに今はマックスったら手を使えないじゃない。これはわたしが食べさせてあげないといけないわ」


 俺に『沈黙の聖鉄』がはめられている事に大喜びなマリーは、顔をそむけようとする俺の顎をつかんで、ほっぺたをぷにっとさせて、プチパンケーキを口に突っ込んでくる。


 普段はレベル差のおかげで、マリーのこんないたずらにも抵抗できる俺だが、今の俺はレベル0なので、マリーの100レベパワーにはとてもじゃないがあらがえない。


「恥ずかしいってば、マリー!」

「だーめ! マックスはわたしの騎士なんでしょ! 聖女の言うことは絶対よ!」


 俺は度重なる可愛いお願いに観念して、口をあけてプチパンケーキを受けいれる。


 もう口の中が甘ったるくて、こっちの意味でも勘弁してほしい。


「あ、マックスのほっぺたにしろっぷがついてるわ」


 マリーは俺のほっぺたをじっと見つめてくる。


「えいっ♪」

「ぇ?」


 マリーは俺の首を固定すると、ほっぺたのシロップをぺろんっと直接舐めとってしまった。


 尊さの急激な上昇に死を予感したが、あまりにも尊すぎて、逆に冷静になれた。


 たぶん、今、オレの顔真っ赤だ。


 って、あれ?

 なんだか、マリーも頬が紅色に染まっている。


「……」

「…‥」


 何かが違った。

 今までも尊さの振りきれはあったのに。


 何かが違った、今回は。


「ねえ、マックス」

「ぁ、え、えっと、なな、なに?」


 コミュニケーション障害を起こしながら答える。


「チューとか、してみる?」


「………………ぇ?」


 マリーは突然、恥ずかしそうに頬を染め、上目遣いでそう言ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る